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科学と旅 第二回:物質の溶解とカルロヴィ・ヴァリ

みなさん、こんにちは! 夏休みはいかがお過ごしでしたでしょうか? 僕は韓国の
釜山に行っていたのですが、一緒に行った初海外の友達と大喧嘩しまして、現在ほぼ絶縁状態です。旅の相棒が欲しいと常々思っているものの、なかなか難しいですね……。
というわけで(?)、今回のテーマに入っていこうと思います。

科学パート

水に溶けるってどういうこと?

前回の記事で水の性質についてご紹介したのを覚えていらっしゃるでしょうか? 今回も引き続き水に関わるテーマです。日常の中で洗濯や料理など、水に何かを溶かすことって頻繁にありますよね。
水に溶けるという現象をできるだけ手短に言うと「物質を構成する分子やイオンが水分子に取り囲まれて、バラバラに引き離される現象」って感じです。戻る◀️クリックしようとした方、ちょっと待って! これから2つの例を使って説明するので、もう少々お付き合い下さい。

例1:食塩(塩化ナトリウム:NaCl)の溶解

食塩(NaCl)はナトリウム(Na)と塩素(Cl)からできています。そして、NaClは水の中ではプラスの電気を持ったナトリウムイオン(Na+)とマイナスの電気を持った塩化物イオン(Cl-)に分裂します。これらのイオンを水分子が取り囲むわけですが、どのように水分子が集まってくるかイメージできますか? そう、前回水分子はちょっとだけプラスの電気を持った部分とちょっとだけマイナスの電気を持った部分があることを紹介したと思います! つまり、プラスの電気を持ったナトリウムイオン(Na+)には水分子のマイナスの部分が、マイナスの電気を持った塩化物イオン(Cl-)には水分子のプラスの部分が近づいてきます。結果、それぞれの水分子に囲まれてイオンは完全に引き離された状態になります。

食塩(塩化ナトリウム:NaCl)溶解のイメージ

例2:ブドウ糖(グルコース:C6H12O6)の溶解

次に糖類の一種であるブドウ糖の溶解を考えてみましょう。ブドウ糖は下の図のような構造をしています。

ブドウ糖(グルコース:C6H12O6)の構造

どのようにイオンに分裂するのかなぁと考えた方、甘い! 甘いですよ!! 糖類なだけに。……失礼しました。
実は、ブドウ糖は食塩みたいにイオンにはなりません。ではどのように水分子が取り囲むのでしょうか? ブドウ糖の構造をよく見ていると、なんだか水分子と似ている部分があることに気づくと思います。「-OH」の部分ですね。実はこの「-OH」、水と同様にOの所が若干マイナスのHの所が若干プラスの電気を帯びます。その結果、互いの分子の中のプラスの所とマイナスの所が引きつけあって、ブドウ糖の分子は水分子に取り囲まれ、他のブドウ糖分子から引き離された状態になります。

ブドウ糖(グルコース:C6H12O6)溶解のイメージ

水に溶ける限界の量は?

ここまでで物質の溶解についてだいぶイメージができるようになったのではないかと思います。するとちょっと気になってくるのが、食塩やブドウ糖は無限に水に溶けるのか、それとも限界値が存在するのかということ。皆さんはどう思いますか? 正解は限界値が存在します。その限界値のことを溶解度といい物質ごとにその値は決まっています。下のグラフは横軸に温度を取って、食塩とブドウ糖の溶解度をプロットしたものです。

食塩とブドウ糖の溶解度曲線

グラフから食塩に比べてブドウ糖の方が同じ100 gの水に溶ける質量が多いことや、ブドウ糖は温度によって溶けることができる量が大きく変化することが分かりますね。100 ℃で限界までブドウ糖が溶けた液を80 ℃に冷ますと溶けきれなくなった約150 gのブドウ糖が固体となって出てきます。食塩は温度に対する溶解度の変化が小さいので、食塩が溶けた液を冷やしてみても固体の食塩はあまり出てきません。食塩の場合は水を蒸発させることで固体として取り出すことができます。こんな感じで溶解度を利用して溶けている物質を取り出すことを再結晶と言います。

旅パート

身近にある水溶液

物質が水に溶解した液体のことを水溶液と呼びます。前述の例で言えば、食塩(塩化ナトリウム)が溶けた水は食塩水または塩化ナトリウム水溶液、ブドウ糖(グルコース)が溶けた水溶液はブドウ糖水溶液またはグルコース水溶液となるわけです。そして、料理や洗濯以外にも水溶液は身近にたくさん存在します。その一つが日本人の大好きな温泉ですね。今回はせっかくなので、海外の温泉を紹介したいと思います。

チェコ西部の温泉地『カルロヴィ・ヴァリ』

実は海外にも有名な温泉地はたくさんあります。チェコのカルロヴィ・ヴァリもその一つ。舌を噛みそうな名前ですが、その歴史は古く、ゲーテやショパン、マリア・テレジアなどの著名人が訪れたことがあるそうです。現在では国際映画祭の会場になっていて、賑わいは衰えていません。ちなみに日本の有名な温泉地、群馬県草津市と姉妹都市関係にあります。

遠くに湯けむりが見えますね。

飲む温泉⁉

温泉と言っても、カルロヴィ・ヴァリは浸かるのではなく飲むのがメイン。僕も一口試してみましたが、鉄さびの臭いがする塩水という感じでおいしくはありませんでした。

コロナ―ダと呼ばれる飲泉所。全部で16か所あるそうです。
温泉を汲むカップはお土産としても人気。デザインも豊富で見ているだけでも楽しいです。

印象的なお土産

カルロヴィ・ヴァリの温泉はミネラルが非常に豊富なので、紙で作ったバラや壺を浸けておくと表面がミネラルでコーティングされ化石のようになります。これらはお土産として売られているので気になった方は是非購入してみて下さい。

コーティングされた壺などを売るお土産屋さん。

温泉に溶けた物質がなぜ再び出てきたのか?

紙のバラや壺がコーティングされるには温泉に溶けた物質が再び固体として出てくる必要があります。実際のところ、温泉は湧き出した後に急激に温度が下がるので溶けている成分が再結晶します。さらに、湧き出した後の圧力低下、二酸化炭素の放出、空気との接触、pHの変化などの環境の変化により、溶けている成分が化学変化を起こして溶けにくい(溶解度が低い)物質に変化したりもします。
カルロヴィ・ヴァリの場合、温泉水の味と沈殿物の色から鉄が含まれていることはほぼ確実です。温泉に溶けていた鉄は空気に触れると酸化が始まり、赤褐色の酸化水酸化鉄に変化します。酸化水酸化鉄は水に溶けにくい(溶解度が低い)ので、水に溶けずに沈殿します。

反応式:4Fe2+ + 8OH- + O2 → 4FeO(OH)↓【沈殿】 + 2H2O

またカルロヴィ・ヴァリで採水されるミネラルウォーターにはカルシウムが豊富に含まれていることから、温泉にもカルシウムが溶けていると考えられます。カルシウムは二酸化炭素の放出に伴う影響で炭酸カルシウムになって沈殿します。

反応式:Ca2+ + 2HCO3- → CaCO3↓【沈殿】 + H2O + CO2

ではここで半径1 cmの球に1 mmのコーティング層を付けるのに必要な温泉の量を計算してみましょう。残念ながら、カルロヴィ・ヴァリの温泉の成分表が見つからなかったので、カルロヴィ・ヴァリで採水されるミネラルウォーターのカルシウム濃度:84.5 mg / Lが温泉に含まれるカルシウム濃度と同じと仮定して計算します。(鉄のデータは見つからなかったので、今回の計算からは除外……。ご容赦ください。)

計算用イメージ図

まず、必要な炭酸カルシウムの体積を計算します。半径1.1 cmの球の体積から半径1 cmの球の体積を引いた値になります。球の体積の公式は4/3×円周率×半径の3乗ですね。

4/3 × 3.14 × (1.1)3 - 4/3 × 3.14 × (1)3 = 5.58 – 4.19 = 1.39

1.39 cm3の炭酸カルシウムが必要なことが分かりました。次に炭酸カルシウムの密度:2.93 g/cm3を利用して体積を質量に変換します。

1.39 × 2.93 = 4.07

4.07 gとなりました。カルシウムの原子量:40.08、炭酸カルシウムの分子量:100.09から炭酸カルシウム;4.07 g中のカルシウムの質量を求めます。

4.07 × 40.08 ÷ 100.09 = 1.63 g

カルシウムの量は1.63 g = 1630 mgであることが分かりました。温泉のカルシウム濃度は84.5 mg / Lなので、最後に割り算して

1630 ÷ 84.5 = 19.29

約20 Lの温泉が必要です。

温泉に行く時には物質の溶解に思いを馳せていただけると嬉しいです。お湯に浸かりながら、どのようなメカニズムで物質が溶けているのか、逆に沈殿しているのか考えてみると何か新しい発見があるかもしれません。

参考文献

大川 忠・大橋 憲三. “食塩は砂糖より溶けにくい?—物質の溶解性を正しく評価する濃度表現とその有効性”. 化学と教育. 1998年, 45巻, 9号, p.592-593

日本化学会. “化学便覧 基礎編 改訂6版”. 2021年, p.702

岡本大樹. “温泉飲み歩きも!チェコ随一の温泉街「カルロヴィ・ヴァリ」の見どころまとめ”. トラベルjp. 2017
https://www.travel.co.jp/guide/article/29534/
(参照:2023/6/22)

一國 雅巳・加藤 暢浩・大谷 大二郎. “Chemical Consideration on the Formation of Yunohama Sinter at the Myoban Area, Beppu Hot Springs”. 温泉科学. 2009年, 59巻, 2号, p.88-96

岩崎 岩次・福富 博・樽谷 俊和. “温泉沈澱物の地球化学的研究(第2報) 鉄質沈澱物について(その1)”. 日本化学雑誌. 1954年, 75巻, 3号, P.282-286

一般社団法人 日本温泉協会. “湯の華(温泉析出物)”. 日本温泉協会 温泉名人. 2022.
https://www.spa.or.jp/onsen/5315/
(参照:2023/6/22)

古田靖志. “岐阜発!温泉博物館第6話 温泉に含まれる成分の沈殿物“温泉華””. 岐阜県温泉協会公式サイト
http://www.gifu-onsen.jp/topic_museum/no_06.html
(参照:2023/6/22)

やませみ. “石灰華について”. 温泉の化学.
https://www.asahi-net.or.jp/~vd5h-cb/bbs/special/sience_of_hotspring/sience_of_hotspring_5-5-5.htm
(参照:2023/6/22)

M. Stone・J. Klominsky・G. S. Rajpoot. “Composition of trioctahedral micas in the Karlovy Vary pluton, Czech Republic and a comparison with those in the Cornubian Batholith, SW England”. Mineralogical Magazine. (1997), vol.61, No.6, p.791–807.

Marcela Jarošová・František Stanˇek. “Spatial Modelling of Kaolin Deposit Demonstrated on the Jimlíkov-East Deposit, Karlovy Vary, Czech Republic”. ISPRS International Journal of Geo-Information. (2021), vol.10, No.11, p.788.

“KARLOVY VARY (CARLSBAD) AND ITS WATER”. Mattoni
https://www.mattoni.ae/the-style-of-mattoni/kv-and-their-water
(参照:2023/6/22)



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