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変わる学び舎・桜丘中学校

(女性セブン2019年3月14日号より一部抜粋、修正しています)

世田谷区立桜丘中学校は、2010年に西郷孝彦校長(64才)が就任してから変わった。
いじめが激減、校内暴力も消え、有名校進学数も平均学力も区のトップレベル。
窮屈な規則が苦手だという西郷校長は、納得のいかない校則の一つひとつを検証、ついには全廃してしまった。

 午前11時、教室では授業の真っ最中。美術のクラスではクラフト模型を組み立てる生徒たちの熱気が、バスケットボールの試合や調理実習をすべて英語だけで行うクラスもある。
 しかし廊下には、そのどれにも属さない生徒の姿が数人。

「教室にいるのが嫌だったり、入りづらかったりした時は、生徒の判断で、廊下で自習して構いません」

 職員室前の廊下には机とイスが並び、そこでタブレットを使って動画を見ながら自習したり、英語のテキストを解いたりする生徒たちの姿がある。

 校舎1階の理科室では、3Dプリンターを使って両生類の心臓を再現する授業が行われていた。4人ずつの班に分かれた生徒たちがパソコンのソフトを操って心臓の構造をデザインすると、3Dプリンターがカタカタと音を立て、立方体の模型を作り出す。テーブルのあちこちから「デザイン通りだ」と歓声があがる。
 この授業を担当するのは、理科の長田浩貴先生。2年前、この学校で教師生活をスタートされた。

「大学時代に3Dプリンターの研究をしていて、いつか授業に採り入れたいと考えていたんです。そう西郷校長に話したら、『やってみなよ、失敗してもいいから』と背中を押してくださったんです。こんなに早く実現するとは思いませんでした」

 失敗どころか、新しい試みの成果は上々。
「単に教科書を読むだけではなく、リアルな模型を作ることで、心臓の働きを理解してほしかったんです。そのうえで、もし心臓模型の構造を改善するとしたらどうすればいいか、自分たちで考えてほしかった。実際、生徒たちから挙がってきたアイディアは、想像以上のものばかり」

 なかでも熱心に3Dプリンターを見つめていたのは、ある2年生。このクラスの生徒ではない。
「本当は体育の授業中なんですが、ぼくは集団行動が苦手で、サッカーをするのが怖いんです。今、この教室の前を通りかかったら、3Dプリンターが見えたので、思わず中に入りました」
 いきなり教室に現れた生徒を、先生が咎めることはない。

 実はこの生徒、文字を書くのが苦手で、タブレットを利用してノートを取りながら授業を受けている。
「機械やコンピューターが好きで、タブレットを使ってもいいと言われてから、学校に来るのが楽しくなりました」

 タブレットやスマホは、どの生徒にも解禁されている。ところが、読み書きに不自由のない生徒は持ってこなくなった。不思議と、SNS関連のトラブルも減った。

西郷校長は言う。
「生徒は授業がつまらなければ、はっきり“つまらない”と言っていい。これまで日本の教育では、他人と同じように振る舞えない子どもたちに対して、“みんなと一緒にしなさい”とか“振り返って反省しなさい”という指導ばかりしてきました。
 ですがこれからの時代、子どもたちに身につけてほしいのは、誰にも負けない自分の才能の尖った部分、つまり“エッジ”を見つけて磨くこと。人に取って代わってAIが単純作業を担うようになるであろう今後、他人とは違う“変なやつ”であることこそが、自分自身を輝かせるはずです」
 2020年には知識や学力のみを問う大学入試センター試験が廃止され、表現力や思考力、判断力が重視される新テストが導入される。「自分がどの分野に向いているか」を判断し、「自分のやりたいこと」を見つけてその力を活用しようとすることは時流に合っている。

 桜丘中は、障害がある生徒や、もともと不登校だった生徒も積極的に受け入れている。そもそも社会にはいろいろな人がいて、人はそれぞれ違うということが当たり前だとわかれば、自分と違う他人に寛容になれるという考えがあるからだ。だが、その取り組みも、最初からすんなりスタートできたわけではない。
 4年前、インクルーシブ教育(障害のある人とない人が同じ場所で学ぶのみならず、誰もが自由な社会に効果的に参加できる社会の実現をめざす教育)を導入しようとしたところ、「そんなことしたら、勉強ができなくなる」と保護者から猛反対されたことがあった。ならば、学校全体の成績をあげて納得させようと考えた西郷校長は、わかりやすく実践的な授業を次々、導入していく。そして冒頭で説明したとおり、今や同校は区でもトップクラスの成績を収めている。

 英語教育には特に力をいれ、すべてを英語だけで他の教科の勉強をしたり、作業をするCLIL(Content and Language Integrated Learning、内容言語統合型学習の略。教科やトピックなどの『内容』と『言語』を融合して学ぶ教育方法。1つのテーマをさまざまな角度で扱いながら、互いが意見などを交換し合い、言語を身につけていくこと)を導入している。

「英語なんて、実はしゃべれなくても社会ではどうにでもなるよね」と笑いながらも、
「海外から翻訳されて日本で発信される出来事やニュースは、発信する側のバイアスがかかっていることもあれば、すべてでもない。英語がわかるようになると、本当は世界のあちこちでそのニュースがどう発信されているのか、自分で判断できるようになる。その意味で英語を身につけてもらいたいのです」

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