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鉄塔の先に

前回の記事の続きです。前回の記事はこちら。

さまざまな事情で親と暮らすことのできない子供を、養子縁組でない形式で迎え入れる制度のひとつに養育家庭制度というものがある。受け入れの長さは短期から長期までさまざまなパターンがあり、長期になると国から養育費などが支払われる。

おばあさんに夜ご飯よーと言われ、慣れないスリッパでリビングまで行った。何が出てきたかは忘れちゃったけど、とにかくその家のご飯は豪華だった。綺麗な食器に盛られた色とりどりの料理、曇りのないカトラリーが載せられた敷物(大人になってから知ったけどランチョンマットって言うんだね)。何もかもが実家と違った。朝も昼も夜も当然のこと、10時と15時には2回もおやつの時間があったことに驚いた。「ドーナツができたからおいでなさいな」「今日は〇〇のカステラを買ってみたのよ。一緒に召し上がりましょう」と美味しそうなものが沢山出てきて、食べ盛りだった中学生の私は喜んでリビングに行き毎日1日5回もご飯やお菓子をたくさん食べて、常にお腹がいっぱいだった。

私がこの家に来てから初めてのご飯の時、「自分のおうちと思ってくれていいからね」とおばあさんは私に言ってくれたが、正直実家と環境が違いすぎて馴染める気がしないと思った。しかしおばあさんが私に気を遣ってその言葉を言ってくれていることは分かったので「あ、はい、ありがとうございます」と答ると「ははは。そんなの言われたってすぐには無理だよなあ」とおじいさんが私の気持ちを察したのか笑いながら言った。「まあそうよねえ。うーん、じゃあ何かしたいことはあるかしら?退屈でしょう?」と言われたので、家では禁止されていたので絵を描きたい、外に出て遊びたいと言った。

おじいさんとおばあさんは一瞬暗い表情をして顔を見合わせた。
「……あなたは外に出してあげられないのよ…ごめんね。」
そしてすぐさま、「でも絵ね!わかった。私が明日画材を買ってきてあげるわ!なにがいいかしら。絵の具?それともクレヨン?絵の具って言っても沢山種類があるわよね…」と画材の話にすぐ切り替わった。なんだかおばあさんの話の切り替え方に違和感を感じたので、2人に「なんで外に出られないんですか?」と聞いた。おじいさんは少し黙り込んだあと、事情を説明してくれた。
「君がここに連れてこれられた理由は職員さんから聞いているよ。君をこの家で保護し、親から隠すというのが今回の僕たちの役目なんだ。君を一瞬でも外に出して(私の)親に見つかってしまったら、無理やり元いた家に連れ戻されるかもしれない。職員さんにも親に見つからないようにって言われているんだ。だから外には出してあげられない。」
そうか。私はここでも外に出られないのか。自分でした選択の第一歩で心が挫けそうになったが、まだこの後に一時保護所があるとどうにか自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせた。ただそのおじいさんの言葉を聞いてからずっと引っかかっているものがあり、夕食後部屋に戻って窓から外をぼーっと眺めながら考え込んだ。そして点と点が線で繋がったような感覚に襲われた。それは閃きのようなものに近かった。…そうだあの鉄塔!この窓から見える鉄塔!!この鉄塔は、家にいた頃外に閉め出された時外階段を登って家の屋上からよく見た鉄塔だ!!!遠くから見てたから近くで見たことはなかったけど、間違いない、あの鉄塔だ!あの時感じた妙な懐かしさの理由がわかった。
次の日、昼前のおやつの時間にそれとなく「ここの近くに〇〇ってスーパーありますか?あと、〇〇っていうお寿司屋さん」とおばあさんに聞くと「ええ、少し行った先に確かあったわよ。どうして?お寿司食べたいの?」と言われた。「お寿司いいなあ。お寿司美味しいですよね〜」とか言いながら、頭の中で記憶している実家周辺の地図で今いる家のおおよその位置がわかり、この家は実家から見えたあの鉄塔から一直線で繋がっている場所だったことが推測できた。

それから何日か経って、朝起きると絵の具とクレヨンと色鉛筆、それにたくさんの画用紙がベッドの脇に置いてあった。

一時保護所の空きが出るまで、都合3ヶ月弱この家でお世話になった。その3ヶ月弱は、外に一切出ることなく、暇になったら絵を書いて、1日5回リビングに行きおやつやご飯を食べる。そしてふとした瞬間窓から顔を出し鉄塔を見上げながら実家を思い出した。今頃お母さん心配してるのかな。いや、心配とかじゃなく怒ってるだろうな。残してきた妹2人も心配だ。でもこれは自分で決めたこと、もう後戻りできない。

お別れは突然だった。児童相談所の職員さんが来て、「一時保護所の空きが出たので今から移ります。準備してください」と言われ、おばあさんとおじいさんにまともにお礼も言えないまま車で一時保護所に移動した。

車で1時間くらいだったかな。着いたのは八王子児童相談所という場所だった。

つづきはこちらから。

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