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大学英語への誘い③言語獲得理論Ⅱ

初めに

前回の記事で生成文法の言語獲得論についてまとめました。
生成文法では言語生得論という仮説のもと言語獲得装置(LAD)普遍文法(UG)などを仮定することにより言語を獲得ための独立した能力・装置が生得的に備わっているとする説です。しかし、そのような遺伝子が見つかっていないことや、人間の一般認知能力や学習能力を過小評価しているなどの批判が見られます。
今回ではそのような批判の第一分野である認知言語学について紹介します。

認知言語学とは

認知言語学(CL; Cognitive Linguistics)とは生成文法のアンチテーゼとして1980年代から盛んな言語学理論です。CLの立役者の多くが生成文法を専攻し、その限界を感じ、CLという理論を打ち立てたことからも伺えます。
つまりCLと生成文法は考え方に多くの相違点があるのです(もちろん共通点もあります)。主要なものをピックアップしたいと思います。
*生成文法は前回の記事を参照してください

言語は一般認知能力の反映である
・言語には話者や受け取り手の捉え方(Construal)が重要である
・統語論ではなく意味に焦点を置く
・lexicon(単語の倉庫のようなもの)と文法は連続体であり別々のものではない

認知能力や捉え方が顕著に出る日本語の文章を見てみましょう。
1)私は500円も持っている
2)私は500円しか持っていない

1)も2)も客観的には私が500円持っているという同じ状況です。しかしその500円を多いと捉えるのか少ないと捉えるのかで表現が変わるのです。

認知言語学(CL)における言語獲得

生成文法ではUGなどを仮定することにより言語獲得を説明しましたがCLではそのようなものを仮定していません。仮定しなくても説明できるとする考え方です。
注意しなければならないのはUGなどの言語に特化した能力は絶対ないと言っているわけではないのです。実際に認知文法と言われるCLの一派では
If such a faculty exists, it is nevertheless embedded in the general psychological matrix, for it represents the evolution and fixation structures having less specialized origin (Langacker, 1987: 13)
と説明しています。
つまり言語専用の能力があったとしてもそれは一般的で心理的なマトリックスに含まれるはずで独立したものではないというものです。

ではこのような考え方の中で言語獲得はどのように説明されるのでしょうか。

言語獲得:認知言語学

CLにおける言語獲得はTomasello (2005)Constructing a language: A Usage-Based Theory of Language Acquisitionで詳細に述べられています(邦訳はトマセロ (2008) ことばをつくる- 言語習得の認知言語学的アプローチ)。

CLでは用法基盤モデルと言われるものを採用しています。このモデルでは言語獲得は実際の言語使用に触れる中で文法を作り上げていくというものです。つまり人間は学習によって言語を獲得していくと考えます。
トマセロが同書で述べているのは意図読み・意図理解と言われるものです。相手の行動に対して何を意図しているのかを推測しようとするのです。例えば空のコップを持って立った人がいれば水を入れにいくのだろうとその行動の意図を推測できるでしょう。
もう1つの学習としてはパターン発見と言われるものです。これはいわゆる文法・構文を形成する上で重要な役割を担います。これは同じような文法に何度も出会うことにより、その人間の中で抽象的なルールのようなものが形成され文法になるということを示しています。

1. 獲得のスピードが速い:日常生活における多くのインプットとパターン発見や意図理解によるもの。

2. インプットに不備があっても獲得できる:周りからの発話をよく聞くとわかりますが、全てが文法的な文であるとは限りません。単語やおかしな文章もインプットとして入ってきますが、ほぼ全員母語を習得でき、ある表現が自然かどうか判断できてしまいます。

3. 基本的に全員獲得することができる:言語獲得に必要な意図理解やパターン発見は認知能力の1つであり全員が持っているため。

4. 人間に特徴的である:意図理解は人間に特有のものであるため。

5. 人種や民族の壁は存在しない:意図理解は人間に特有のものであるため。

5. 臨界期がある:そもそも人の言語習得がある一定の年齢を超えると習得が困難になるという臨界期自体が疑わしい。様々な再実験がそれを支持していない。例えば習得困難さは急激なものでなく連続的に下がっていることを示している。詳しくはトマセロ(2005)を読んでみてください。

まとめ

生成文法とは異なる考え方を持つCL。
認知言語学では認知能力や捉え方と重要視する言語学です。
その中で学習が重要視され、言語特有の独立した能力は設定しない考えです。
その中で言語習得においては意図理解やパターン発見が特に関わっているとし、言語の謎も説明することができます。そしてこれらは多くの実験結果が支持していることからも妥当性が伺えます。これらの実験や認知言語学における言語獲得理論に興味を持っていただけた方はTomasello (2005)かその邦訳を読むことをお勧めします。今回では表面しか説明できませんでしたが、詳細に示されています・
これからの研究でこの考え方がより支持されるのか、UGのような独立した言語能力が発見されるのか楽しみです。

<参考文献>
・Langacker, Ronald W. 1987. Foundations of Cognitive Grammar, volume 1: Theoretical Prerequisites. Stanford: Stanford University Press.
・Tomasello, Michael. 2005. Constructing a language: A Usage-Based Theory of Language Acquisition. Cambridge: Harvard University Press.
(邦訳:Tomasello, Michael. 2008. ことばをつくる- 言語習得の認知言語学的アプローチ. 東京:慶應義塾大学出版会)


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