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終物語 (2)第6話 おうぎダーク 其ノ貳

暦:扇ちゃんが…怪異?
何を根拠に、臥煙さんは扇ちゃんを化け物だなんて呼ぶんです?

臥煙:ならば、君は…何を根拠に、忍野扇を扇ちゃんなんて呼ぶのかな?
彼女が忍野扇と名乗ったから、
それを鵜呑みにして彼女を扇ちゃんと呼んでいるだけなんじゃないのかい?

真宵:らしくもなく、勘が鈍いですね阿良々木さん。
察するに、その忍野扇さんという方はバスケットボール部の元スター、
神原さんのファンとして彼女から紹介されたのですよね?

暦:ああ、そういう流れだった

真宵:fan〈ファン〉…つまり、扇でしょ

暦:えっ、でも…じゃあ、名字の方はどうなる

臥煙:忍野性についてはもう少し込み入った事情もある。
しかしメメの姪というのが嘘であるのは確かだ

暦:忍野扇が忍野扇ではないのだとすれば…じゃあ、あの子は一体何なんです?あの子の正体は何なんですか?

臥煙:正体不明というのが、今のところの彼女の正体だ。
だからこそ退治の手段は明確である。
当初のプランでは忍野扇の退治にあたっては妖刀・心渡を使うつもりだった。

暦:扇ちゃんを…怪異殺しで斬るつもりだったんですか

臥煙:おいおい、そう睨むなよ。君は一体どっちの味方だい?
怪異殺しで怪異を斬る…本来なんの矛盾も生じない話だ。
専門家としては成すべきことだ。

暦:その為にあなたは…妖刀・心渡を作ったんですか。
(最初の眷族、死屍累生死郎が着用していた甲冑。8月に行方知れずとなっていた、あれを打ち直して作り上げたのだ。)

臥煙:忍野扇を斬ろうと思っていた訳ではない。
ただし、忍野扇の登場は予期していた。

忍:ふん。火事場泥棒みたいな真似をしよってからに…。
通りで、食いでが足らんかったわけじゃ。

臥煙:そう言うなよ。だからもう君に返したじゃないか、忍さん。
もう必要がなくなったからね。
こよみんの協力を仰げるとなれば、強行手段に出る必要はなくなった。
妖怪退治の専門家として真っ当な手段でスタンダードな方法で、
忍野扇を退治できる。

暦:扇ちゃんの登場を予期していたっていうのは、どういう意味ですか

臥煙:いや、それは単なる経験則だ。忍野扇と同じ…とは言わないまでも、似たような怪異をかつて私は見たことがあってね。
厳密に言うと、経験したのは私ではなく、私の姉だった。臥煙遠江だった。君のよく知る神原駿河…その母親だ。あるし、こよみんに似ていた。
小学生ながら、この姉はヤバいと思った。危険人物だと痛感していた。
なんていうんだろうなぁ、化け物ではないが化け物じみていた…。
自分に厳しく他人に厳しい。厳しければ厳しいほど、それを善〈ぜん〉だと思っている…そういう人だったよ。しかし、それはまあ余談だ。
私の姉のパーソナリティーを紹介したいわけではない。
今はただ、私の姉のそういう性格はこよみんを連想すると言いたいだけだ。

暦:(そんな性格だっけ、僕…。)

臥煙:私の姉と同じことを、こよみんにやってもらう

暦:僕がやるんですか?臥煙さんじゃなく?

臥煙:君にしか出来ない…。君が、1人で、やらなければならない…。
正体不明の怪異である忍野扇の脅威はね、究極的には正体不明である…
という一点に尽きる。だからその正体を暴けば瓦壊〈がかい〉する。

暦:瓦壊…。

臥煙:対消滅〈ついしょうめつ〉と言ってもいいけれど。
ここで重要なのは彼女は自らのあるべき姿を偽る偽物であるという点だ。
その嘘が暴かれたらどうなるか…忍さんや八九寺ちゃんはよく知っているはずだよね?

『暗闇』

臥煙:そう。己の在り方を偽った怪異は闇に飲まれる。
特に彼女は己を暗闇そのものと偽った。
そのルール違反に対する制裁は熾烈〈しれつ〉を極めることになるだろう。自業自得というやつだ。
ここ半年ほど、こよみんの周辺で繰り返してきた振る舞いを…
奮った猛威を、今度は彼女自身が浴びることになる。っふ。
まあ怪異というのは、そういうものだ。
だから私は忍野扇を、普通の化け物と呼ぶ。

暦:臥煙さんのお姉さんはそうやって、扇ちゃんに似た怪異…
暗闇ならぬ暗闇もどきを退治したんですか?

臥煙:うん、そう。私の見るところ、暗闇よりも暗闇もどきの方が危険度は高い。そんなご都合主義の解決は許さない。
みんなが幸せになるような答えはズルでしかない…という姿勢を示すことだろう。
だから、是が非でも今日…今夜中に決着をつけなくてはならないということさ。

扇:助けてください。私の味方になってくれませんか?助けてください。

暦:(かつて僕は、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードからの願いを蹴ったことがあった。その時と同じ答えを…扇ちゃんにも言おう。)
分かりました。僕は忍野扇を助けません。だから…だから教えてください。臥煙さん、謎の転校生…忍野扇の正体を

臥煙:あの子の正体は

>>

扇:おや?そこにいるのは…阿良々木先輩の妹ちゃんじゃないのかなぁ。
昨日も会ったね、こんにちは

月火:こんにちは(会ったっけ?)

扇:私は忍野扇と言うんだよ。お兄さんから君のことはよく聞いているよ、自慢の妹だってね。もう遅いし送ってあげるよ、後ろに乗りな。
千石ちゃんは元気だったかなぁ。彼女の心電図はどんな感じだった?
心電図?それとも、死んでないず?

月火:元気と言えば元気ですよ。死んではないです、死んでたのはむしろ、今までの方だったんじゃないかな

扇:かもねー。うんまあ、可愛いだけの人間なんていないって話だ。
私が思うに、ああいう子は可愛げがない方が可愛いよ。よかったよかった、プリティーガールであることは千石ちゃんにとっては己を傷つける刃にしかならなかったという話だ。そういうのって悲しいよね。

月火:悲しい?可愛ければラッキーなんじゃないですか?

扇:千石ちゃんにとっては可愛さは…自分を縛る鎖でもあっただろうが、
それでも自分で切り離すには惜しい才能だっただろうからね。
荒療治が必要だったんだよ。

月火:荒療治って…何のことですか?

扇:さあ、知らない。
私は何も知らないんだよ、阿良々木先輩が知っているんだ。
千石ちゃんは将来漫画家になりたいみたいだけれど、阿良々木月火ちゃん…君はどうなりたい?

月火:どうって…。そういうのは、私はあんまり無いです。
今が楽しきゃいいって感じです。
そういうのが繋がって、将来になるのかなぁって。

扇:君は何でも知っているというタイプではないけれど…
それでも、なんでもできるタイプだからね。
全知ではなくても全能ではある君には、選択肢が多すぎて目標が分散する…というのはあるだろう。
将来と言っても…君の将来はあまりに“へんだい”だが。

月火:私は依存心〈いそんしん〉が強いって意味ですか?

扇:月火ちゃん、君が周囲からの支えによって生きているのは…
生かされているのは確かだよ。
お兄ちゃんやお姉ちゃんの気遣いがなければ、
君は夏休みに死んでいてもおかしくはなかった。

月火:夏休み?人は1人では生きていけないってやつですね

扇:人は…独りでに、生きていくものだよ?独りでに生きて行けないのは、
化け物だ。私や君がそうであるように。

月火:って、あれ?ちょっ忍野さん

扇:扇さんでいいよ

月火:扇さん、全然違う方向来てますけど

扇:おっと、ごめんごめん。道に迷ってしまったみたいだね。
一旦、止めてスマホで地図でも確認しようか

月火:ん?あれ?あ…そうだ。
これ、8月くらいに火事で焼けたビルじゃなかったっけ

扇:へー、奇妙だねー。つまりこれは建物の幽霊ってやつなのかな?
ちょっと入ってみよっか

月火:学校…いや、塾だったみたいですね。

扇:ふむ、そのようだね。
おやおや?勢い殴り込んでみたものの、あっさり正体が割れてしまったか。正体がわかってしまうと怖くもなんともないねぇ。
推理小説でもそうだよね、
ドキドキハラハラしながら読むのは犯人がわからないからだ。
謎が謎でなくなり、容疑者が1人に絞られてしまえばハッキリ言って、
その後は興ざめだよね。謎解きのシーンなんて一行で終わってくれていい。正体がバレれば恐怖も面白みも消滅する…そういうものだ。

月火:そうですかね。いや、推理小説だったらそうかもしれませんけれど、現実だったら犯人が捕まった後の方が怖くないです?
それまで怖いと思っていた対象の実在を確認できちゃった訳ですから。
正体が割れることで話が始まっちゃうっていうか、
実際犯人が逮捕されてからの手続きの方が長いでしょう?
それに正体って言っても、それが正しいとは限らないでしょ。
実はさらなるどんでん返しが待ち受けてるかも…推理小説的には。

扇:それはそうかもね。なるほど、正しい体〈てい〉と書いて正体か。
体は所詮、体でしかない…これは1本取られたよ。
さすがは阿良々木先輩の妹だ。月火ちゃんはその正体を受け入れられて、
あるいは面白がってもらえるかもしれないけれども、
私は…そうはいかないだろうからね。私の正体は…醜い…。
月火ちゃん、君には残念ながら、およそ将来と呼べるようなものはない。
将来どうなるか分からないんじゃない。将来がないんだ。
今はどれだけ積み重ねても将来には繋がらない。
君にあるのは、永遠の今だけだ。
それでも君は将来を気にせず、未来に取り合わず、今を生きていられるかな

月火:まあ、多分。私って生きるの結構得意ですから。

扇:…それが言えるのは素晴らしいことだ。羨ましいよ。

暦:遅かったね、扇ちゃん。待ちかねたぜ

扇:月火ちゃん、自転車乗ってっちゃっていいから。
悪いけれど1人で先に帰ってもらえるかなぁ。
私はこれから、お兄ちゃんと大切な話があるから。

チェーンの暗証番号は、1・2・3・4だ。

>>

扇:忍ちゃんは今どうしているんですか?
完全体に復帰したはずですけれど、ご一緒ではないんですか?

暦:それは…まだだよ。再びお互いでお互いを縛り合うのは全てが終わってからにしようということに決めた

扇:ふーん…忍ちゃんは元の木阿弥になることを望みましたか。
そして阿良々木先輩は再び人間もどきの出来損ない吸血鬼になろう、
というのですか。

暦:幼女が好きなだけさ

扇:で?少女のほうはどうなる運びに?

暦:北白蛇神社に祀られる。それもまた全てが終わってからの話だけどな

扇:あの神社を…この街に空いた大穴を…果たしてどうするかというのは、やはり課題でしたが、都合よく解決したものですねぇ

暦:課題…君の仕事というわけかな?

扇:まぁ、そうです。いつか言いましたね、そんなこと

暦:仕事というなら、僕の妹…あいつとはどんな話で盛り上がったんだ?

扇:話は全然途中でしたよー。残念無念。
私の仕事は中途半端で終了した訳です。
ありゃ手強い…さすがは不死鳥、手に負えませんね。
影縫余弦は一体どうやって、あんな長命種を退治するつもりだったんだか。

暦:化け物は…正体を暴けば、退治できるんだろう?

扇:だから、あの子は正体を暴いても退治できそうもないと言っているんですよ。
正体を知りながらも、しつこく愛してくれるお兄さんがいらっしゃる訳ですからねぇ。うん、だからこそ影縫余弦は投げ出したのかもしれませんが…ま、私ではとてもそういうわけにはいかないでしょうね。そうでしょ?
私はここで阿良々木先輩に正体を暴かれて退治される…
そういう流れなんでしょ?

暦:一対一での決闘ってわけだ…

扇:そりゃあ、心躍りますね…

暦:今回は、僕がやらなきゃいけないことだと思っているよ。
僕にしかできないことだと…僕が1人でやりたいことだと…

扇:やりたいこと…ねぇ…。
大人に言いくるめられて、そう思っているだけじゃないですか?
阿良々木先輩は忍ちゃんや八九寺ちゃんのために
身を粉にしているつもりかもしれませんが、
それって惰性と何が違うんです?愚かですねー。
失いかけたものには過度な価値を見出しがちですけれど、
そういったノスタルジーに縛られていたら、
いつまでたっても将来にたどり着けませんよ?
あ、一応言っておきますけれど、これ命乞いですから。

暦:命乞い?

扇:だから言ったでしょ。
私の味方をしてくれませんかって、私を助けてくださいって。
どうやらその頼みは儚くも無下にされてしまったようですけれど。
私に魅力が欠けていましたかね?ま、それが正解ですよ。阿良々木先輩。
それが正しいです。なんだー、正しいこともできるんじゃないですか。
残念ながら、断って欲しかったんですよ?私は。
では、宴もたけなわではございませんが、
阿良々木先輩に締めてもらいましょうか。

暦:あぁ、そうさせてもらうよ。
扇ちゃん…君の正体は…君の正体は、僕だ。