僕の大好きなアーティスト(後編)

(※注:前編をご覧になっていない方はこちらからご覧下さい)

とあるファンは言った。

「世界一好きな言葉は、『こんばんは、Base Ball Bearです』」

本当にその通りだと思う。

1曲目を演奏し終わった3人は、ボーカル・小出のこの言葉に続いて、2曲目に入る。僕は、常日頃から聴いている、大好きな3人が目の前にいることにただただ感動していた。自分の事情によってチケットをとった10月のライブに行くことを断念したこともあり、僕の感情は既にかなり昂ってきていたのである。

試される 試される やたら僕は試される
試される 試される ミステリーさBoy meet girl
(♪試される)

2曲目を終え、僕の興奮も少し落ち着いた頃、小出のMCが始まった。

小出「あれっ、皆さん寝起きですか?笑」
堀之内(ドラム)「みんな真面目に聴いてくれてんだよ!笑」

これだ。ライブハウスの熱気の中でもこの緩い雰囲気のトーク。まるでラジオでもしているのかというような軽妙な会話がステージで繰り広げられる。いつもライブの直前というのは緊張するものだが、大抵は彼ら3人の穏やかな会話に心が癒されるのだ。

その後も、彼らは次々に曲を演奏していく。

屋上で試してる 飛び降り占いは
いつだって失敗で Oh, 涙流すロンリーガール
(♪ヘヴンズドアー・ガールズ)
信じすぎることやめた 信じるからこそノンビリーバー
(♪Flame)

上に挙げたものの他に数曲演奏し、3人が水を飲む場面があった。その直後、ベース・関根が違う楽器を手にした。前編で僕が「ベース兼コーラス"他"」と書いた所以である。

チャップマンスティック。

単にスティックと呼ばれるこの楽器は、限りなく簡潔に言うと「ギターとベースの弦が両方ついたもの」だ。日本ではかなり珍しく、楽器店でさえ取り扱っていない所が多いものだが、関根は昨年頃からライブで使用し始め、今回に至ってはMC等でも触れられずに自然に使用していた。言うなれば、Base Ball Bearが3人体制になってから得た武器である。

神様、あの子を創ったのは正解だね
(♪Transfer Girl)

チャップマンスティックの演奏は極めて難しい。小出やベースを持った際の関根がそうであるように、バンドマンというのはギターやベースを弾きながらも前を向いて観客にアピールするのが普通だが、スティックを演奏している時の関根は完全に下を向いて楽器に集中している。だが、その姿もとてもカッコいいのだ。美しいのだ。そして、彼女のスティックによって「Transfer Girl」は以前とまた違う響きを見せるようになっていた。

そう、Base Ball Bearは常に進化しているバンドなのだ。変化すること、それを受け入れてもらうことというのはとても難しいことだ。しかし、いつも彼らは僕たちに新しいBase Ball Bearを見せてくれる。変わりつつ、それでも素晴らしい、僕の好きなBase Ball Bearであり続ける、そんなバンドだ。

さて、ライブも中盤に差し掛かり、それまで比較的しっとりとした曲を演奏してきた彼らが、少しずつ選曲のテイストを変えてきた。

ああ今は 光が見えなくても 暗がり 走り抜けろ
そう 訳も無くからっぽの季節だけど
それが青い春だ
(♪青い春.虚無)
いつもこんなに見つめてた
暗がりを好きにはなれないよ
どうせ消えてしまう灯りなら
君のため輝きたいと 想うから
(♪星がほしい)

一気に疾走感のある曲、明るめの曲が数曲続いて、ライブハウスのボルテージは最高潮だ。会場全体が手を掲げ、ジャンプしてリズムをとる。

しかし、物事には終わりがある。そして、このライブにもその時は近づいていた。最後の方に演奏されたのが、最新作のタイトルにもなっているこの曲だった。

ギタードラムベース 輝くフレーズ 結んだ先にポラリス
One&Two&Threeで ~180度の可能性 篇~
(♪ポラリス)

正直に言って、3人体制になってからの彼らには迷いや焦りがあったと思う。本人たちも認めていることだが、4人だった頃も、3人になっても、何かしらに焦っていたことは、当時のライブ音源などを聴いてもわかるほどだ。が、3人ともにソロパートのあるこの曲を演奏している彼らを見ていると、本当に楽しそうだった。33~4歳の男女3人が、心の底から笑顔で楽器を演奏し、歌を歌っているのだ。その光景を見られたことは、Base Ball Bearのファンとしてとても嬉しかった。そして願わくば、これからも楽しく音楽活動を続けてほしいという気持ちでいっぱいになった。

そして、僕が聞きたくなかった言葉が小出の口から発せられる。

「どうもありがとう、Base Ball Bearでした」

ドラマチックチック止められそうにない
止めたいと思わない
(♪ドラマチック)

この曲が終わるとライブが終わってしまう。そこに、「ドラマチック」を選んできたのにはやられた。僕も、この幸せな空間を止めたいと思わないのだから。

演奏が終わり、もう一度小出が観客に感謝を述べる。歓声が巻き起こる中を、3人は手を振りながら奥へと引っ込んでいった。最後に関根の姿が見えなくなったのを見届け、僕はふっと一息ついた。ああ、最高のライブだったな。120点だなあ、と。

が。

鳴り止まない手拍子。程なくして出てくる3人。そうだ。アンコールだ。いつもライブではアンコールがあるのだが、何故かこの時は一瞬忘れていたのである。

そして、僕にとってはここからが真骨頂だった。

着替えてきた3人は、ツアーグッズの宣伝をした後、短めのMCの時間に入る。この時点で僕は、最後も盛り上げて終わるものだと思って、小出の話を聴いていた。

「というわけで今回のツアー、『十七歳』から特にピックアップしてセットリストを作ったわけなんですけど、このアルバム、結構バタバタして作ったので、その後全然ライブでやってなくて今回久々な曲とか多いんですよ。最後も、あんまりやってない曲をやります」

イントロが始まる。CDとライブでは音がそれなりに違うので、あの曲を歌ってくれるのか、いや、まあここでそれはないよな、と思っていた。だから、小出が、こいちゃんが歌い始めた瞬間から、もう僕は涙が止まらなかった。僕の、一番思い入れの深い曲。心のどこかで「今日やってくれたらいいなあ」と思っていた曲。

今 急に会いたくなった
君が好きなあの曲を聴いてた
ケンカした後に街でさ 流れていた あの曲もいい思い出
君が最初の人で そして最後の人さ
君に最高の夢を見せたい
その声で呼んでくれよ その瞳で見つめてくれよ
恋心越えた 気持ちは果てしないよ
いつも傍で笑ってよ いつも傍で笑わせてあげるよ
ずっと 僕にとって それが幸せの形

3人の姿がぼやけてしまう。ライブの前に買った新品のタオルが涙に染まっていく。呻き声を出さないように堪えながら、僕は、ただただ泣いていた。

酔った君が外しだした 二重三重の仮面には吹き出した
そんな君がまだ背負っている 重い荷物は 僕に支えさせて
迷うことがあっても 何度でも言うから
忘れないでね 君が好き
すべてひとりで決めてた すべてひとりで考えてたのに
ふたりになって ふたりで選んだ道だ
すべて君のためになる すべてが君を幸せにするために 変わっていった
不思議だけど愛の形

これまで生きてきて、とても多くの人を傷つけた。こと女性に関していえば、とても褒められるような経歴ではない。そんな僕に、もしも、万が一、生涯を共にしようと思ってくれる人ができたら、僕は、この曲を送りたい。大好きな、大切な女性と、こんな関係になりたい。「協奏曲」は、そう思わされるような、素敵な曲だ。

お互いに持った 恋の古傷を 見ても揺れたりしなかった
「それもそうだね」「よく頑張ったね」なんて
出会えてよかった 君しかいないよ
すべてひとりで決めてた すべてひとりで考えてたのに
ふたりになって ふたりで選んだ道だ
いつも傍で笑ってよ いつも傍で笑わせてあげるよ
ずっと ふたりで笑っていたいなぁ
ラララ……

僕が泣いている間に、曲は終わり、3人は手を振って下がっていく。心の底から、「ありがとう!」と叫んだ。曲中に関根嬢が、最後にこいちゃんが、こっちを見てくれた気がした。ホリくんが手を振ってくれた気がした。多分、気のせいだろうが。

本当に、ありがとう、という感情でいっぱいになった。そして、とても幸せな気持ちだった。

が、周囲を見ると、再び手拍子。僕は過去のライブでダブルアンコールを見たことがないので、まさか、とは思ったが、やはりもう1曲聴きたい気持ちも当然あり、手拍子に参加した。すると。

「やるのか。お前ら、やるんだな!?笑」

なんと、出てきてくれたのだ。嬉しい裏切りに、僕は自然と笑顔になった。本当の本当に、最後の曲だ。

切なげなメロディーがお似合いのジェネレーション、夕方感大全開。
(♪夕方ジェネレーション)

ゆるりと流れるメロディとこいちゃんの歌声に、しみじみと聞き入る。これが、今日の最後だ、と思いながら。最後のサビの最後、同じフレーズの繰り返しになると、ライブの楽しかった曲、瞬間を振り返りながら、一つひとつが心に、体に染み込んでいく。本当に、このバンドに出会えて、今日のライブに来てよかった。僕の知人でこの文を読んでくれた人、CDなら貸すから、ぜひ聴いてほしい。このバンドに触れてほしい。僕の青春が、今まで生きた人生が、Base Ball Bearと共にある。僕にとって彼らは、そんなバンドだ。こいちゃん、関根嬢、ホリくん、ありがとう。Base Ball Bearでいてくれて、こんなに素晴らしい曲を作って、こんなに素晴らしいライブを見せてくれて、ありがとう。

夕方ジェネレーション You gotta generation.
夕方ジェネレーション You gotta generation.
夕方ジェネレーション You gotta generation.
夕方ジェネレーション You gotta generation……

ライブが終わり、帰路につく途中で、僕はローソンに立ち寄り、ツアーの福岡公演のチケットを購入した。

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