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ドルフィンキック 第3話

波が大地を縛り付け海神が大地の喉に手を回した。

「う…苦しい!」

苦しんでいる姿をまるで愛おしむかのように光悦とした表情で眺めながら海神は言った。

『命をもらう』

そして大地にねっとりととした口付けをした。

「なっ…!」

岬はその光景を見て激しく動揺した。

「や…やめて!」

海神は吸い付くように大地に口付けしている。

「うっ…」

大地は口から何かが吸われているような感覚を覚えた。

そして次の瞬間意識がなくなった。

取り乱しているような岬の表情を横目に海神は岬の大地への想いに気がついた。

『ほう?そんな顔してお前もこの男が欲しいのかい?取られて悔しいのだろう?』

『この男を我の生贄としこの海域は豊作となる。』

「生贄なら私がなるから!その人を返して」

『そなたやはり無知(バカ)だな』

イルカがいつの間にか岬のそばに来ていた。

『海神様は女神だ。命を産むには男がいる。生贄は人間なら男でなければならない』

「そんな…」

「お父さんもあなた達が捉えて生贄にしたの?」

岬は黄金のイルカにポツリと尋ねた。

『何の話だ?』

「10年前の今日、生贄は漁師の私のお父さんだったんじゃない?海神様のその声を聞いたもの…」

『昔はこの海域の巫女が人身御供(ひとみごくう)の男を手配したが今は誰も巫女がいない。この日に海域にいる者から選び波に落とす』

岬の目から大粒の涙が溢れた。

やはりきっと10年前の父もこんな風に捉えられてしまったのだろう。

悔しかった。もう絶対に繰り返したくなかった。

岬は自然と手を握り念じ始めた。力強く握り固く目を閉じている。

金色のイルカが異変を感じ取った。

『ぬ?そなたまさか…』

「波よ…来い!大きな波で海神様を砕き私と先輩を浜に押し流せ!」

ゴォと強風が吹いた次の瞬間。波がザワザワと揺らいでいる。

「イルカさん!呪文なんか知らないけど、とにかく念じる、やりたいことをイメージすればいいんだよね?!」

大きな波が海神と大地の方向めがけてやってきた。

『まぁ…そんなところだが。いいのか?海神様にケンカを売ることになるぞ?』

大波が崩れ落ちるように海神に降りかかってきた。

『人間の巫女め!』

波は矢のように尖り海神に激しくぶつかった。

『ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ』

海神の姿が波に崩れた。

大地の周りにまとわりついていた波が解けて大地が海面に叩きつけられた。

岬はそちらに泳いで行こうとした時、黄金のイルカが岬を背に乗せた。

『イルカは義理堅い。今回は2人とも助けてやる。』

風のような速さでイルカは大地の元へ泳いだ。

岬が大地を抱き抱えた。

「大地先輩!しっかりして!」

大地は目を瞑り、ぐったりしている。

イルカは浜の近くまで2人を届けた。

『私が行けるのはここまでだ』

「ありがとう、イルカさん」

『私の名はヒシボシだ』

イルカはボソッと呟いた。

岬の耳にその声は聞こえたが、もう振り返らなかった。

一刻も早く大地の救命処置をしなくてはならない。

岬は浜辺に乗り上げて大地の呼吸を確認した。

はっきり言ってわからない。

でも水を飲んでいることは確かそうだった。

岬は慌てたが水泳部で毎年やってた救助訓練を思い出していた。

まずは人工呼吸。これが一番印象に残っていた。

「息を吹き返して!大地先輩!お願い」

岬は息を大きく吸い込み大地の唇にふうと息を送り込んだ。

海神が大地に口付けした姿が頭によぎった。

「あの人は大地先輩の命を奪おうとしてた。でも私は違う!先輩、目を覚まして!」

何度も何度ももう必死だった。

「ゴホッ!ゴホッ!ゔ!」

大地が息を吹き返した。

「先輩…」

大地は細く目を開けたが、またすぐ閉じてしまった。

岬は大地の目が開いたことがあまりに嬉しくて思わず口付けをした。

永遠のように長く閃光のように短い一瞬の時だった。

その時浜辺に魚がビシャビシャっと打ち上がった。

ドスドスっと薄黒いモヤのようなものが海から出てきた。

その黒い物体が動く時に魚が吹き出て次の瞬間には消えていった。

『その男を返せ』

「この影は海神様?!」

先程までの美しい女性の姿は見る影もなくただぼんやりと黒い影となってしまった。

黒い影は岬たちの方へゆっくり向かってくる。

しかし歩きながら影がどんどん霧のように蒸発していってしまう。

『ぉお…我の力も衰えたものよ。たった半時でも姿を維持できなくなっているとは…』

『海神様!岩谷へ戻りましょう。また眠りにつかなければ回復できません!』

『イルカ黙れ!貴様もこやつらの肩を持ちおって』

『そこの女!お前のせいだ!巫女の末裔ならば我を祀るのが仕事であろう。それがこの仕打ちとはな!』

黒い影は最後の力を振り絞るように消えながら岬たちに迫ってきた。

岬はまだ寝たままの大地をかばい、大地の前に立ち両手を広げている。

「来ないで!大地先輩は渡さないから!」

『呪ってやる!その男は我のものだからな。お前らが近づき愛し合おうものならその男を殺す』

そう言って黒い影はザッと消えたかと思うと、大地の周りにボワッと落ちてモワモワと囲み渦巻いた。

岬は影を払おうと手をブンブン振ったが全く取れず、影に触れるとバチバチっと痛みが走った。

「…っイタ!」

やがて影は大地からスルスルと離れて空中に集まり海岸の端にある大きな岩の方へ飛んで行った。

『はっはっはっ…あっはっはっ…』と不気味な笑い声が浜辺に響いた。

天気が急速に回復し、立ち込めていた黒い雲はどんどん流れていった。

浜辺の波は穏やかになり、さっきまでの荒天が嘘のような夏の日差しが戻ってきた。

立ち尽くしていた岬はドザァっと膝から崩れ落ちた。

「あれは何だったの…?」

タプタプと波に浮いているヒシボシから声が届いた。

『海神様は昔はとても美しくお優しい海の女神であられた』

ヒシボシは少し遠くを見るような切なそうな表情をしている。

『そなたの先祖は海神様を祀っていたに違いない。しかし信仰が失われ数世紀にもなり、海神様の力は衰えてしまった』

『今ではあの岩谷に宿り、目覚めるのは10年に一度人身御供(ひとみごくう)の日だけ』

「でもたまに声が聞こえてきたよ」

『まぁ寝言みたいなものだ…本体が目覚めているわけではない』

『それよりそなた達…呪われたぞ』

「私、神様に呪われたの?!」

『無知、何を聞いていたのか?お前ではなくお前達の関係においてその男が呪われた』

「大地先輩が?!」

『さっきのあれ、試しにもっかいやってみろ!』

「あれって?」

『……接吻』

岬はさっき自分がしたことを思い出した。

勢い余ったとはいえ大好きな大地にキスしてしまった。

「きゃー恥ずかしい!」

岬が今更わたわたざわついていると、浜辺の石につまずいて大地の上に覆い被さってしまった。

ふっと唇がかすった瞬間、バチバチっとさっきの海神の雲に触れた時と同じような電流が走った。

「何これ」

『それが呪いだ。そなたらは恋人のようなことをしたくてもできなくなった』

「まだ恋人じゃない!」

『そうか。しかししっかり呪われた』

「どうすれば解けるの?」

『わからん』

『海神様以外解くことは難しいだろうな』

「そ…そんなぁ…」

『無知、そなた名は岬と申したか?』

「(無知で話しかけないで)そう、渡辺 岬」

『岬、海のことをもっと学ぶ旅に出るのだ。今、昔、太古の海を知れ。そこに呪いを解く鍵があるかもしれん』

「海のことを学ぶ?」

『そうだ。そなたの先祖が携わっていたように、人と海の架け橋になる人間が必要だ』

「そんなこと言われても〜私まだ進路考え中なんだよぉ!」

『今決まったじゃないか。突発的とはいえ波まで呼ぶ力がある。こうなったのも海に携わるべき運命を持っているからだ』

「うわぁ勝手に決めないでよー!」

『それと、ここら辺の海にはあまり近づかない方がいい。寝ていらっしゃるとはいえ意識はある』

「う…」

大地の目がうっすら開いた。

岬が何やらギャーギャー騒いでいる。

波にさらわれた記憶があるが、全てのことがぼんやりとしていてうまく思い出せない。

おぼろげな記憶の中で暖かなぬくもりを一瞬感じた。

それが何だったか思い出せないが、真っ青な空に真っ白い雲が流れ波の音、岬の騒ぐ声がする。

ふるさとに帰ってきたんだなぁと感じ、しばらくの間この懐かしい景色と音を聞いていようと思うのだった。

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