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死ぬために山へ行く

「死のうとしてるやつは一発でわかるよ」

これは、とある避難小屋の管理人のお話。

とある、晩秋の山。
山頂付近だけが雪雲に覆われ、風の強い冷え込んだ一日だったらしい。
管理人が小屋の外で登山者を見送っていたところ、軽装、ビーチサンダルの男性が登ってきた。
この登山者を見て、管理人はピンと来たらしい。準備不足の登山者ではなく、死ぬために山にやって来た人間だと。

「その格好で登ったら危険だ」

誰にでもするような一般的な注意をしたらしい。
とても、死ぬためにやってきたとわかる人間に「死ぬつもりだろ」と、注意はできなかったようだ。
男性は「はい」と小声で返答しただけだった。
管理人がその他の登山者の対応をしていると、男性は小屋の前から姿を消していた。

ニ時間後、山頂で倒れている男がいると、山頂から下山して来た登山者から報告があった。救助隊が駆けつけ、山頂付近で倒れている心肺停止状態の男性を救助した。
避難小屋に運び込まれ、管理人が顔を確認すると、数時間前に声をかけた男性だった。

首吊り、身投げ、煉炭など、様々な自殺する方法はあるが、どれもこれも苦しく、痛みを伴う行為だが、山で自死するのは容易らしい。
雪山での遭難は、人間の極限とも言える状態に陥るが、それは死に抗うからであって、逆に死を迎え入れると、実にあっさりと死ねるのだろうか。

話は変わるが、自殺の名所である福井県の東尋坊で、自殺者に声をかけるボランティアのドキュメンタリーを見た時も、同じ話をしていた。自殺をしようとする人は、遠くからでも一目でわかる。所持品とお金を処分し、社会との繋がりを全て捨ててきている。それが、死相となって見えるのだとか。

実に興味深い話だった。
強風が吹き荒れる小屋の中、ストーブの周りで、酒を飲みながら話を聞いた。

最後に管理人が言った。
「救助ヘリが飛べる天候になるまで、遺体をその場所に置いといたんだよ」

指を差した場所は、自分の寝床近くだった。

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