「エンタメ化する「義憤」――『SNSで誹謗中傷する人』を定点観測する人のグロテスクさについて考える。」を拝読して

表記の記事を拝読した。この記事は「『やめたいのにやめられない』ネット中傷を続ける女性の告白」という『NEWSポストセブン』の記事を受けて書かれたものだが、両方を読んでいて感想を書きたくなってしまったので、ここに書くことにする。

誹謗中傷とレス、さらにそれを見る人

 『NEWSポストセブン』の記事を読んだaki maenoさんは

「この記事に、無責任で残酷なインターネット上の書き込みを抑止する効果はどのくらいあるのだろうか。
筆者や編集サイドの意図がどうであれ、むしろ、新たな誹謗中傷の種を静かに撒いてしまっている可能性は、ないのだろうか。」

と書かれている。これを読まなければ私は『NEWSポストセブン』の記事を読まなかったと思う。で、どれどれと読んでみて一つの可能性に思い当たった。

 元記事の中で誹謗中傷をやめられないチューミンさんという女性は、以下のように述べている。

「私もアカウントを作ったんです。しばらくはやっぱり怖くて見てるだけ、やり込められてるところを見てスッキリするだけだったんですけど、ある時とんでもない炎上があって、完全にあの女がボコボコ状態になったんです。これならわからないかなと、思い切ってリプを飛ばしました。もちろん非難の言葉です。そしたらたくさんある中で私にレスを返してきたんですね。その内容は失礼な見下しでしたが、反応があったってことは効いてるってことでしょ。だから。私にレスした!じゃあこれからはコイツに直接文句言えばいいじゃん!と」

記事は「こうしてチューミンさんの生活のほとんどはその嫌いな女性のことばかり考え、その女性を非難することに占められた。そしてついに、ふとした非難のリプにレスを貰い、完全に火がついた。」としている。

 つまりレスがきっかけで誹謗中傷のサイクルが回りだしているようだ。

 このチューミンさん、国立大卒のフリーターで、自分が国立大卒であるいうプライドと、フリーターゆえの社会的不遇感からか余計に中傷相手(私大卒)を許せなく感じているように見える(社会学者が言う「相対的剥奪感」かな)。普段の自分が不遇であるがゆえに、中傷相手からの反発さえ彼女にとっては自己表出の一つの機会になってしまっているのかな。

 そんな彼女が取材を受けてああいう記事になってしまうことは、彼女自身やめたいと思っている誹謗中傷のサイクルから彼女を遠ざける役に立つのだろうか?

 心理学には「ホーソン効果」という概念がある。米国のホーソン工場で、労働者の作業効率の向上を目指すための調査をしたら、労働者が調査者や上司の関心を意識することで作業効率が上がってしまったことから、この名称となっているようだが(心理学者の皆さま、誤りがあったらご指摘ください)、あの『NEWSポストセブン』の記事はもしかすると、フリーターさんにとって「負のホーソン効果」とでもいうか、本来自分でもやめたいと思ってさえいる誹謗中傷であるのに、それで注目され、認知されてしまうことでかえってますます中傷をやめられなくなったりはしないもんだろうかと思ってしまった。むろんそうならず、誹謗中傷のサイクルから抜け出すきっかけになることを望んでいる。

 もし、不幸にして上記の私の推論が誤っていない場合、aki maenoさんの記事にあるような「『SNSで誹謗中傷する人』を定点観測する人」の存在を上記のチューミンさんのような人が認識・意識したら、誹謗中傷をますますやめられないなんてことになりはしないだろうか。そうならないといいんだが。

「『SNSで誹謗中傷する人』を定点観測する人」なんておんの?もしや……

 「『SNSで誹謗中傷する人』を定点観測する人」なんておんの?というのがaki maenoさんの記事を読んだ時の第一印象である。aki maenoさんはPTAをめぐるネット上の論戦においてそうした人を発見されているようである。その記事を読むと中には観測のみならず燃料投下までした挙句に「もう飽きた。たまには他の話も読んでみたいものだ」とのたまわれた人までおいでとか。まーそんな酔狂な人、いたって多くはないよなと思いつつも、SNSでの誹謗中傷はこうしてメディア記事になってるわけだし。

 そうか、メディアね。SNSでのトラブルなんて今やメディアの好餌だもんな。そこで愚昧な我が身は思い出すのである。aki maenoさんの記事のタイトルにあり、見出しにもなってる「エンタメ化する『義憤』」という言葉を。

そういえばNHKやらかしとったなぁ

 昨日(2020/6/9)にNHKの番組「これでわかった!世界のいま」の公式Twitterに掲載した約1分20秒の動画が多くの批判を受けた。Buzzfeedが記事として顛末をまとめている(https://www.buzzfeed.com/jp/harunayamazaki/nhk-sekaima)。

 私がこの動画の存在に気付いたのは、堀内勇作さんのこのツイート(https://twitter.com/YusakuHoriuchi/status/1270107747758084097)である。そこからこの動画のみを見た。番組自体は見ていない。番組全体としてはバランスをとっていたのかもしれないが、少なくとも動画の内容自体はやはりOMG!であった。

 私の理解するところこの動画の問題点は、制作者がアメリカにおけるBlack lives matter(BLM)運動と暴動との関係を取り上げる際に、黒人差別の問題を真摯にとらえず、むしろステレオタイプな黒人のイメージに依拠して、貧困や貧富の格差問題を強調し、黒人の尊厳をないがしろにする形で子ども向けに伝えたところにある。これで世界のいまをわかられては困るし、受信料使って作る動画がこれかよ、なのである。この動画からうかがえる制作者の姿勢は、子どもに真摯に社会の問題を伝えるというよりは、むしろ他国の不幸をエンタメ化して消費するものに見える。

 例えば日本が抱える差別問題を同じようなスタンスで扱えるだろうか。扱えないのだとすれば、実はあの動画にこそ番組制作者自身が抱えるレイシズムがあらわれているのではないのか。少なくとも差別される側の怒りや嘆きを共有する姿勢には見えない。単に他国のトラブルをエンタメ化しているのではないのか?

 むろん公共放送であるNHKにそうであってもらっては困る。ということで動画の撤回で終わらせず、検証番組を制作していただきたいということを、こちら(https://forms.nhk.or.jp/q/YXRZX4S7)から番組制作者にお伝えしたところである。

本当にグロテスクなのは

 aki maenoさんの記事にはこうある。

「本当にグロテスクなのは、ネット越しにリンチを重ねるやつらじゃない。そんなやつらをそうせしめるに至るリアルをつくって恥じない心なのである。」

 この伝でいけば、「本当にグロテスクなのは、暴動と略奪を重ねるやつらじゃない。そんなやつらをそうせしめるに至るリアルをつくって恥じない心なのである。」ということになろうか。

 好き好んで暴動や略奪に手を染める人間などいない。もちろんBLM運動は暴動や略奪と無縁になされるのが望ましいし、暴動と略奪を犯罪行為として指弾するのもかまわない。でもやはり好き好んで暴動や略奪に手を染める人間などいない。彼らを暴動や略奪に駆り立てる構造に加担しつつ、それを対岸の火事としてエンタメとして消費するなら、そちらの方がはるかにグロテスクなのである。

 なんてことを考えさせる大変良い記事でした。



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