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運動制御と身体認知は表裏一体 ~コンパレータモデルを理解する~

運動意図・予測の情報と実際の体性感覚フィードバックの情報との間に不一致が生じ、それが継続すると皮質脊髄路の発火が低下する。そしてその不一致の程度が大きくなればなるほど自己の運動主体感が低下する。

これはWeissら(2014)、Shimadaら(2009)による報告であるが、私自身も臨床でよく感じることの1つである。運動制御と身体認知は表裏一体の側面をもっている。
今回は運動制御と身体認知を統一的に捉えるために“コンパレータモデル”を理解したいと思う。コンパレータモデルは中枢神経システムに関する書籍・文献・講義など至る所で目にするモデル(※下図参照)であり、これを理解することは対象者の病態理解や自身の介入の位置づけを整理する上で大変役立つと思われる。

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1,運動制御をコンパレータモデルで考える

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運動指令に伴う遠心性コピー情報により運動の予測システムが作動する。これに基づいて体性感覚フィードバックの予測が働く(随伴発射)。一方、運動指令に伴い皮質脊髄路が発火して運動が起こり、実際の体性感覚フィードバック情報が脳に回帰してくるが、その際、頭頂葉や小脳において予測情報と実際の情報を比較・照合し、誤差を検出している。
その際、予測した感覚フィードバックと実際の感覚フィードバックとの間に不一致が生じると、展開中の運動指令をリアルタイムで補正・修正する誤差信号が生成される。誤差が検出されれば、誤差修正が行なわれ運動プログラムを変えていく。この誤差信号が運動精度を向上させるために重要となる。ヒトは生後から日常生活においてこのプロセスを反復し続けることにより、頭頂葉や小脳に内部モデルを形成している。内部モデルとは運動の記憶と言い換えることもでき、運動前に”感覚フィードバックの予測”を可能にする。したがって、このコンパレータモデルや内部モデルのことをフォワードモデルとも呼ぶ。

2,臨床介入をコンパレータモデルに位置づける

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SharmaとCohenは脳卒中後の機能回復に効果を示した介入を3つの概念で区分した。①運動先行型の活動、②運動実行による皮質脊髄路の発火、③体性感覚フィードバックの3つである。①は運動イメージや運動観察、運動錯覚、②はConstraint-induced movement therapy(CIMT)や課題指向型練習、③は電気刺激や徒手刺激に基づく体性感覚フィードバックを、それぞれ用いた臨床手続きである。
森岡(2017)はこの3つの臨床介入をコンパレータモデルに位置づけて、上図のようにまとめている。①の運動先行型の活動は実運動に至る前の運動・感覚予測を対象者に行わせることであり、この遠心性コピーから随伴発射に至るまでの経路を活性化させる手段と言える。トップダウンの脳内情報をな組織化させる特徴を持つ。②の運動実行、③の体性感覚フィードバックは筋骨格系あるいは末梢受容器などの身体システムを作動させることで、感覚運動処理に関わる脳内ネットワークを活性化させる特徴をもつ。すなわちボトムアップの脳内情報処理過程を駆動させる。これら3つの臨床介入は互いにオーバーラップする側面を持っており、決して線引きできるものではない点には注意しておきたい。(例;課題指向型練習にとっては運動意図は欠かせない因子。電気刺激時に運動意図を引き出しながら行うこともある。)
さらに森岡(2017)は運動学習の基本戦略として以下のように述べている。

トップダウンの脳内情報処理である運動予測と、ボトムアップの脳内情報処理である身体練習に伴う体性感覚フィードバックの整合性を図っていく事が運動学習を促す基本戦略となる。

当たり前の事ではあるが、セラピストには適切な課題設定能力(難易度調整)、徒手誘導能力といったものがあらためて大切であると感じる。


3,身体認知をコンパレータモデルで考える

コンパレータモデルは身体認知を生成するモデルでもある。予測された感覚フィードバックと実際の感覚フィードバック(視覚、体性感覚など)が時間的・空間的に一致することによって、身体意識が生成される。
より具体的に説明すると…感覚フィードバック(視覚、体性感覚)間の時空間的一致は、“この身体は私の身体だ”という感覚、すなわち身体所有感(Sense of Ownership)を生成する。そして運動指令と実際の感覚フィードバック間の時空間的一致は、“この運動・行為をしているのは自分自身である”という感覚、すなわち運動主体感(Sense of Agency)を生成する。

4,コンパレータモデルで病態を理解する

この時空間的一致が崩れた場合、運動制御の乱れだけでなく、様々な身体変容や異常知覚(身体の重さ、奇妙さなど)をも引き起こす。冒頭でも述べたように運動意図・予測の情報と実際の体性感覚フィードバックの情報との間に不一致が生じると皮質脊髄路の発火が低下したり、自己の運動主体感が低下することにもつながる。
失行やパーキンソン病、病態失認など様々な病態がこのコンパレータモデルでの解釈を試みられている。ここでは病態失認をピックアップし解説を試みる。
病態失認の発言機序については諸説あるが、ここでは代表的な2つの仮説に基づいて考えてみる。①運動意図に障害が起きている、②比較装置の機能不全によって起こる…の2つである。①は片麻痺の存在の無認知を基盤としており「意識されない身体失認」とも表現される。コンパレータモデルでの運動意図が生じず、それによって予測と結果の比較照合過程が起こらないことから、不一致が生まれず、結果として身体意識の変容感や運動障害が認知されないといったものである。②は運動意図と運動結果を照合するプロセスにおいて比較装置の機能不全によって起こるといったものである。この仮説ではあくまで運動意図が存在するため、運動予測情報が優位性を持ってしまうと麻痺側上下肢が動いていないにも関わらず「動いた」と答えてしまうような現象が起こる。

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【引用文献・書籍】

1)森岡周:理学療法における脳科学と運動学習理論の応用.理学療法34巻5号:388-395,2017

2)森岡周:高次脳機能障害の神経科学とニューロリハビリテーション.共同医書出版社,2020

3)Weiss C et al: Agency in the sensorimotor system and its relation to explicit action awareness.Neuropsychologia 52:82-92,2014

4)Shimada S et al:Rubber Hand Illusion under Delayed Visual Feedback.PLoS One 4(7):e6185,2009

5)Sharma N,Cohen LG:Recovery of motor function after stroke.Developmental Psychobiology 54(3):254-262,2012

6)Blakemore SJ et al:Spatio-Temporal Prediction Modulates the Perception of Self-Produced Stimuli. Journal of Cognitive Neuroscience 11(5):551–559,1999



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