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まるで雛のよう、だけどきれいに羽を伸ばして。話しやすいってなんだろう?を考える。

(※本エントリから文体を変える試みをしています)

入社して3週間が経った。
親しき仲にも礼儀あり、という言葉を考える。

わたしは誰かとケンカするようなことが過去に一度もなかった。果たしてそれがいいことなのか、なんとも言えないなと思っている。
言い換えれば、人と本気でぶつかることがなかった。
あなたは人に興味がないでしょうとたまに言われる。そんなことはない、はずだけれど。でも実際、いわゆるインタビュー的な会話が身についていない。これ聞いていいのかな?と躊躇ったり、そもそも聞くという発想が出てこなかったり。
そしてなんというか人との関係をうまく構築することがあまり得意ではない。何だかよく分からないけれど、何か間違えているのかなということがよくある。上手に距離をつくれないのだ。
けして悪くはない。ただ、どこか物足りない。
その反面、話しやすいと言われることはある。話しやすいってなんだろう?ここを読み解くことができれば、人としてもっと成長できる気がする。せっかくだ、自分のいいところはだいじに磨こう。

新しい会社に入って3週間、驚くのは誰といても話しやすいということだ。
100人近くもいる会社なのに!
疎外感みたいなものをまったく感じない。これってすごいことだと思う。
子供の頃から、コミュニティの中でどうにも隅っこにいるしかなかった。どうしてか壁を作りがち、作られがち。
そんなわたしが社内の誰と話しても居心地がいいし輪の中で笑っていられる。
採用選考の中でもずっと感じていた。話をした全員がとにかく話しやすかった。つい「皆さんほんとうに話しやすいんですが、どうしてですか?」と聞いてしまうくらい。だって100%ってすごすぎる。
3週間過ごして思うのは、この良い雰囲気は個々が相手・周りへの気配りをしていてお互いを尊重しているから成り立っているということ。
もしかしたら、みんなは意識していないと言うかもしれない。でもわたしの目にはそう映っている。
会社の社風として言語化されている部分に通ずると思う。個性を大切にすると言うのは簡単だ。だけどそれを組織・コミュニティとして実行するのはきっと簡単ではない。
どうして話しやすいんですか?という疑問に、今分かることが一つある。
”相手を尊重する”ということがアイデンティティレベルだけではなくて、ちょっとした考え方や発言も大切に扱われているなあと感じるのだ。だから話しやすい。真っ向から否定されないということがわたしにとってはものすごく大切なことだった。
でもそんな環境に甘えすぎないようにしたいと思っている。なんでも話しやすいからといってなんでも話していいわけではない。ちゃんと考える。あっさりまとめると「親しき仲にも礼儀あり」になるのだと思う。
それが今のわたしに必要なことだ。(うまく言えないけれど、そうしているうちにわたしの苦手な”インタビュー的な会話”も身につきそう。)
ずっと物足りないと思っていた何かが、埋まる気がしている。

今、人としてもたくさん学ばせてもらっている。あまりに素敵な環境にいて未だなぜ入社できたのか不思議で仕方がないのだけれど、話しやすいと思うのはお互い様だと言われたことがある。自分のことはまだまだよく分からなくて、そっかぁ、と思った。なんというかものすごく、じっくり、考えてしまう。
無理はしない。ゆっくり進んでいく。自然体でいることを忘れない。
この業界に入ってから人とのつながりが10倍、20倍という勢いだ。まるで社会人1年目の気分。でも実際はもう5年目で、いい大人。雛のような気分だけれど、背筋をしゃんとして、きれいに羽を伸ばそう。
ちゃんといい人になりたい。
ずっとそう思っていた。
何も考えずにはなれないよね。でもいろんなことを考えることは大好きだ。
大丈夫、この素敵な世界で人とのつながりを楽しんでいこう。


(ふと、この音楽を思い出した。)


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