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史上最高値の金、その背景と今後の行方

経済・金融レポート 2024年4月
監修:坂元康宏+株式会社myコンサルティング


はじめに

株価とともに、金の価格が史上最高値を更新し続けています。金はリスク時の安全資産として、かつては株価やドル高と逆相関の関係にありました。
その関係が薄まり、金が従来とは異なった要因で変動しています。新しい変動要因とは何か。そして新たな市場環境は今後の金価格の動向をどう左右するのか。金という商品の基本から振り返ってみます。


金の特性・価値

金は地中から単体で採掘され、展性と延性に富みます。つまり細工がしやすく、その上金色の光沢を保つため古代から人々を魅了しました。そして長年月を経ても変化しない特性で宝飾品や貨幣として利用されてきました。

これまでに人類が掘り出してきた金の総量は約20万トン、競技用50メートルプールの4杯分に過ぎないともいわれます。その発掘量の少なさ、希少性に加え、電子機器やコンピュータ―部品などの実需も増大し、その資産価値、投資価値としての存在がますます高まっています。

(中世の錬金術イメージ ChatGPTより)

金の合成=錬金術は、中世ヨーロッパで盛んに試みられました。そして最新の科学技術でも、金の合成には核融合あるいは核分裂という極めて高エネルギーが必要であり、今もってその製造は不可能です。金の希少性、代替不可能性は当分安泰のようです。

金の希少性、代替不可能性と共に、金は化学的に安定しており、腐食や劣化がほとんどないため、価値が長期間にわたって維持されます。これは通貨としての安定性を提供しました。

金本位制

金貨として直接使われるだけでなく、各国の通貨の裏付け、信頼性の確保のため金が用いられるようになります。金本位制の誕生です。国が発行する通貨の価値は、その国が保有する金の量に基づくことになりました。金本位制の下では、通貨の価値が金と連動しているため、通貨の信頼性が高まり、通貨の価値が安定しました。これは貿易や経済活動の安定化に役立ちました。
 
金本位制は19世紀から20世紀初頭にかけて、経済の成長と発展を支えるために採用されました。金を基準とする通貨体系が世界中に広がり、安定した経済環境を提供することが期待されました。

金本位制の限界

しかし産業の発展と共に、金本位制の限界も見えてきます。経済が大きく成長するにつれ、それに伴う金の需要に供給量が追い付かないケースが多くなります。通貨の量が制限され経済成長の足かせになる状況も生まれました。
さらに第一次、第二次の世界大戦において、多くの国が戦費を賄うために金本位制を一時中断、大量の紙幣を発行しました。

第二次大戦後、金ドル本位制度と固定為替相場制をもとにしたブレトン・ウッズ協定などをもとに国際的な金本位制の再構築が行われましたが、1971年に米国が同協定を脱退し、国際的な金本位制度は終焉しました。

その後国際通貨体制は、ドルを基軸通貨とする変動相場制になっています。金はその中でも経済不安や政治リスクへの対策に強い資産と見られ、価格上昇を続けました。

金の証券化

ただ投資対象として見ると、大規模な金塊を購入するには多額のコストと保管料が掛かります。このために生み出されたのが、金の証券化、金ETF(上場投資信託)です。

株式市場で取引される投資ファンドとすることで、金に流動性が生まれ、投資の透明性も高まりました。そして保管のコストとリスクも少なくなったのです。

金ETFは2004年に米国で初めて上場しました。その注目度は大きく、運用資産は上場後3営業日で運用資産が3倍になったともいわれています。

金ETFは金鉱床や、金価格にリンクした金融商品など金関連の資産に投資します。
金ETFへの投資、資金流入が増えれば、金市場における需要を増やし、金価格が上昇する傾向があります。ただし金ETFの拡大が金価格に直接的な影響を与えとは言い切れません。

ここには金市場の供給と需要、金そのものの価格動向、世界的な経済状況が絡んできます。では今の時代の金価格はどのようにして定まるのかを見ていきます。
 

金価格の決定要因

金価格の基本的な決定要因を以下に示します。
 
米ドル
最も関係が深いと指摘される要因の一つは米ドルの為替相場動向です。
金と米ドルは逆相関関係にあると言われます。

米ドル安 ➡ 金価格高くなる
米ドル高 ➡ 金価格安くなる

という構図です。世界の経済と資産は基軸通貨である米ドルで運用されます。米ドルが安くなれば資産が目減りします。それを回避するためにマネーは金など代わりとなる資産へ流れていきます。結果米ドル安は金の価格上昇になるわけです。

 金利
次の重要要因が金利動向です。
金はそのものが資産価値を持ちます。しかし金利は付きません。資産としてはこれが大きな弱点ともいえます。
そのために、金利が上昇する時は、金より金利の付く他の資産、債券や銀行預金の有益さが増し、マネーがそちらに流れ、金価格が下がります。

金利上昇 ➡ 金価格安くなる
金利低下 ➡ 金価格高くなる
 
需給変化
 金は資産や通貨としての価値とともに、モノとしての用途があります。金は優れた電気伝導性を持つために電子機器や半導体などの製造に使われ、また耐食性や耐熱性、反射率が大きいことなどから航空宇宙産業や光学機器、医療機器にも欠かせない素材になっています。
金の需給変化において需要は消費であり、供給は発掘生産になります。

需要増加➡金価格高くなる 需要減少➡金価格安くなる
供給増加➡金価格安くなる 供給減少➡金価格高くなる

中央銀行の金保有
金価格の変動要因にはこのほか、中央銀行の外貨準備、物価変動、景気、地政学的影響などがあります。

中央銀行の外貨準備とは、各国の中央銀行が自国の経済や金融危機などに対応するため米ドルなどともに金を積み立てていることです。経済危機などになれば自国通貨価値は下落しており、そのために米ドルや金が必要になります。

米ドルが世界の基軸通貨として確固とした地位を築いた1980年代に、英国などの欧州、カナダの中央銀行などがリターンのない金から米ドル中心の外貨準備施策を採り、1980年代末から金を売却しました。この流れが続いた20年ほど、金価格の低迷を招く大きな要因になり、1990年代は「有事はドル、有事の金は古い」とまでいわれました。

物価、景気と金の関係
金はインフレになれば他のモノと同じように価格が上昇します。ただ先ほど見た金利との関係もあり、実質金利(名目金利-物価上昇率)が影響します。そして景気良い時は宝飾品や製造用途の需要も高まり、価格は上昇、不景気になれば価格は下降傾向になります。

地政学的影響
後ほど具体的に紹介しますが、近年金価格に大きく影響しているのが、いわゆる「有事の金」です。政変や紛争、そして戦争、大きな災害などの危機状況における金の価格上昇です。

戦争や政変、大災害が起きればその国、地域の経済活動が止まり、当該国の通貨や国債の価値が下落します。このため金に需要が集中し、価格高騰につながり、影響は世界に広がります。

金価格の推移 

以上の要因が複雑に交錯し、それぞれ時代の金価格が形成されます。先にブレトンウッズ体制につき紹介しましたが、その後の動きを追いながら、金の価格への影響要因を振り返ってみます。

(時事通信社 JIJI.COMより)


  ドル・円建て金価格の推移(楽天経済研究所資料参考)
(ドル/トロイオンス=左軸 円/グラム=右軸)

1970年代の金価格の急騰
ブレトンウッズ体制の崩壊後、インフレーションや政治的不安定などの要因により、金価格は急激に上昇しました。

イラン革命とソ連のアフガニスタン侵攻
1978年から1979年にイランで革命が起こり、イラン産原油の供給が一時的に停止しました。これにより、世界の石油価格が急上昇し、インフレーションの懸念が高まりました。金は通常、インフレーションの緩和や経済の不安定時に避難先として見られ、石油価格の上昇が金価格を押し上げました。

同じく1979年に、ソ連がアフガニスタンに侵攻したことで、国際的な緊張が高まりました。この地政学的な不安定要因が金価格に影響を与え、上昇を促しました。

1980年代から1990年代の安定期
米国の金融政策の緩和
1970年代後半から1980年代初頭にかけて、米国では金融政策が緩和され、インフレーションが続きます。これにより、金の需要が増加し、価格が急騰しました。

1980年に金価格が歴史上最高値を記録した後、金価格は再び安定期に入ります。
1980年の金価格のピークでは、一オンスあたり800ドル以上の金価格が記録されました。しかし、その後、いくつかの要因によって金価格は下落します。

インフレーションの鎮静化
1980年代半ば以降、米国や他の先進国でインフレーションの率が低下しました。これは金の需要を押し下げ、価格を圧迫しました。

金融政策の変化
米国などの主要国では、金融政策が変化し、インフレーションを抑制する方向に舵が切られました。これにより、金の価格上昇圧力が軽減されました。

安定した地政学的状況
米国と旧ソ連の冷戦終結が1989年12月に宣言されました。1980年代後半から1990年代にかけて、地政学的な緊張が緩和され、国際的な安定が回復し、金価格に対する地政学的なプレミアムが低下しました。

これらの要因により、1980年代後半から1990年代初頭にかけて金価格は安定し、1980年代初頭の高値から大きく下落しました。

2000年代以降の金価格の上昇
2000年代以降、金価格は再び上昇傾向に入ります。

2000年代初頭から中盤(2000年 - 2011年)
当初金価格は比較的低い水準で推移していましたが、その後金融危機への懸念が高まり始めます。2008年のリーマン・ブラザーズの破綻を契機に、投資家が金を安全資産として求め金価格は急上昇しました。そして金融危機が本格化すると、金価格はさらに急騰し、2011年には歴史的な高値を記録します。

2011年以降の調整と変動(2011年 - 現在)
2011年以降、金価格は一時的に調整しました。要因としては、経済の改善や米国の量的緩和政策の終了などが挙げられます。また、株式市場の上昇や他の資産への投資の増加も金価格に影響を与えました。
 
2020年以降の金価格に大きな影響を与えたのは新型コロナウイルスパンデミックでした。感染の世界的拡大で経済不況と企業の連鎖破たんが各国を襲い、株式や為替市場に流れていたマネーが金に向かい、金価格が上昇し、2020年7月には1トロイオンス約1900ドルの高値を記録します。

次いで2022年にはロシアのウクライナ侵攻が始まり、地政学的なリスクはさらに高まります。

翌2023年に入るとクレディスイスやシリコンバレー銀行の破綻など、主要国の利上げによる金融危機が表面化します。そして同2023年10月にはイスラム原理主義組織ハマスとイスラエルの戦闘が開始。地政学的な緊張は続き、金価格は大きく見ると右肩上がりを続けています。


(ニューヨークの連邦準備銀行の金庫に貯蔵された金 NHK特別番組「内村光良のエンタメ系教育番組」より)

中央銀行の金保有増加

地政学的な要因とともに、注目しておきたいのは中央銀行の金保有の増加です。
先にも触れましたが主要な中央銀行は1980年代から外貨準備に基本を基軸通貨の米ドルに置いていました。しかしこの流れが2008年のリーマンショック以降変化し、世界的な金融危機に備え再び金保有を増やし始めます。

世界的な金の調査機関のワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)によると、各国中央銀行の全体の外貨準備高における外貨と金の構成比率は、米ドルが51%、次いでユーロが17%、金が15%と第3位になっています(2022年第3四半期末)。そしてこの量が2010年以降特に目立って増加してきているといいます。
楽天証券経済研究所の吉田哲氏の図表を下に紹介します。


(出所:WGCの資料をもとに吉田哲氏作成を引用)

吉田氏は中央銀行による金保有増大の長期的傾向の背景に、西側諸国、先進国と非西側各国、新興国の環境や人権問題について取り組みの差、西側による非西側の産油や石炭火力重視への批判などが両者の対立を深め、そこに大きな分断リスクの拡大があると指摘します。

そしてその分断の深化への懸念が、個人にも中央銀行にも金へのリスクヘッジをする動機になっていると説いています。そこにウクライナ戦争やハマス・イスラエル戦争が拍車をかけている状況になっています。

WGCの2023年の各国中央銀行への調査によると、先進国が金を「伝統的資産」と位置づけ、一方新興国は制裁対応や脱ドル政策の一環など「戦略的資産」と見なるなど違いがありますが、ともに5年後の金保有比率につき、先進国、新興国合わせ62%の中央銀行が上昇すると見ていることが報告されています。

直近の価格上昇について

以上、金価格に影響を与える主な要因を見てきましたが、2024年3月以降も最高値圏を続ける金価格の具体的な背景を眺めてみます。

(日本経済新聞より)

金のニューヨーク先物は3月25日以降1トロイオンス2200ドル前後で史上最高値圏にあります。国内の金小売価格も1グラム12,002円という最高値(3月29日、田中貴金属発表)をつけており、大きな上昇傾向を続けています。
 
直近の上昇相場を支えているのは米国のFRB(連邦準備制度理事会)の金融政策転換、利下げ予想です。FRBのFOMC(連邦公開市場委員会)は2024年中に3回の利下げを予想しています。先に紹介しましたように、金は金利を生みません。そのために利下げ状況下では、逆に損失を被ることもなく他の資産に比べ投資対象としての魅力が増します。
 
そして日本の金の価格上昇を牽引するのが円安傾向です。2024年初めから続く円安は、3月19日の日銀による17年ぶりのマイナス金利政策解除発表後も高値更新を続けています。この円安により円が売られドルが買われて円安ドル高になり、日本の金価格の高騰になっています。

これら比較的短期の要因に加え、膠着状況のロシアとウクライナの戦闘、イスラエルとハマスの戦争、台湾と中国間の緊張など地政学的な要因も金ヘのリスクヘッジを高めています。

さらに中長期的要因としては宝飾品や、医療・IT産業用への需要の高まり、中央銀行の金保有の増加などがあり、金価格の上昇が変化する兆しはありません。

 高値はどこまで・チャート予測

この傾向を踏まえ、最後に純粋に月足チャートだけから今後の金の価格を予測してみます。
チャート的には現在リーマンショックの2008年~2009年頃に形成した逆三尊のチャートと同じような形(チャートの青丸の部分)をしており、ネックラインを上抜けした形となっています。
 
ここから先の上値目標としては、過去の2001年の底から2008年の一旦の天井までの上昇率が約313%、2008年の底から2011年の天井までの上昇率が約185%となっており、2015年の底値からの上昇が約100%なので、同じ比率だとすると2022年9月の底値1トロイオンス1622ドルから約59%上昇した2580ドルあたりが当面の高値の目安として考えられます。
(この高値の目安はあくまで個人的な予想であり、投資勧誘を目的とするものではありません)

株式会社myコンサルティング

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