2020/5/10 曇りのち晴れ 東京

日曜日の朝。外はもう明るいが、きっとまだかなり早い時間帯だ。時計を見なくてもわかる。スマートフォンをタップすると、ほら、やっぱり。普段ならこのまま二度寝するところだが、うっかりTwitterを開いてしまう。タイムラインの雰囲気が昨日までと違うことを即座に察する。ざわめきのようなものを感じる。大スターの訃報か大災害かと覚悟したが、その正体は一種の「祭り」であった。普段政治的なことは殆ど呟かないアカウントも一斉に#検察庁法改正案に抗議します というハッシュタグをリツイートし、タイムラインが警告を伝えているみたいだった。

何人か信頼している人たち、例えばいとうせいこう氏、がこぞって抗議に賛同していたので、深く考えず僕もリツイートする。思考停止の際たる例かもしれないが、こういった信頼感に基づくイシューに対する立場の仮決定は利便性が高い。色々と調べてみる。自民党サイト内の三権分立のイラストを持ち出すのはやや扇動的過ぎる印象。でも国民から伸びる3本の矢印のバランスが崩れていることに違和感を抱かないのはヤバくね?と素直に思う。今回の改正案は2022年から適用されるみたいなので、黒川氏や(願わくば)安倍政権には関係ないのだろう。黒川氏の定年を「法改正前に」「特別法の検察法ではなく一般法の国家公務員法の解釈を変えて」延長した「前科のある」内閣。これが前提。そんな内閣が目論む法改正によって「検察官の定年延長を人事院ではなく時の内閣の一存で延長できるようになり」「検察の独立性が損なわれる」の危険だ、と思います。しかも、この時期に。以下のまとめnoteが勉強になった。

ただ、僕は「安倍政権がやることなんて全部疑ってかかるべきだ」と素朴に、反知性的に、思う。きゃりーぱみゅぱみゅや、塚本晋也や、しりあがり寿や、小泉今日子がやばいと思ったのなら、それはきっとやばいのだ。日曜日の朝からヒートアップしてしまい、音楽でチルする。William Basinski『Watermusic』を流す。水面のように動く電子音。ひとつひとつの音の質感は水っぽさはないのに、総体として水感があるサウンドスケープが展開される。揺れの完璧なコントロール。うとうとしていると妻から電話がある。水の定期便が届くそうだ。

スパイスカレーを注文し、煙草で一服しながら届くのを待つ。食べ終わったら、いよいよ『ウォッチメン』の最終話を観よう。軽く緊張する。『ウォッチメン』EP9「彼らが飛ぶのをご覧よ」。原題は「See How They Fly」。参照元は分かった。有名な4人組の曲だね。圧巻。まずエンタメとして100点満点。風呂敷の広げ方も畳み方も非常にテクニカル。情報量は莫大でありながら作品として全くトゥーマッチな印象を与えないのは計算の賜物だろう。幕切れも美しく、余韻も心地よい。伏線はほぼ全て綺麗に回収されるが、そのカタルシスだけでは終わらず、使い古された言葉だけどとにかく「考えさせられる」作品だった。登場人物は複数のアイデンティティ(主人公アンジェラならヒーロー/被差別人種)に切り裂かれ、それぞれの正義がぶつかり合い、皆が納得する結論には至らない。登場人物同士は一瞬連帯し、すぐにバラバラになる。ルーツに基づいた縦断的な「私」と現状が裂いた横断的な「私」が終始ずれ続ける。アンジェラはルーツに帰りきらなかった。

『ウォッチメン』の、メタ的な意味で「スーパーヒーローもの」の、肝といえば肝なのだが、作中唯一の超常的な存在=Dr マンハッタンの存在も良くも悪くも引っかかる。極上のラブストーリーとしては完璧だが、その存在は容易に(東浩紀的な?)否定神学を連想させる。

我々の世界には自己言及的な矛盾、言及不可能なものが満ちあふれているわけだけれども、そのような言及不可能なもの…ある種の「皺(しわ)」ですよね。これを集約して寄せて、ある場所に追い込んで、そういう総体をある特異点が担っているという思考がルーマン的に言えば「唯一神」の趣向なんですね。これは正にデリダ=東的に言う否定神学的な特異点に相当する。つまり不可能なものがそこに存在することによって他のものが全て一貫して可能になっている「かのように」見えてしまうというね。(宮台真司,「東浩紀の〒(郵便)本を語る その2」から引用, http://www.miyadai.com/texts/azuma/02.php)

現在思想タームでカルチャーを語りたいのではなく、このフィクションではDr マンハッタンが存在することによって他のものが全て一貫して可能になっている、つまり「Dr マンハッタンが存在しなければ他の一切は起こり得なかった」ことにある種の空しさを覚えてしまう。ドラえもんがいなくても、のび太の物語は起こり得る。メタ的な構造を持つ『ウォッチメン』はDrマンハッタンの存在なしに物語は起こらない、なぜなら唯一Drマンハッタンだけが物語を引き起こす重力を生じさせるからだ。「卵を割らなきゃオムレツは作れない」。前述した豊かな複雑さもその乱暴なシステムの前で矮小化されかねないというか… 言いがかりでした。引き続き考えていきたい。

その後は掃除をしたり、雑炊を作ったり。妻が注文した12Lの水が入った巨大な6つの立方体の収納に頭を悩ませる。万が一倒れたら娘にのしかかったりするかもしれない。耐震用のつっかえ棒も買わなきゃいけない。妻と娘が東京に戻ってくる日程を話し合う。緊急事態宣言が解除される前のほうが飛行機が空いているだろう、と5月中。予防接種を東京で受けるために2週間後をひとまず設定する。多分きっと、緊急事態は何となく解除され、日常も何となく戻ってくる。毎日が決定的に変わったとしても、娘はコロナ以降の人間なのだ。むしろ僕たちが彼女の世界に追いつかなければいけない。それはリトル・リチャードのいない世界でもある。R.I.P。


今日の一曲/Elliott Smith「Everything Reminds Me Of Her」

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