見出し画像

作品に罪は無くとも。

いやはやいやはや。

お久しぶり。まじで。

久しぶりすぎて、いつも冒頭どんな書き出しにしてたか忘れました。僕です。

なんでこんなに久しぶりかって?

実は僕、サラリーマンになりまして。
世の働く人々に敬意を抱きましたね。
勤労感謝の日は月イチで在るべきだ。

もうね、通勤の度にあの曲が流れるわけです。
「もよりえーきのーかいさーつーぬけーれーばっ」
ってね。

ピンとこなかった人は今すぐ聴いてきてください。

聴いてきたね。

彼らの曲は素晴らしくて、田中のマー君が日本シリーズ最終戦、抑えで登場したときなんかはもう、鳥肌が直立不動の五重塔だったんですわ。

それでもなんだか微妙な気持ちになってしまうのは、モンキーがノンフィクションでファンキーだったからなんだなあ。。

否!!

作品に罪は無い!!
芸術は作者に拠らず、世に放たれたその瞬間から、作品そのものの芸術性だけが評価されるべきである。

作品に罪は無いのである。

否々。

上記の論調には、僕は賛同しかねるのである。

作品に罪は無い。を文面通りに理解するのならば、そこに異論はない。作品は罪を犯していない。

しかし、作者の人となりだとか、作品の生まれた経緯だとか、「作品に関連する作品以外の事項」というものは、十分に評価基準となるのである。

なるべきとか、なるべきでないとか、そんな議論は置いておいて良い。否が応でも、なるのである。

現に僕は、かの曲を聴き感涙しつつ、しかし同時に非常に残念な心持ちがするのである。


まして、言葉には魂が宿る。

例えばここに、3年間毎日ブログを更新し続けたブロガーがいるとする。彼は次のように言う。
「今日から1年間は、3日に1本ブログを更新する。」

翻ってここに、僕が言う。
「今日から1年間は、3日に1本ブログを更新する。」

ほれみろ。
そういうことである。


なんだよ。「そういうことである。」って。
ブランクがありすぎて締めすらまともに書けん。

締めが下手なのはブランク関係ないな。
なんなら冒頭も関係なかったな。

はい、以上。
久々の更新がこんなスッカスカな話で面目ない。
否、いつもスッカスカである。万事オッケー。

じゃ、また逢う日まで、みなさんお元気で!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?