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猫物語(黒) 第四話 つばさファミリー其ノ肆

羽川:阿良々木くん、大丈夫!?…なーんだ、騙されちゃったんだ、私。

暦:ああ、そうだよ。っは、それにしてもお早いお着きだったな、障り猫。
たったの30分でお出ましとは、恐れ入ったぜ。

羽川:最低だよ…阿良々木くん。
嘘をついて人を心配させて…いけないんだ。
何よ、人が怒ってるのに何が可笑しいのよ。

暦:くくっ。いやぁだって、言葉遣いが乱れてるぜ…羽川。
どうしたよ、優等生。
語尾ににゃーにゃー付けるのが障り猫の設定じゃなかったのかよ。

羽川:なーんだ・・・。いや…にゃーんだ、かな。まあいいや。
え?あれ?いつからバレてたの?

暦:…最初から。なんとなくわかっちゃいたさ。
僕はお前の友達なんだぜ。だから見誤るわけがない。
だから、わからないはずがない。
怪異に取り憑かれようが、怪異を取り込もうが、お前はお前のままなんだよ羽川。人格が変わったくらいで性格が変わるか。
それがお前だ、お前自身だ。
友達からヘルプが来れば、どんな状況だろうと、どんな戦況だろうと、おっとり刀で駆けつけてしまう…。
猫が毛玉を転がすように本能的に駆けつけずにはいられない…それがお前なんだよ。

羽川:これが…これが私、ねぇ・・・。

暦:そうだよ。だってお前今、嘘を吐いた僕に怒ってる反面、実はホッとしてるだろ。胸をなで下ろしてるだろ。
すげー優しいし、すげー強いよ…優し過ぎるし強過ぎる。
生きていくのもしんどいくらいに優し過ぎるし、怪異に魂売っちまうくらいに強過ぎる。他人を圧迫する程に正しいよ。
それを否定したくなる気持ちはわかる…わかんねーけどわかる。
だけどな羽川…だけどさ、羽川。だけど羽川!それがお前なんだよ!
お前はその性格のままで一生生きていくんだよ、変われはしねーんだ!
そういう性格に生まれついて、そういう性格に育っちまったんだからしょうがないだろ!
文句言ってねーで、頑張って付き合っていくしかないだろうが!

羽川:…何を言ってるの?阿良々木くん。
無茶言わないでよ…私だって辛いんだよ?
私だって、出来ることと出来ないことがあるんだよ?
私だって、人間なんだよ?

暦:人間じゃねーだろうが…。お前は怪異に、その身を委ねた。
…今のお前が人間を名乗るな。

羽川:・・・。ひどいことを言うなぁ阿良々木くん。
私がどうしてこんな事になっちゃったのか知ってるくせに。
こんな私に、それでも頑張れだなんて…ひどいよ。ひどすぎるよ。
阿良々木くんは私に、同情してくれないの?

暦:しねーよ。
本当の父親が誰だかわかんねーし、生みの母親は自殺しちまうし、あっちこっちの家庭をたらい回しにされた挙げ句に、血の繋がらない両親と絆を結ぶことも出来ず、冷めた家庭で育って、それでも強いて普通であろうとして、
事もあろうに、そんな事が達成できちゃって…ほんっとお前ツイてないよな。運が悪いぜ、不幸過ぎる。だけどさぁ、いいじゃねーか…それくらい。
不幸だからって辛い思いをしなくちゃいけねーわけじゃねーし、恵まれないからって拗ねなきゃいけねーわけじゃねぇ。
やな事あっても元気でいいだろ。
お前ってやつはこの後、何事もなかったような顔をして家に帰って、退院したお父さんとお母さんと、またこれまでと何ら変わりない、おんなじような生活を送る事になるんだ。一生、お父さんともお母さんとも和解できねぇ。
僕が保証する…!万が一、将来幸せになっても無駄だぞ。
どれだけハッピーになろうが昔は駄目だった事実は消えちゃくれないんだ。
忘れた頃に思い出す…一生夢に見る。僕たちは、一生悪夢を見続けるんだ。
現実は何も変わらねーよ。

羽川:…変わらない。

暦:僕はお前に絶対同情しねーぞ。
猫を理由にするな…怪異を口実にするな…不幸をバネに成長するな。
そんな事をしても結局、自分で自分を引っ掻いてるようなもんじゃねーか。
怪異なんて、本当は居ないんだぜ…それこそ嘘なんだ。
それでもストレスを発散したいってんなら僕が全部引き受けてやるよ。
お前の胸をいつだって触りまくってやるし、下着姿のどこだって見てやる。
だからそれで我慢しとけ。いくらでも時間を作るよ…友達、だからな。

羽川:ほんっと阿良々木くんて最低…頭が痛くなる。
阿良々木くんはスターにはなれてもヒーローにはなれないよね。

暦:スターにもなれねーよ、僕がなれるのは吸血鬼だけだ。

羽川:そうなんだ…なってくれないんだ…。
私のヒーローに、なってくれないんだ…。
前から思ってたけど、阿良々木くんてほんとは私のこと嫌いなんでしょ。

暦:ああ。僕は本当は羽川のことが大嫌いなんだからね。

羽川:そう…。私も本当は阿良々木くんのこと、大嫌いなんだからね…。
・・・死んじゃえ×18
私にゃんて…死んじゃえ…!にゃおん…。
にゃっは。阿良々木くんが私のストレスは全部引き受けてくれるだにゃんて…素敵だね。じゃあ…殺してもいいのかにゃあ。

暦:いいよ、本望だ。僕はお前に殺されて死にたい。

羽川:そ。だったら死んでよ…!

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羽川:ぐ、阿良々木くん!なにを、なにをしたのよ!私に!
っ!?刀を、予め…?

暦:そう…予め、飲み込んでおいた。
…まるで、昔ながらの芸風の手品師のようにな。

羽川:う、うぅ!…だけど、だけどっだけど阿良々木くん…!この痛みは!

暦:そう、痛くないよな…お前自身は。
その刀は怪異殺しつってな…吸血鬼から借り受けた、怪異だけを切る妖刀だ。お前ではなく、お前の身体に埋まった障り猫だけを、切った…!

羽川:そんな…そんな出鱈目な刀があるだなんて…。

暦:ああ、知らなかったろ…。
専門家の忍野だって…あいつがこんなぶっ飛びの刀を持っていること、ついさっきまで知らなかったんだぜ…。
文字通り、人智を超越した刀ってわけさ。

羽川:…忍野さんも知らないような

暦:もしも、こんなキラーアイテムの存在を知っていたなら…お前はこんな手には絶対引っかからなかっただろうな。
ぐっ…!とはいえ、やっぱりこれは希望的観測だったけどな。
お前はそれでも、ひょっとしたらその刀の存在を知っていたかもしれないんだから。安心したぜ、羽川。
お前だって何でも知ってる…わけじゃ、ないんだな…。
だったら、何でも知ってるみたいな顔して見切りつけてんじゃねーよ…!
私なんか死んじゃえとか…言ってんじゃねーよ!
お前だって知らない事…まだまだいっぱいあんじゃねーか!
だったら、何でもは知らないわよ、知ってることだけって…いつもみたいにそう言ってくれよ…!
(僕は死ぬ…。羽川に殺されて死ぬ…羽川の為に死ぬ。…ったくよ、なんて幸せなんだ。)

>>

暦:(自分が非常に、道化じみた真似をしている事はわかっている。
こんな事には意味がない。
怪異殺しを使えば、確かに障り猫は退治できるけど羽川の抱えるストレスを克服できるわけではないし、家庭の不和がなくなるわけでもない。
こんな解決でいいのなら…多分忍野は最初の一回で決着をつけている。
さっき忍野が言いかけてた2つ目の忠告とやらは…きっとそういう事だったのだろう。だけど、それでいい。
僕は別に、お前を助けようとは思ってないんだよ羽川。
無意味で無駄でも、お前の為に死にたい…。それだけなんだ…。)

>>

暦:!?…妖刀によって、羽川と障り猫が分離された事で、統合に不具合を起こしている?何やってんだよ、猫…羽川を傷つけてどうすんだ。
お前が羽川の為にあれこれ手を焼いてくれたのは、路上で死んでいたお前に対して全く同情しなかったからじゃねえか!…僕の時もそうだった。
吸血鬼に襲われ、人間ではなくなってしまった僕に対しても…羽川は決して、哀れんで、見下したりはしなかった。対等に見てくれていた。
そうだろ、障り猫…!
路上で死んでいようが、吸血鬼に襲われていようが…僕たちは、可哀想なんかじゃねえよな!?
お前も、そんな羽川のことが好きになっちゃったんだよな?
だから…だからそんな風に羽川を襲うのは止せ!
止めろ、止めてくれ…止めてください!

キスショット:阿呆か、この従僕は。
乱暴な切り方をしたらマシンが痛むのは当たり前じゃろうが。
わしの自慢の名刀を無茶な使い方しよって…。
とんだ怪異の活き造りじゃわい。笑ってしまうわ。
ったく、例によっていつものごとく目の前のことしか目に見えておらんな、この従僕は。
わしを勝手に生かしておいて、勝手に死ねると思うな。阿保が。
手本を示してやるからそこで見とれ、見蕩れとれ。
良いか?怪異殺しとは、こうやるんじゃ。

暦:…いいよな。…いいよな、羽川。
僕たち、みんなろくでもないけど…すっげー不幸で、めちゃくちゃ報われなくて、取り返しなんか全然つかないけど…一生このままなんだけど、それでいいよな…。

羽川:いいわけ、ないでしょ…。