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私的ブータンヒップホップベスト6+α

0. ブータンヒップホップ史概略


「ラップはブータン人のDNAに組み込まれている」
「なぜなら、それは私たちがとてもリズム感のある文化を持っていて、口承伝統があるからだ」

これはブータンのラジオ局Kuzoo FMのマネージングディレクターが残した言葉である[Dasai 2018]。

口承伝統が発達し、即興で韻(ライム)を踏む文化があるところでは、ヒップホップが親しみのある音楽として受け入れられやすい[e.g. 島村 2020]。

確かにブータンでも、詩的な言葉を比喩などを伴いて表現し、口語体で相手と言い合うロゼ(lozey)と呼ばれる口承文芸があったり、ツァンモ(tsangmo)と呼ばれる掛け合い歌では、最初のラインで脚韻を踏むことがよくあり、口承伝統が現代のヒップホップの流行を受け入れる土台になっていることは間違いない。

ではブータンのヒップホップとは一体どういうものなのか?

ブータンでヒップホップ(ここではラップ、ブレイクダンス、DJ、グラフィティアートの四代要素のうちラップが主)が始まるのは2000年代前半のことである。

その背景には、1999年に解禁となったインターネットの影響が大きい。というのも、ゼロ年代に発展したブータンのヒップホップは新曲を出すのもプロモーションをするのもリスナーと繋がるのも、インターネットを中心に行われてきたからだ。

しかし、ヒップホップがブータンで本格的に普及し始めるのは2010年代後半になってからである[Desai 2018]。それは、2010年代後半からブータンでは映像制作のレベルが格段に上がり(例えばYeshi Lhendup Films)、Youtubeをメインとした動画サイトにMV付きで公開される楽曲が増えてきたことが理由として挙げられよう。

さて、筆者の私見に基づくブータンヒップホップベストをそれぞれのラッパーの代表曲とともに紹介していこう。

1. Kezang Dorji - Kuzuzangpo (2017)

Kezang Dorjiはブータンのヒップホップを語る上で欠かせない人物である。当時、車道も電気もまだなかったブータン東部のサムドゥップ・ジョンカル県ウーリンで生まれた彼は、6歳の時に両親が離婚し、機織りで生計を立てる母親のもとで必ずしも豊かとはいえない生活を送っていたが、エミネムの「Lose Yourself」を偶然聞いたことでヒップホップの道を目指すことになる。この曲はそんな彼の生い立ちをラップを通してリスナーに語りかけるものだ。

1-1. Kezang Dorji ft. JD Rebllions, Karma Euden Norbu, Kruxibles & Rajesh Rai - Dongkha Dongkha Jo(2017)

1-2. Tsokye Tsomo Karchung by Yeshi Bidha ft. Kezang Dorji - GOKAB(2017)

1-3. Dre Z D|M&M|Tsherie|Kezang Dorji|Maynia|Drona - Bhutanese Rap Cypher Thimphu City Thugs(2017)

2. Drona Ft. Chogo - FUNK THAT (2021)

この曲はDronaとChogoという現在のブータンヒップホップ界を牽引する2人のラッパーのコラボである。Chogoとして知られるKunzang Chogyelは、両親の離婚がきっかけで国内に両親もいなければ家もない状態となり、ヒップホップ通して出会った仲間たちの家を転々とし生活していた。そこで出会った仲間の一人がDronaだ。DronaはレコーディングスタジオFLO_Studioを設立し、自身がラッパーとして活躍するだけでなく、ブータンのヒップホップを世に広めた貢献者である。

2-1. Chogo ft. Kelden - MISSED ME(2021)

2-2. Chogo - WHERE IS IT (2020)

2-3. DRONA - CHOE DA CHA(2022)

3. Nala Last Night - Paow_The_Hero (2021)

貧しい家庭に生まれ、11歳の頃にドラッグに手を染めて以来、その後"Rap Nala"として知られることになるNima Tsheringの人生はまさに波瀾万丈であった。そんな彼の人生を変えたのが2012年に刑務所内で聞いたヒップホップだった。音楽への愛とラップへの情熱が彼を立ち直らせたのである。今日、彼は自らの人生を振り返り、ラップを通して仏教の五毒(貪、瞋、痴、慢、疑)の危険性や若者の葛藤、愛国心を社会に伝えている。

3-1. Nala Last Light - RAP LHA(2017)

4. KLEE, TW, DK, Sonam Rigdhen Gyeltshen, Namgay C & K3N - Tam Tshisum 2 (2021) 

前回の記事で紹介した「ブータンの尾崎豊」Sonam Tobdhen Gyeltshenの「Tam Tshi Sum」のリメイク。原曲の方のラップパートを担当しているKinley Wangchukはブータンで初めてオリジナルのラップを作っただけでなく、ブータン映画に初めて使われたラップの作詞・作曲を担当。アメリカの人気リアリティ番組「America‘s Got Talent」に初めて登場したブータン人でもあり、この曲は今日まで一番聞かれてきたブータニーズ・ラップといっても過言ではない。また、Kinley Wangchuckの「Tshe Dari」(2014)もまたブータンの歴史上、最もトレンドになった一曲である。

4-1. Kinley Wangchuk and Jurmey Choden Rinzin - Tshe Dari(2014)

5. Da TaKo ft LWK - Yumtsho (2021) 

「ユムツォ(Yumtsho)」とはブータンのパロにあるターコイズ色をした湖のこと。曲は雄大なヒマラヤの峰々を背景に、民族衣装を着たボーカル Lungten Wangchuk KarmaとラッパーDa Takoが交互に歌う構成となっている。「私はTshongpon Norbu Zangpo〔最も裕福な人物としてブータンで知られた商人〕にはかなわないけれども、あなたの言葉を黄金のように大事にするよ。詩人らはあなたの美しさを表現するのに、世界を埋め尽くすほどの紙でも足りないだろう」という歌詞のとおり、ユムツォを例えに恋しい人を思って歌う至極のラブソングだ。

5-1. Da TaKo feat. Lungten Wangchuk Karma - Tshomen(2019)

6. K3N, Karma Euden Norbu, Karma Wangyel, Dhendup Tee Rabgyal, KLEE - Mo Dang Kho (2020) 

ブータンのラッパー5人によるコラボ曲。特に着目したいのが、13歳でラップを始め、ブータン初の女性ラッパーとして人気を博したKarma Euden Norbuだろう。彼女の透き通るようなゾンカ語ラップはブータン随一といっても過言ではない。先ほど紹介したKinley WangchukもKLEEとして参加しており、Dhendup Tee Rabyalとのコラボも別でしている。

6-1. Karma Euden Norbu - NYEN NA(2022)

6-2. Kinley Wangchuk & Dhendup Tee Rabgyel - Ema Datshi (2021)

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ここまで見れば「今、ブータンでヒップホップが熱い」と言わざるを得ないことがわかろう。もちろん、読者の方々の中には「こんなのヒップホップではない!」と言う方もいるかもしれないが、ブータンでヒップホップが進化していることだけでも知ってもらえたら幸いである。

実際はもっと紹介したい楽曲があるのだが、本記事ではYoutubeにMVとともに上がっている楽曲のみに限定した。紹介できなかった楽曲は以下のSoundCloudのプレイリストに入れているので是非聞いて欲しい。


最後に、これからくるであろう期待の新人を3名挙げておきたい。1人目がブータン南部出身でネパール語でラップを歌うSyoyang、2人目はChogoとのコラボも果たし、Dronaが「期待の新人」と評しているKelden、そして3人目が既にネパール語ラップをいくつか発表しているAsheek_FLO_Aだ。

参照文献
島村一平. 2021.『ヒップホップ・モンゴリア:韻がつむぐ人類学』青土社.
Dasai, Ketaki (2 September 2018). From positive to profane, Bhutan is loving rap. The Times of India (https://timesofindia.indiatimes.com/world/south-asia/from-positive-to-profane-bhutan-is-loving-rap/articleshow/65639290.cms).

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