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#1_伝統ある古典部の再生

える:こんにちは。あなたって古典部だったんですか?折木さん

奉太郎:ん、…誰だ?

える:わかりませんか?千反田です、千反田えるです。

奉太郎:すまん、全然わからないんだが

える:折木奉太郎さんですよね、1年B組の。

奉太郎:ああ。

える:わたし、1年A組なんです

奉太郎:あのなぁ、それじゃあ説明になってな(A組…選択科目か。)
もしかして音楽の授業でいっしょだったか?

える:はい!

奉太郎:(まだ一回しかやってない授業だぞ、どんな記憶力だ。)
ああ、それで千反田さん、なぜこの部屋に?

える:はい。わたし、古典部に入ったのでご挨拶に伺ったんです。

奉太郎:古典部に?なんでまた

える:…一身上の都合がありまして。折木さんは?

奉太郎:いや、部員がいるなら大いに結構。
(姉貴、喜べ。古典部はめでたく存続したぞ。)じゃ、俺はこれで。

える:もうお帰りですか?

奉太郎:ああ、頑張れよ。あと戸締まりも頼む。

える:え?わたし戸締まりできません。

奉太郎:なんで

える:鍵を持っていませんから。

奉太郎:ああ、はい。

える:どうして折木さんがそれを持ってるんですか?

奉太郎:どうしてって鍵がなければロックされた教室には入れないだろ。
そういえば、お前、いや千反田さんはどうしてこの教室に入れたんだ?

える:鍵がかかってなかったからです。

奉太郎:俺が来たときは閉まってたけど、っ!?

える:閉まってたって、そのドアがですか!?

奉太郎:そうだが

える:ということは、わたしは閉じ込められていたってことですね!

奉太郎:お前が鍵をかけたんだろう?内側から。

える:そんなことはしていません!

奉太郎:だが鍵は俺が持ってる。お前以外に誰がロックできるんだ

える:ところでそちらはお友達ですか?

奉太郎:へ?…里志。

里志:いやぁごめんごめん。盗み聞きのつもりはなかったんだけど

奉太郎:つもりじゃないだろ

里志:そうは言ってもさ、木石のごとき奉太郎が夕暮れ迫る教室の窓際で女の子と二人ってのが下から見えちゃったら気になるのが当然ってもんだよ。
放課後の逢瀬を邪魔する気はなかったし、出刃が目なんて未経験で

える:あ、あの!あの、わたしっ!

奉太郎:本気で言ってるのか?

里志:まさか、ジョークだよ。

える:っほ、そうですか…。

奉太郎:すまんな、コイツはこういう奴なんだ。

里志:ジョークは即興に限る!禍根を残せば嘘になるってね、コレ僕のモットー。

える:はあ、折木さんこちらは?

奉太郎:コイツは福部里志。エセ酔人だ。

える:エセ?

里志:うまい!ナイスな紹介だよ、奉太郎。初めまして、えっとー

える:千反田えるです。

ち、千反田さん!?千反田さんて、あの千反田さんですか?

奉太郎:どうかしたのか?

里志:奉太郎!千反田家の名前を聞いたことがないのかい?
神山市に旧家・名家は少なくないけど、桁上りの四名家といえば、その筋じゃ有名だよ。
アレクス神社の十文字家、書士・百日紅家、豪農・千反田家、山持ちの万人橋家さ。数字が一桁ずつ上がっていくから、ひとよんで桁上がりの四名家。

奉太郎:本当か。

える:名家かどうか知りませんが、そういう言い方は初めて聞きました。

奉太郎:作ったな?

里志:たまには提唱者になりたいときもあるさ。

える:でも、ほんとに桁上りですね!

奉太郎:感心するなよ、つけあがるから。

里志:しかも、その千反田家の長女は成績優秀・眉目秀麗・深窓の佳人として知られているんだ。
中学時代、県内模試の成績優秀者でよく名前を見かけたよ。

奉太郎:ほほう、そんなに。

える:たまたまです、試験なんてただの要領ですし…

里志:これは失礼。ところで話は聞かせてもらったよ、実に興味深いね

奉太郎:なにがだ?

里志:千反田さんがこの部屋に閉じ込められていたことさ。

える:っは!そうでした!わたしが来たとき、この部屋の鍵は開いていました。
でも、後から来た折木さんは鍵は閉まってたと言ってます。不思議です!

奉太郎:どこがだ、自分で閉めたことを忘れたんだろう。

里志:いや、神高のドアは中も外も鍵でしかロックできないようになっているんだ。千反田さんが中から鍵をかけることは不可能ってことだよ

える:これは…

奉太郎:相変わらず無駄に博識だな

里志:データベースと言ってほしいね

奉太郎:まあ、鍵のことは何かの間違いだろう。俺は帰るぞ。

える:待ってください、折木さん!

奉太郎:なんだ?

える:気になります!わたし、なぜ閉じ込められたんでしょう。
もし閉じ込められたのでなければ、どうしてこの教室に入ることができたんでしょう。
仮に何かの間違いだというなら、誰のどういう間違いなのでしょうか。
ぜひ、折木さんも考えてください。折木さん…わたし、気になります!

奉太郎:っ!…ああ、そうだな。面白い、少し考えてみるかー。

える:ありがとうございます!折木さん、心当たりがあるんですか?

里志:千反田さん、ちょっと待ってあげて。
僕は単なるデータベースだから結論は出せないけど、奉太郎は違う。
一旦考え出せば、それなりに当てにはなるよ。

奉太郎:やかましい。さて、この部屋に入ったのはいつだ?

える:折木さんが来る3分前だったと思います。

奉太郎:ふむ。他になにか気付いたことは?

える:そう言えば、さっきから足元でガタゴト音がしてます。

里志:え?僕には聞こえないけど

える:聞こえますよ?ほら

里志:千反田さん耳いいねー。

奉太郎:…ふむ。

里志:なんかわかったの?奉太郎

奉太郎:まあな、ちょうど下の階で再現されてるだろう。

>> 

里志:ははーん、あの作業の間に千反田さんは地学準備室に入って、運悪く鍵を閉められたってことだね。

奉太郎:貸し出し用の鍵は俺が持ってる。あとはマスターキーだけだが、これは生徒は使えない。

える:だから公務員さんだと…。でも、よく気付きましたね!

奉太郎:ん、別に。
まあ、室内にいながらどうして千反田さんがロックの音に気付かなかったのかってのだけは、俺にもわからんがね。

える:ああ、それでしたら。あの建物を見ていたんです。

里志:古いねー

える:ええ。

奉太郎:そうなのか?

里志:ああ、ずば抜けて。

奉太郎:ふーん。

>>

える:ところで、挨拶がまだでしたね。

奉太郎:挨拶?

える:ええ。これから古典部でいっしょに活動していくんですから。

奉太郎:いっしょに?

える:福部さんもどうですか?古典部

里志:いいね!今日は面白かったし。総務員と手芸部の掛け持ちになっちゃうけど…うん。入るよ、奉太郎もね。入部届ももう書いてるんだし。

える:そうなんですか?

奉太郎:あ、いや、それはだな

える:はい。

奉太郎:…あ。

える:はい、たしかに。これからよろしくおねがいしますね。

里志:こちらこそ。奉太郎もよろしく。

奉太郎:ふん。

える:そうだ、部長を決めないといけませんね。どうしましょう。

里志:そうだねー、奉太郎はその手のは全然向いてないんだよ

奉太郎:(姉貴よ、満足か?伝統ある古典部の復活。そしてさようなら、俺の安寧と省エネの日々。いや!まだ別れは言わない。俺は安寧を諦めない、省エネのために全力を尽くそう。問題は…このお嬢様だ。)

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える:お二人共ここにいたんですか。書けました、福部さん

里志:ああ、お疲れ様。
ごめんねー、総務委員会としてはこういう面倒な手続きもお願いしないといけなくて

える:いいえ、わたしも部長を引き受けていますから。…折木さん!

奉太郎:いいところに来た。いま里志から妙な噂を聞いたんだ。

える:ああ、そのことなんです!昼間に

奉太郎:秘密クラブの勧誘メモの話なんだが、知ってたのか

える:秘密クラブ?

奉太郎:里志、話してやってくれよ。

里志:あ、うん。じゃあ、お聞き願おうかな。秘密クラブの一隻を。

える:はい

里志:総務委員会で聞いた話なんだ。なにせ神山高校には部活が多い。
だから勧誘ポスターの数も当然多くなって、学校中の掲示板がポスターで埋め尽くされる。
総務委員会は無許可なポスターやメモを見つけ次第、剥がしているんだ。
ところが!毎年たった一枚、どこの部活のものかもわからない勧誘メモが出るらしい。
去年はノートの切れ端みたいな紙に、集合場所と日時が書いてあったそうだよ。
どうやら総務委員会も把握してない秘密クラブがあって、ひっそりと募集をかけているらしいんだ。
活動目的も部員も不明だけど、やつらは実在する。その名前とは

える:その名前とは?

里志:女郎蜘蛛の会。

える:女郎蜘蛛…

里志:総務委員長の田辺先輩は去年、回収したメモを頼りに女郎蜘蛛の会に接触しようとしたらしい。
でも上手くいかなかった。結局、名前だけのいたずらメモだと結論したそうだよ。ところが

える:ところが?

里志:卒業式の日、ある卒業生が田辺先輩に言ったんだ。
“僕が女郎蜘蛛の会の会長だった、次期会長にもよろしくしてやってくれ。もし君が、そいつを見つけ出せたらの話だが…。”
今年もきっとどこかに募集が出ているだろうね、今のところ発見には至ってないけど。

える:一枚だけのメモ…女郎蜘蛛の会…。わたし、気になります!

奉太郎:(よし。)そう言うと思ってた。だからいいところに来たと言ったんだ。

える:と言いますと?

奉太郎:もちろん探すんだよ、そのメモを

える:はい!

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里志:掲示板は全部で30ヶ所だね。

える:そんなに…全部探しますか?

奉太郎:まさか。一番ありそうなのは何処か考えたほうが早い。

える:なるほど

奉太郎:どういう条件の場所だと思う?

える:もし、わたしだったら出来るだけ目立たない、校舎の隅の掲示板に貼ると思います。

奉太郎:それは違うな。

える:違いますか?

奉太郎:もし勧誘メモが貼られているとするならそれは、一階昇降口の掲示板だ。

える:え?一番目立つところじゃないですか

里志:まあまあ千反田さん、奉太郎には何か考えがあるらしいよ?

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里志:いやー、改めて見るとやっぱすごいね神山高校。

える:本当ですね、水墨画部に漫画研究会、囲碁部にバスケ部に陸上部…掲示板の本体が見えません。折木さん?どうしたんですか?

奉太郎:いや、溢れ出る活力にあてられて…

里志:はははは、省エネの奉太郎には理解不能な世界だろうね。
それにここは新入生がまず見る掲示板だ。つまり激戦区だよ

える:激戦区…ああ、なるほど。
これだけたくさん貼ってあれば無許可の掲示物も見つかりませんね。

奉太郎:それもある。

える:それも?別の理由があるんですか?

奉太郎:まあな、とにかく探してみよう

える:はい!グローバルアクト部、ディベート部、百人一首部なんてのもあるんですね。あ、占い研究会。わたしの友達がここに入ったんです。

里志:へえ~

える:奉太郎:筝曲部、卓球部、美術部…うーん、女郎蜘蛛の会のメモはないようですね

里志:どうかな~、
見ただけでわかるようになってるかどうかは、ちょっとわからないね

える:どういうことですか!?

里志:総務員の目を盗むには何か工夫があるかもしれないなと思ってね

える:工夫、ですか…

里志:ま、あるならいずれ見つかるよ

奉太郎:あったぞ

える:え!?ああ、…ありましたね。もっと人気のない場所に隠すかと思ったのに

奉太郎:それは一年生の発想だ。
“不慣れなやつほど奇をてらう”気の利いた秘密クラブなら堂々と裏をかいてくると睨んだんだ。

える:確かに。…でも不思議です。
そう言われるとあるのが当然というような気がして、なぜか驚きがありません。

里志:総務委員会・許可印なし。仕事するね。

奉太郎:はぁ…さて、俺は作文を職員室に出してそのまま帰るよ。

里志:そうだね、僕も帰ろうかな

える:わかりました。では、ここでさようならですね。
“不慣れな人ほど奇をてらう”覚えておきますね