『女の子』になりたい。

『女の子』になりたい。

Ma。

そういえば、毎日更新しようと思っていたこと、すらを忘れていた。

このコロナ自粛が始まってから、怖いほどに1日が経つのが早い。なにもせずに老いてる、そう考えると少し怖いが、本当に、なにをしているわけでもないのにあっという間に時間が過ぎ、食べ物を食べて、運動して、ごろごろして、考え事をして、何かをしなきゃと思って、でもやりたくなくて、焦って、気持ち悪くなって、ネガティブになって、でも運動すると吹っ切れて、やる気になって、そんな頃にはもう夕飯の時間で、毎回太らないかどうかに気を尖らせて、神経を無駄に使って、ストレッチとマッサージをして、わざわざコロナの情報をしいれ、1日がすぎてゆく。

まぁ、ネガティブに書くと、こういったところであろう。

もちろんのことだが、このコロナのうちに自分磨き!という人が目立つ。かく言う私も、自粛初日からその心構えであった。

しかし私は残念なことに、現実を受け入れられず無駄にプレッシャーだけを感じ自責をし、相反する行動を行い、ますますネガティブになるという行動をとり、目標のスタイル維持はおろか、『食事を減らし運動しなければ!』という不安と恐怖の混じった気の焦りから、1ヶ月をすぎた頃にはブクブクと太っていた。

いつかはファスティングをして胃を休めないと、そう思うほどに食べていた。

そうしてネガティブ思考を肥やしにこやしていたのだがーーーー

私は17歳頃から自己啓発本にハマり、長らく読んできたが、このコロナ期間で、幸いにして、
根本的な私の間違いに対面することができた。

私は根っこからの負けず嫌いである。

いつもいつも、負けないために努力していた。

ただ、それが示していたのは、
私は劣等者である。という根本的思い込みの存在だった。

この思い込みがそもそも間違っていたということに、私はコロナ期間の片付けで知ることになる。

とはいえ、思考というのは曲者で、気をつけてないと元どおりになってしまうから怖いものだ。

私は自分が女である、ということをなかなか受け入れられなかった。
言葉にするとなんだか複雑に見えてしまうが、自分を女だと思えなかったのだ。
どう見ても周りの女の子のような女の子らしさがない。別に身長が高いわけでもなく、特別太っていたわけではないが、がたいが良く、筋肉質な私は、なんだか自分が男のような気がしていた。友達が男の子が多かったのもあるが、小学校5.6年生の間は、髪の毛を短くし、男物の服を着て、名前すら違う読み方をして、本当に男の子になりたかった。

女の子に馴染めず、女の子らしい服装も女の子らしい趣味も、持てなかった。別に男っぽい趣味をしてたわけじゃない。

なんなら新体操をやっていたし、ピアノ、合唱だって習ってた。

ただ、ただ、人より運動神経が良く、すぐにものをやりたくなってしまうので人よりものの扱いが雑で、筋肉質で、骨格が良かった。
それだけ、なのだ、多分。

このことに関しては私は長い間考えた。
メイクをしたり、可愛いものが好きだ。可愛い服が好きだ。

でも、どーやったってに合わない。

15キロ、痩せてみた。
可愛い、はかない、清楚な女の子になりたかった。

でも、痩せても、骨が出てても、私は華奢にはなれなかった。

女の子らしい、大人しく、上品で、落ち着いて、はかなくて、華奢で、透明感のあるーーー

そんな女の子には、どう頑張っても、なれなかった。

世の中にはそんな見た目で激しいものが好きなこがいて、“ギャップ萌え”をされているのに、いわゆる“そういうこ” が好きそうなものを、私のような人が好きなのは、なんだか気持ち悪い気がして、自分の好きを、押し込めてた。

そういう儚い子になれば、そういうことをしても、そういう物が好きでも、いいのかな。

そう思って、何回も“努力”を試みた。

でも、なにをしても、何かが違う。

もちろん分かってはいたのだが、昨日改めて、骨格診断とパーソナルカラー診断をしてみた。

イエローベースの私。
骨格のしっかりしている私。

私の可愛いと思う理想の女の子は、違う骨格で違うパーソナルカラー。
私の周りの子が可愛いという女の子も、その骨格と、そのパーソナルカラー。

留学から帰ってきて思うのは、日本人だからこそ、『日本人は同じ』という謎な感覚に苦しめられてしまうのではないかということ

自分の中に、“違う”という要素がないはずなのに、私は違う。何かが違う。どう頑張っても、それになれない。

でも、日本人だから、日本人は一見似ているから、理想が偏りがちで、それ以外でいる自分がなんだか気持ち悪く感じていた。

高校生の時の私はその劣等感からそのいわゆる日本の女性の理想像に対して過剰な反応をしていたが、素直になってみればわかる。

私は、ほんとに、ほんとに、そういう女の子になりたかったのだ。でも、なれない。それはしかない…。

そんな自分が、嫌いで、きらいで、大嫌いだった。

小3の時、何で私の足はこんなに盛り上がってるのか、それが嫌で、痩せたくて、内腿を引き締めるマシーンをなんとか自作できないか、考えたこともあった。

何度もダイエットをした。
いつも太ももが太いのが嫌だった。

だんだん、だんだん、好きなものはなくなっていた。

好きなことを極めることさえも困難な気がしていた。私は無力でなにもできなくて、なにもしてはいけなくて、喜んですら、感情をさらけ出して自分として生きていくことすら許されていないような気がしていた。

女の子らしい可愛さのないわたしには、なにをする権利もないーーーーー

勝手にそう思い込んでいた。

めんどくさいと全てを諦めて仕舞えば、もうそれ以上に傷つくことはない。何でお前がそんなことをするんだと、誰かに言われることはない。そんなことを言われて傷つくくらいなら、そんな自分を見せない方がマシだーーーー…

そう思ってた。

何なら今、、そう思ってたことに気がついた。


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Ma。
20歳。女の子。高校卒業→駿台浪人→デンマークへ留学→フリーター→フリーター一人暮らし→受験生→大学1年生。