しのぶメイル6

終物語 しのぶメイル 其の陸

臥煙:じゃあ、ちゃっちゃと初めて、ちゃっちゃと終わらせようか。
おいで。…はい、これでよし。準備完了。
これで阿良々木くんも臨戦態勢だね。

死屍累生死郎:準備完了?それで準備完了?おいおい、しばし待たれよ、
ペアリングはどうしたのでござる、阿良々木殿。
まさかそんな弱いままで拙者と決闘する気ではなかろうな…。
やれやれ…どうやら拙者が心配していた程に、お主とキスショットとの絆は強くないようでござる。
従僕をそんな弱いままで戦場に送り出すなど…信じらぬ。

暦:(僕は忍の力で勝ちたいんじゃない。勝って忍の力になりたいのだ。)

死屍累生死郎:まぁよかろう。だが伊豆湖殿、こうなるとちゃんとハンディキャッティングをした上での決闘法を設けて欲しいものでござるよ。
聞き苦しい言い訳はごめんじゃ。

臥煙:もちろん、古来より伝わる普遍的な決闘法を採用するつもりだ。
それなりに、君たちが公平に競えるようにね。
仮想、妖刀・心渡といったところかな。もちろん霊気を通してある。
うんまあ、互いに有効なスタンガンだと思ってくれ。
まずは君たちには、この竹刀を挟んで背中合わせになってもらう。
そして私のカウントに合わせて、そこから10歩前方に向かって歩く。
10歩目を最後にバトル開始だ。
この竹刀に駆け寄って相手に一太刀浴びせた方の勝ち。
もちろん相手から竹刀を奪い取って一撃を入れてもいい。
あくまでも勝負の基準は一太刀勝負だ。

死屍累生死郎:要するに…状況を公平にするというより、
阿良々木殿が決闘で死なないようにするための気遣いというわけじゃな。
よく考えるものでござる。

臥煙:他に質問は?

死屍累生死郎:ない

臥煙:阿良々木くんから質問は?

暦:僕は剣も戦いも素人なんで、せめてその10歩分のランについて専門家から教えを受けてもいいですか?

臥煙:専門家…?オッケー、それくらいのハンデを追加してもいいだろう。じゃあ今が7時半だから…8時ジャストに決闘開始だ。
ご両者とも、ウオーミングアップに励んでくれたまえ。

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臥煙:おやおや、あっちはあっちで佳境のようだねぇ。どうするこよみん?

暦:伊豆湖さん、何か知ってるんですか?羽川が…いや、そもそも羽川を知っているですか?それにどうするって…何を。

臥煙:私は何でも知っている。だから虎だよ、こよみん。
君を学習塾跡で皮肉にも救った虎だけれど…
煉獄の炎を司るその大虎と翼ちゃんは向き合う決心をしたらしい。
ピンチなのは実のところ、翼ちゃんだけじゃない。
君の彼女の戦場ヶ原さんも同じくピンチだ。

駿河:何!?

臥煙:ひょっとすると、こうしている今にも彼女達は燃え盛っているかもしれない。助けに行くなら一刻も早く今すぐにでも行った方がいい。
こんなさして…やる意味のない決闘を放棄してね。
君が決闘してくれない方が私としては助かるんだ。
君に死なれたら困るからね。
私からルールを破るわけにはいかないから君が自らルールを破ってくれると、とても助かるのさ。
こよみんも良かったじゃないか、決闘を取りやめる絶好の理由ができて…。
選ぶんだね、こよみん。無為な決闘をする為に、このままここに留まるのか、翼ちゃんと戦場ヶ原さんを助けるために走り出すのか…。
忍ちゃんを選ぶのか、翼ちゃんを選ぶのか、戦場ヶ原さんを選ぶのか…。
3人の中で、誰が一番好きなんだい?

暦:神原、頼む。

駿河:頼まれた。阿良々木先輩の家に行けばいいんだな。

暦:ああ、火憐に言って家に入れてもらってくれ。
すぐに追いつくから、先に調べておいてほしい。

駿河:委細承知!

臥煙:正気かい?考えられないよ…
君は本当に目の前のことしか見えないのかい?
確かに君より、よっぽど機動力のある神原駿河さんに走らせれば…
どちらにも対応できるかもしれない。
翼ちゃんなら自力で困難に立ち向かうかもしれない。
ここで戦えるのは君だけなんだから、君がここに残るのは正しいかもしれない…だけどそんなのは理屈だ。人には感情がある。
君を信じて彼女はメールを送ってきてくれたんじゃないのかなぁ…
その信頼を裏切るのかい?この裏切りで、
君は二度と彼女たちから信用してもらえなくなるんじゃないのかい?

暦:そうかもしれない…だけど、僕があいつらを信じている。羽川のこと、戦場ヶ原のことを…心から信じている。
阿良々木暦という男が恩人や恋人よりも、時に幼女を優先する男だと…
分かってくれると信じている。

臥煙:携帯電話を丸ごと預けられるような感触で、
いつか私も人を信じてみたいものだ…。

エピソード:ははっ、ちょーウケる。
奴隷同士の争いに主人として道具立てくらいは用意しようってかい?
いーや、この場合は景品か?勝った方が妖刀を授与されるとか…よ。

臥煙:かもねー。いずれにしても、私がせっかく用意した竹刀は真っ二つだし、本物を使うしかない。
こよみーん、初代くん?時間を少々過ぎてしまったが、始めてもらおうか。予定通り、その刀を間に背中合わせになっておくれ。

死屍累生死郎:すぐ側まで来ておきながら…どうして我らが主、キスショットは姿を見せぬ。そんなにキスショットは拙者に会いたくないのかのう…
阿良々木殿、どう思う。
拙者とお主との、いざこざはキスショットにとっては心底迷惑なだけなのかのう…お主にとっては阿良々木殿、この決闘はどういう意味をもつ。

暦:僕にとっての意味は…お前にはわからないよ。
お前は特別で、選ばれた人間なのかもしれない。
僕は特別じゃないし、選ばれてないかもしれない。
お前の代わりは誰にもできなくて、僕の代わりは、誰にでもできるのかもしれない…だけどな、
お前は僕にはなれないよ。
僕の代わりはいくらでもいるけれど、僕は僕しかいないから。
お前は僕じゃないし、僕はお前じゃない…そういうことだろ。

臥煙:いーち、にー、さーん、よーん、ごー、ろく、なな、はーち、
きゅう…じゅう!

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臥煙:メメの…ああ、そういうことか。驚いた、これは本当に想定外だ。
まさか一太刀を浴びせたら勝ちという私の設定したルールを「ひとタッチ」浴びせたら勝ちだと曲解してくるだなんて…。

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暦:まあ…僕が一体何歳まで生きられるかわかんないけど、
生きているうちにまた会えたら…(また…会えたら、また会おう。)

忍:(謝らんでも良い…許した。)わしの方こそ悪かった。
生死郎…会えて嬉しかった。もう…会えないと思っていたから…。
だけど、もう…会わない。今のわしには、うぬより大事な者がおる。
今しばらくは、そやつの為のわしでいたい…。

暦:(さっぱりせず、気持ちよくもなく、はっきり言ってくれた方が返って楽にもならず、これといった救いもなく…。だけども、それでも実行から400年の時を経て…彼の自殺は、ようやく成功したのだった。)

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扇:はいはい。それで、それからどうなったんですか?阿良々木先輩。
後日談というか、今回のオチは

暦:その後は、もう前に話した通りだよ。
先行して僕の家に向かってくれた神原と合流して羽川の虎の件に交流した。僕は羽川の元に向かい、神原は戦場ヶ原の元へと向かった。

扇:ふーん、そうですかそうですか。いや、ありがとうございました阿良々木先輩。これでパズルのピースが全て埋まりましたよ。
これまで聞いていた話と若干細部が矛盾する箇所もありますけれど…。
そういう矛盾の辻褄合わせも、あらゆる物語の聞き手こと私…
忍野扇の楽しみでもあります。

暦:(本日は3月13日…僕の受験本番当日の早朝だった。)

扇:じゃあ今日はもう帰りますね、生きていればまたお会いしましょう。
あと一点、忍さんは1人目の眷属を結局のところ食べきったんですか?

暦:ん?いや、それはそう言ったろ?

扇:食べ残しなく?

暦:ああ、食べ残しなく。

扇:甲冑〈かっちゅう〉も?

暦:食べた、と思う…かもしれない…。けれど…それが何か重要なのかい?

扇:だって、その鎧もまた…初代怪異殺しの血肉であり骨身でしょう?
だったら、その鎧をドロドロに溶かして、そしてその上で鍛造すれば、
更にもう一振り作れるかもしれないじゃないですか。妖刀・心渡が。
どころか、あわよくば、小太刀・夢渡〈ゆめわたり〉も。

暦:(ゆめわたり?)

扇:私がもし臥煙さんだったら忍さんに食べられてしまう前に鎧は回収するでしょうね。案外エピソード君はそのために呼ばれたのかもしれませんね。

暦:臥煙さんがそんなことをする理由がないだろう。僕は普通に、甲冑も忍が食べたんだと思うぜ?うん、確かそうだった気がする。

扇:では、私の方からも一つだけ…
阿良々木先輩の疑問にお答えしておきましょう。

暦:僕の疑問?僕の疑問て、何?

扇:死屍累生死郎。それが初代怪異殺しのフルネームです。
阿良々木先輩もやっぱり恋敵の名前はちゃんと認識しておきたいでしょう?