見出し画像

暦物語 第12話こよみデッド

暦:(影縫余弦が北白蛇神社から姿を消して、まもなく一ヶ月が過ぎようとしていた。僕は当然のことながら、影縫さんを心配できるほど偉くはない。それでもついつい、いさぎ悪く日々神社に参るのだった。)
いさぎ悪く…なんて言葉はないんだっけ、そういえば。
(まずいなぁ、今日は受験だというのに自信をなくしてしまう。
まあ、なんにしても戦場ヶ原が大学までの道程をエスコートしてくれることになっているので、その待ち合わせ時間までには山を下りないと…。)

ひたぎ:ほら、犬も歩けば棒に当たるよう…阿良々木くんて道を歩けば怪異に会うから。
阿良々木くんはもう、成績的には合格ラインに乗ってるんだから。
試験自体を受けられない、というトラブルさえ回避すればキャンパスライフはもう見えているのよ。

暦:(あれから1ヶ月。何もなく、何事も無く、過ぎようとしていた。怪異もなく、都市伝説も、道聴塗説〈どうちょうとせつ〉も、
街談巷説〈がいだんこうせつ〉も、当然ながら学校の階段も…なかった。
まるで、全てが終わったように。)
臥煙さん…

臥煙:やあ、こよみん。おはよう。

暦:おはようございます

臥煙:大変なことになったようだね、君の身体は。こよみん。

暦:いえ、大変てことには…そんなには、

臥煙:えっへ、そうだね…。大変なのはどちらかというと、余弦の方か。
まさか彼女が狙われるとはねー。いや、これは予想だよ、私としても。

暦:予想外ってことはないんじゃないですか?
何でも知っているでしょう、あなたは。

臥煙:おいおい、久しぶりに会った友達に対して皮肉かい?こよみん。
影縫が排除されたのは単純に邪魔だったからだ。
影縫余弦本人じゃなく、式神である、斧乃木余接が。
だから彼女を無力化・無効化するために主の方を始末したってことさ。
指揮系統のトップである、ご主人様がいなくなれば…
あの、キメ顔童女なんて恐るるに足りないからねぇ。
余接をこよみん、君の家に送り込んだのは純正の人造怪異である彼女ならば君を守りうるからなんだけれど、どうもそれを嫌った奴がいるみたいだ。
そいつは余接自身には手を出せなかったのだろう。
彼女は純正の怪異だから。だからご主人様の方に手を出したってこと。
ここから分岐するであろうストーリーはざっと分離させて二通り。
余接が狙い通りに無力化し、君の側にいるだけの無意味なボディーガードになるか、それとも案外、余接が人間性に目覚め、こよみんの無茶無体を自らの意思で守ろうとし、怪異の本分を見失うか…。
怪異の本分を見失ったらどうなるかっていうのは、こよみんにはもう説明しなくていいよね。その実害を自分の目で見ているはずだから。
その場合、純正の怪異でなくなった斧乃木余接は、手を出せる存在となり、恐れるに足りなくなるのさ…。

暦:(一体、そうまでする意味は何なのだ。まるで僕に、何かをさせまいとしているようだが。それとも、僕に何かをさせようとしているのか…。)

臥煙:忍ちゃんは…今ぐっすりおやすみ中かい?こよみん。

暦:ええ、最近はすっかり夜行性でして…この時間は大抵寝ていますね。

臥煙:ふっ、まあそれは彼女なりに思うところがあるってやつなんだろうね。
有事の際の為に生活を敢えて怪異としての本質に近づけているというか…
尤も〈もっとも〉既に怪異でなくなりかけている彼女がそうしたところで、あまり意味がない。
ま、完全な不死身でもなければ、完全な吸血鬼でもない今のキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードには、どのみち24時間体制で
君を警護することなんて出来ないんだけれどね。
暗殺を防ぐってのは難しい。
それは例えるなら、将棋で駒を一つも取られることのないまま勝利を収めようってくらいな無茶かな。
誇り高い情の深い指揮官だろうと、どうしたって捨て駒は生まれる。

暦:負の一枚…。負の一枚を守ろうとしていたら王を失うって話ですか…?

臥煙:飛車だって角だって金将だって銀将だって時には捨て駒になり得る。捨て駒になり得ないのは、王だけだ。
思えば不思議な遊びだよね、将棋っていうのは。
例え、王将以外の全ての駒を取られたところで王さえ生き残っていれば、
それで勝つことだって出来るんだから。
さて、こよみん…君は自分が王将だって思うかい?

暦:あっ、いえ…まさか

臥煙:だろうねぇ…君はそういう謙虚なやつだよ。
そして今、この街に王は・・・いない。今、王位が空席なんだ、この街は。だから色々と不具合が起きる。
つまりは王だけ抜いて将棋をやっているようなものだね。
っは、飛車角落としで将棋っていうのは聞いたことあるけど、
王を落としての将棋ってのは珍しいな。
その場合の勝ち負けは、どう決めたものなんだろうねぇ。

暦:その場合は…勝ちも負けもないでしょう。
勝利条件も敗北条件もないってことになるんですから。

臥煙:そう!勝ちも負けもない状態…それを人は無法地帯と呼ぶ。

暦:(空位。カオス状態の前には空白があると言っていたのは確か…貝木だったか。)

臥煙:忍野は空位のままにこの街を霊的に安定させようとしたけれど、
私は形だけでも王位を埋めようとした。
そのことをこよみんに託して、こよみんはそれに失敗した。
それが、ここまでの流れだったね?余接を君の側に置くことが上手く牽制になればいいと思ってはいたんだけど、そう上手くはいかなかったみたいだ。影縫が行方不明になり、貝木が姿をくらまし、忍野の所在も知らないとなれば…いよいよ状況は切羽詰まっている。私が自ら動くしかなくなった。

暦:動くって…どういう…?

臥煙:被害がどんどん増えていくこの状況に、
私は蓋をしたいということだよ、こよみん。
だから動くというよりは動きを止めると言った方がいいのかもしれないな。特に、こよみん…君の動きを。

暦:僕の?いや、別に僕は動くつもりとか、そういうのはないですよ。
そのために影縫さんは僕のところに斧乃木ちゃんを派遣したっていうのもあるんでしょう?

臥煙:だけれど、その仕事ももう余接には果たせなくなった。
君を守ることもできなければ、君を止めることもできない…文字通りの傀儡〈かいらい〉だ。
だから君は動ける。もう動ける…それを止める者はいない。
そして厄介なことに君が動くと…あちらも動く…。

暦:あちら?

臥煙:あちらというのがどちらなのかは考えなくていい。
要するには…奴だ。問題なのは君が動くことは危険だということだ。
というより、あちらとしては君が動くのを待っている。
さながら先に動いたほうが負ける決闘みたいなシチュエーション…ジレンマって感じだ。

暦:ジレンマって…何となにのですか?

臥煙:事の解決策っていうのは見えているけれど、
しかしそれをするのが少しばかり心が痛むということだよ。

暦:(解決策…。解決策って、なにのだ?)

臥煙:この街から長らくまとわり付いている暗闇を晴らすための解決策で、そしてその解決策とは…君が死ぬことだ。大丈夫、痛いのは一瞬だよ。
・・・こんなことになって残念だよ。

暦:(戦場ヶ原の言う通りだった。僕のような男にとっては、試験そのものよりも試験会場にまで辿り着く方が何よりも難関のようで、そしてそれには落第したようだった。)

>>

暦:(後日談というか、今回のオチ…。あれ?何だこれ、どういうことだ。
僕は臥煙さんの振るう怪異殺しによって切り刻まれたんじゃなかったのか。一体、何が起こっている…。いや、臥煙さんはなにを起こした…。)

真宵:あ、お目覚めですか?
それとも、これはこれは寝た子を起こしちゃいましたかね、ララバイさん

暦:僕の名前を子守唄みたいに言ってんじゃねぇ、僕の名前は阿良々木…っ

真宵:でしたね!失礼、噛みました!
で、これは阿良々木さんは試験会場に辿り着けず、試験に落ちたねっていうオチってことですか?

暦:いや、そんなオチじゃ落ちれねぇよ。