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香港 #21

立ち止まった私の瞳から溢れ出した涙が口元に流れ、しょっぱい味がした。慌ててその涙を拭って空を見上げた。それから少し道をそれて歩き出した。しばらくすると、緑色の大きな手のひらのような葉をつけた、ひときわ高い樹の元に、何かが落ちているのが見えたので、私はそれに向って近づいていった。

落ちていたのは男性用の長財布だった。黒に限りなく近い暗緑色をしている二つ折りの長財布をそっと開けると、中にはかなり沢山の香港ドルの紙幣と日本円の紙幣が入っていた。私はすぐ周りを見回したが、探し物をしている様な人は全く見当たらなかった。でも、落とし人はきっとツーリストで、今頃きっととても困っているはず。そう思った私はスマホで一番近くにある交番を探した。幸い公園に隣接している交番があったので、駆け足気味に向かった。

交番に入ると、片言の日本語で一生懸命財布の説明をする、中国人らしき男性がいた。私は警察官に向かって、
「お話中すみません。これを拾ったんですが・・・」とお財布を掲げた。
私の声に振り返った男性は、急に椅子を引いて立ち上がると驚いた顔で、
「あ、私の財布!!ありがとございます」と独特な訛りの日本語で声を上げた。

警官は、その後いくつか質問をして中身を確認し、財布がその男性の物に間違いないと判断した。それから、彼と私の二人共が、警官が用意した書類に必要事項を書き込み、一連の手続きが済むとやっと彼に無事お財布が戻った。彼がほっとした顔をするのと同様に私もほっとした。

交番を出てからも感謝を述べてくれた彼は、アンディと名乗った。財布が戻った事に感激し、お礼がしたいと何度も言ってくれたのだが、私はあたり前の事をしただけだと、彼の申し出をやんわり断った。それでも彼は、失くし物、特に財布が無事戻って来るのは奇跡的な事だから、このままでは全く気が済まないと執拗なまでに言った。
そうして、最後には私が折れてお茶をご馳走してもらうことになった。


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