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アイスランドの本格的な警察小説「湿地」

英米ミステリー小説も面白いけれど、
今、北欧のミステリー小説の勢いがすさまじい。
デンマークのコペンハーゲンを舞台にした
「特捜部Q」シリーズや、スウェーデンが
舞台の大ヒット作「ミレニアム」などがその代表作だが、
アイスランドから凄い警察小説が登場した。

私が面白いと思った作品は、アイスランド
の作家、アーナルデュル・インドリダソンが描く
「犯罪捜査官・エーレンデュル」シリーズだ。
「湿地」はこのシリーズ第1作目にあたる。

舞台は、アイスランドのレイキャビック。
物語は、ノルデュルミリ(北の湿地)と呼ばれる
住宅街の地下で起こった殺人事件から始まる。
レイキャビック警察のベテラン犯罪捜査官・エーレンデュルは、
地下住宅で殺されていた老人の殺害現場を詳細に調べていた。
鈍器で殴られ、争った形跡はなく、扉は空けっ放し、
証拠隠滅をはかった形跡はない。

しかし、現場には不可解なメッセージが遺されていた。
A4判の紙に書かれた3つの単語。
そのうちの「あいつ」という文字だけ太字で強調されていた。
この「あいつ」とはだれのことなのか?

エーレンデュルは、同僚のシグルデュル=オーリと
エリンボルクとともに、遺留品から調査を開始する。
すると、殺された老人の机の引き出しから、
古ぼけたモノクロ写真が発見される。
その写真は1968年にわずか4歳で
亡くなった少女の墓を撮影したものだった。
なぜこんなものをホルベルクが持っていたのか?
この少女とホルベルクの関係は?
捜査が進むうちにホルベルクの過去が次々と明らかになる。

本格的な警察ミステリーだ。

ベテラン犯罪捜査官・エーレンデュルが、
ホルベルクと、亡くなった少女の関係を
たどっていくという捜査の過程が緻密に描かれる。

さらに、事件の捜査と並行して、エーレンデュルと
彼の娘との関係も描かれてゆく。
娘は、すさんだ生活の中で妊娠した。
それでも生活をあらためようとしない娘に常に怒りを感じている。
そして心の底から心配している。
エーレンデュルはそんな娘を思いながら捜査を続けるが、
掘り起こした事実のあまりの悲惨さに、
怒りとむなしさを感じ自暴自棄になるのだ。
それでもなお、ホルベルク殺害事件の終止符をうつべく奔走する、
そんなエーレンデュルの姿に心が揺さぶられるのだ。

謎解き、ミステリーの要素も十分に描いてあり
とても面白い。それ同時に、エーレンデュルの
心の葛藤や、事件に対する思い、家族への思いが
綴られ、重厚な人間ドラマにもなっていて、
この作品ただものではない!と感じさせる。

アイスランドのミステリー小説を初めて読んだ。
なんと読みやすい。
海外小説にありがちな、形容詞や比喩表現が
ほとんど使われず、短く、しかも簡潔だ。
それは、訳者が意図したことではなく、
俗に言う超訳でもない。
アイスランドでは、古来の伝承文学・サーガがあり、
なめした革に書いていたらしい。

革は非常に高価だったため、小さい革にサーガを
書いていたことから、自然と文章を簡潔に
書くようになったのだと言う。(訳者あとがきインタビューより引用)
訳者の力も大きいと思うが、まるで日本の小説を読んでいるようだった。
ただ、名前はアイスランド語の発音を表記されているため、
少し読みにくい印象があるかもしれないが、そんなことは
気にならないくらいに物語に深く吸い込まれてゆく。

そして、この作品は、ミステリー小説の名だたる賞
(ゴールドダガー賞、ガラスの鍵賞など)を受賞した、
北欧ミステリーの傑作中の傑作だ。

『湿地』アーナルデュル・インドリダソン/柳沢由実子・訳
 東京創元社

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