名前をつけて、
それは多くの現代人にとって「保存」の枕詞だろう。
けれどこの静かな時間には、それは「保存」ではなく「破棄」を導く言葉に聞こえて仕方ない。
◇
私たちが誰かや何かに名前をつけるのは、それが大事だからではないだろうか。
私たちが誰かとの関係や自分以外の誰かにとっての"ガラクタ"を大事にするのは、それが愛おしいからではないだろうか。
名前をつけて保存しておけば、またいつでも同じ場所に戻ってくることができる。
爽やかな青春、甘酸っぱい恋愛、胸に杭を打つような辛い記憶。
忘れたい、忘れそうなんて笑いながら、結局どこかでそれらを覚えていたくて、名前をつけているのかもしれない。
けれど、名前をつけたら壊れてしまう関係や価値観もある。
昔はあんなに仲良くしていたのに、今では連絡先も知らない。
初めて喋って告白されて、いつの間にか散り散りになった。
これまで出会った誰よりも強く抱きしめてくれたのに、束縛の裏返しだった。
ぐるぐると感情が渦巻いているうちに名前なんてつけられないと匙を投げたことが今まで何度あったか、指が足りない。
結局壊れるよりも消えてしまう方が後悔するから、名前をつける。
自分にしか分からない暗号をパスワードに設定して、つけた名前も長ったらしくて、とても他人が見られるものではないけれど。
◇
名前をつけたら壊れる関係があると知ってしまった私には、壊したいものに名前をつける癖がある。
よくわかんないけど〇〇ってことにしておけばもうどうでもいいや。
割り切れるので楽ではある。
上書きしてしまったものは元に戻らないというリスクを背負っていることも承知している。
周りの誰かの真似をして、リズムに合わせて、思いっきり捨てる。
わざと自分を成り下げる。人に指摘されたら、「えっ、名前だけ見て破棄しちゃった」と言う。
その度に私は勝手に自分の首を絞めている。本当は私は「〇〇だから」と言って上澄みだけでものを判断する人が嫌いな人間なのだから。
◇
全てが白か黒かでもなければ、それらをよしとするでもない、曖昧な世の中。
そりゃあ人間なのだから曖昧だと思う。
見下げるつもりも何もない。むしろ歓迎したい。曖昧でないのなら、何も面白くなく、何も生まれない。
名前をつけたら保存できるものもあるし、壊れるものもある。
ずっと愛でるために、包み込むために。
いつか破棄するために、壊すために。
相反する気持ちを一緒に抱えながら、名前をつけて、上書き保存ばかりを繰り返している。
結局そこに何か黒いものを含んでいようが何だろうが、愛おしいものは愛おしいのだから。