しのぶメイル4

終物語 第10話しのぶメイル 其の肆

暦:か、帰ってきた…この街に…?

臥煙:ああ。当時大学生だった私が返魂法〈はんごんほう〉を使って
100年使われた人間の死体から、斧乃木余接という不死身の式神怪異を
作ろうと思い立ったのが、ちょうど15年前だからね。
そして…不死鳥が次の宿り木に止まったのもまさしく、その頃だ。
だから彼が…初代の彼を構成する灰が…この街に集合したのは、
その頃のことなんじゃないかと、お姉さんは愚考するねぇ。

暦:(15年前といえば、もう1つ僕には連想してしまうこともあった。
羽川翼が…羽川翼という名前になったのが、あいつが3歳だかの頃、
即ち15年前じゃなかったっけ…。付喪神〈つくもがみ〉、不死鳥、猫…。
いや、それを言い出したら何も15年前だけに焦点を絞ることはないのだ。
そういう話なのであれば、15年前から今の今まで瞬間ではなくスパンで考えていい。11年前から道に迷った蝸牛、7年前に願いを叶えた猿、
3年前に重さを奪った蟹、わずか二か月前の蛇のことすら範疇。)
まさか、この街で語られていた数々の怪異譚が全て、
その灰とやらが風に乗って流れてきたせいだと言うんですか。

臥煙:そんな訳ないじゃん。余弦たちが余接を作ったのは、この町でのことじゃないしね。遠因ってだけさ。思わせぶりな符号とでも言おうかな。
基本的に君たちが遭遇した怪異は君たちのせいだ、責任逃れは許さない。
ただし、春休み…
キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが、
この町を訪れたのは……間違いなく、その灰ありきの事だっただろうがね。

忍:バカなことを言う…それでもあのアロハ小僧の妹か。
わしがあの時、この国を訪問したのは富士山が見たかったからじゃぞ。

臥煙:ははっ。だけど、この山は富士山じゃないよ?
ここは静岡県でも山梨県でもない。道に迷ったのかい?
3人の吸血鬼ハンターに追われて?…違うね。
君は道に迷ったのではなく、導かれたんだよ、この町に。

暦:導かれ…。
(なんというか、僕がこれまで振り回されてきた全ての出来事が、
そのたった1人の男に収斂〈しゅうれん〉していく様な、臥煙さんの語りが気持ち悪い。否、単に不快なのか…なんだよ、この気持ちは…
まるで、これじゃあ嫉妬してるみたいじゃないか…。)

忍:有り得ん、そんなことは有り得んのじゃ。
あやつは死んだ、死んだのじゃ。わしの説得にも耳を貸さず、自ら命を投げ売った大間抜けじゃ。うぬの言っておることは、ただのこじつけに過ぎぬ。
わしの方向音痴を馬鹿にするな。

臥煙:うっふ。随分と主張が強いじゃないか、忍ちゃん。
それじゃあまるで、初代の彼に生きてられたら困るみたいだよ?
君の愛しい奴隷が生きていたとするなら、今まさに復活を遂げようとしているなら、むしろ大いに祝ぐ〈ことほぐ〉べきだろうに。
なんなら私がパーティーの手配をしてあげてもいいんだよ?

忍:あまり踏み込むなよ、専門家。わしのデリケートな部分に踏み込むな。うぬが400年前の何を知っておるというというのじゃ。

臥煙:私は何でも知っているよ、私に知らないことはない。
待ち合わせ場所を公園から神社に移したことにも、ちゃんと理由がある。

駿河:一つ、質問してもいいかな?伊豆湖さん

臥煙:いいよ、神原駿河さん。

駿河:えっと、そいつは15年前この街に流れて来た時点でさえ、
ほぼ灰だった訳だろう?
だったら一体何をきっかけに、そのサイクルが終わり、
ああして鎧武者として阿良々木先輩の前に現れたのだ?

臥煙:どうしてだと思うかな、神原駿河さんは…。

駿河:見当はつかないが、その理由が待ち合わせ場所を変えたことと、
何か関係があるということだろうか。

臥煙:鋭いねー。ほんと屋にほっておくには惜しい才能だ。
私自身、先輩と呼ばれることの多い身分だからそう思うのかもしれないけれど。願わくば神原駿河さん…
君にはこちらの先輩を支えてあげてほしいものだよ。
15年前、初代の彼はこの町に帰ってきた。漂泊〈ひょうはく〉を終え、
故郷となる、この街に流れ着いた。
永劫とも思えた地獄巡りはゴールを迎えた。

暦:(故郷?)

臥煙:そして流れ着いた灰の一粒一粒が集まったのが街のエアスポットとなる地点…ここ、北白蛇神社なのだよ。
ご覧の通り、この神社は荒れ果てている。だが勿論ずっと昔からこうだった訳ではない。15年前の時点では、この神社はまだきちんと整備されていた。小さくまとまった、いい神社だったそうだよ。
この場合、小さくまとまったというのは悪口ではなく褒め言葉だ。
小さくまとめなければならないんだ。
なぜならここはエアスポットだからね。
怪異のエアスポット、出やすい場所、集まりやすい場所、怪異以前のよくないものが集結する場所、そして怪異が集結する場所。
そういうポイントポイント、要所要所を抑えればアクシデントを事前に防げる、回避できる。
メメお兄ちゃんの仕事は起こった怪異譚の収集だけれど、私なんかの仕事は本来こっちだね。つまりことが起こる前に片付けるという予防。
逆に各地に点在する、それらのスポット、要所要所を抑え込めなければ、アクシデントは防げない。ここはそういう場所だったからこそ。
かつては私なんかとは比べ物にならないほどに名のある陰陽師が
社を建てて神様を祀って押さえ込みにかかったという訳だ。
それは概ね、うまくいっていた。きちんと防犯機能は働いていた。
ここにより集められる怪異の材料となるような良くないものは、適度に散らされていた。いい神様が居たんだねぇ、だけど何事にも限度がある。
えーと、こよみん。君は今受験生だそうだけれど…じゃ、お守りとか持っているかな。お守り…あれって消費期限あるの知っているかな?
袋の中に入っている守り札が破れた時が期限切れ。
霊験〈れいげん〉あらたかのアイテムも無限の効能を持つ物ではないという話で…この神社も、祀られていたていた神様も15年前リミットを迎えた。
いやぁ、でもその件で神社の管理者や…
ましてや神様を責めるというのは酷というものだ。さすがに想定外だよ。
伝説の吸血鬼の第1眷属が、その灰が、四方八方から集まって来るだなんて…ものの限度を超えている。限界だ。
結果15年前、1度この北白蛇神社は崩壊した…オカルト的にも物理的にもね。
灰の状態で神社を1つ潰すとは…忍ちゃん、君の眷属はほんと大したものだ。
元が専門家というのもあるんだろうけどね。
あ、どうしたかな?こよみん。何か納得したような顔をして。
ああ…つい先日タイムスリップした過去の世界で11年前の北白蛇神社が
今以上に荒れ果てていたことに、うっかり説明がついてしまったという感じかな?そうだよ、それは…初代の彼の仕業だ。
要所を抑えたはずの神社は、吸血鬼の眷属を抑え込めなかった。
参考までに言っておくと、その後一度ならず二度三度に渡り、
この神社はリニューアルされようとしたそうなんだけれどね。
神様がいない、からっぽの神社なんて補習したところで建設的な意味がない。リニューアルしようとする度に崩れて、壊れて荒れ果てた。
厄介なのは忍ちゃん…
というかキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードや、
その眷属となる初代の彼には存在するだけで怪異を呼び込んでしまう優雅的な強力さがあるという事だ。
それこそ11年前、君たちがこの神社を訪れた際には、
荒れ果てたこの境内には良くないものが満ち満ちていたのだろう?
どうしてそこまでの濃度で集まっていたのか不思議だったと思うけれど…
何のことはない。
それは初代の彼が…彼の灰が寄せ集めた怪異の材料だったんだよ。
材料であり、食材。
ここまで説明すれば専門知識を持たない、こよみんにもだいぶ予想はついてきたんじゃないのかな?
どうしてここに集まった初代の彼の灰が、輪廻のサイクルから脱したのか。そうだよ、この神社が集まりやすい場所で、
初代の彼が集めやすい怪異だったとするなら…
すなわち、アクシデントが起こる条件が揃ってしまったということだ。
アクシデントが重なった。
初代の彼はこの神社の境内で、神様のいない神社の境内で、
ずっとずっと体力を回復させるための食事を続けていた。
灰と無を繰り返す生活がこれで終わった。
始まったのは、そこから15年に渡る悲劇的な復活劇だった。
復活劇…ひょっとするとそれは、復讐劇かもしれないけれど。
ふーむ、いい頃合いだなぁ。概ね説明は終えたつもりだけれど、こよみん、忍ちゃん、神原駿河さん、他にわからないことはあるかい?

暦:い、いや…まだまだ全然わからないことだらけですけど。
そもそも僕達はこの後どうすればいいんですか?
何をさせたくて、あなたは僕達に仕事を手伝わそうと

臥煙:責任を取ってもらうのさ、だから。取らせてあげるのさ。
責任を、引き取らせてあげるのさ。こよみんと、それに忍ちゃんには。

暦:最初は斧乃木ちゃん1人で片付ける仕事の予定だったって言ってましたよね。今は計算外の状況だって…
じゃあ最初はどういう計画だったのか教えてもらってもいいですか?

臥煙:いいけど…でももうどう考えても実行不可能な計画だから言っても仕方ないよ?メメお兄ちゃんがどうしてこの町に来たか…覚えてる?

暦:忍が来たから…ですよね。貝木も確か同じ理由でした。
そして影縫さんは、貝木から話を聞いて…だったような…。

臥煙:そう。一癖も二癖もある専門家たちが、
それぞれ似たり寄ったりの理由でこの街を訪れた訳だが、
その調査結果の報告が私の元に届いた。
その結果…それぞれから上がってきた情報を精査した結果、
この街で15年前から起こっている奇妙な連鎖を…
風向きを私は知ることとなった。
というわけで、私は余接を再度この街に送り込んだ。
仕事内容は灰掃除…簡単に言えば神社の清掃かな。

暦:(夏休みの最終日、街中で僕と遭遇した時の彼女はまだ自分の任務を知らなかったみたいだが。
あの後そんなシンデレラみたいな任務を与えられていたのか。
が、しかし結局それは失敗したということだよな。
あの斧乃木ちゃんが任務に失敗するか?
たった一晩のうちに僕と忍、その両方の命を救ってくれた働き者の彼女が…だぞ。)
まあでも斧乃木ちゃん、あれでド天然みたいなとこもあるからなぁ。
失敗することもあるのか。

臥煙:他人事みたいに言ってやるなよ、こよみん。
余接の失敗は君たちのせいなんだから。

暦:ぼ、僕達のせい?ひょっとしてですけど、
このエアスポットに溜まっていた…忍野の御札で封じていて、
後は散るのを待つだけだった良くないものを
エネルギーとして僕と忍が使ってしまったことと何か関わりがありますか?

臥煙:忍ちゃんは何もしていないよ。
何もしていない、何をするまでもなかったんだ。
この神社に来たというそれだけで十分だった。
正直メメお兄ちゃんがどこまで事情を察していたのかは不明だ。
あいつは多くを語らない男で報告も最小限しか上げてこないしね。
確かなことは、あいつが手持ちの札でこの神社に応急処置をしたというくらいだ。その応急処置のおかげで、言うなら初代の彼に兵糧攻めを仕掛けた結果になったわけだが。
そんな飢えた状態で彼は、再び極限に追い込まれた状態で、そんな精神状態で彼は…知った。
キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードを、見た…
400年ぶりに目撃した。
一方的な目撃だがね。忍ちゃんがここ、
北白蛇神社にやってきたのはその時が初めてだったんだろう?

駿河:つまり、忍ちゃんを400年ぶりに目視したことで力付けられ、
鼓舞された初代が、灰の身でありながらも奮起して、
飢餓状態にあったにも関わらず蘇った…ということなのか。

臥煙:ふん、そんなロマンチックなこと誰が言った?
単に存在の近しい存在が、物理的に近い距離に現れたから、
その影響を受けて初代の彼の怪異性が急速に励起〈れいき〉したというだけだよ。
だから余接が任務を帯びてここに来た時には、この北白蛇神社はもぬけの殻だった。
ここまで言えば、今度こそ私がこよみんに頼みたい仕事っていうのが、なんだかわかったよね?
初代の彼の捜索だよ。1人目と2人目で奴隷同士、惹かれ合うはずだから。

暦:誰を置いても呼ぶべきは…
どちらかと言えば影縫さんじゃなかったんですか?
斧乃木ちゃんの主人の…不死身の怪異を専門とする、あの暴力陰陽師。

臥煙:あいつは制御できない。
一生、髀肉の嘆〈ひにくのたん〉を囲っていてもらいたい。

暦:(この臥煙さんにそこまで言わせるってすごいな。)
まあでも、戦闘要員は斧乃木ちゃんだけで十分なのか。

臥煙:否。昨日その余接から経過報告を受けた時点で…
つまりこよみんが初代の彼と接触したという報告を聞いた時点で、
私はもう1人助っ人呼んでおいたよ。
そろそろ迎えに行かなきゃいけないのさ。

暦:で、でも助っ人って…斧乃木ちゃんだけじゃ駄目なんですか?

臥煙:駄目だ。お姉さんは今日中に決着をつけるつもりだから。
意志を持ち意識を持ち、もはやエナジードレインを恣意的〈しいてき〉に使える彼は、放置すればするほどに強化されていく。倍倍倍倍倍倍ゲームだ。呑気に構えていると完全復活されてしまう。
そうなったら手に負えない、その時こそ余弦を呼ぶしかなくなる。

暦:…。(影縫さんを非人道兵器みたいに言ってるな。)

臥煙:なんとしても…彼が人を食う前に、殺してあげたい…。
では、お姉さんは出かけてくるから。
お腹が空いたら、これで朝食でも買ってきなさいな。こよみーん。