村上主義者的””あこがれ””文体論

Twitterをだらだらと眺めていると、たまに金属バットで後頭部をぶん殴られたような衝撃を受けることがある(さいわい、僕は実際に金属バットで後頭部をぶん殴られたことは無いけれど、たぶんこれぐらい痛いんだろうな、というのは何となくわかる)。

このツイートがタイムラインに流れてきたときも、まさにそうだった。

うーーーーーん、なるほど……。

あまりにも身に覚えのありすぎる話だったので、後頭部全力鉄バット級の衝撃と共にひどい寒気を感じた。

このアカウントで書いた文章ではあまり言及してこなかったけれど、僕は所謂≪村上主義者≫だ。それも、生粋の。筋金入りの。

※村上主義者とは、村上春樹さんの作品の愛読者を指す言葉である。
≪ハルキスト≫という言い方のほうが広く人口に膾炙しているような気もするが、春樹さん自身が新潮社のwebサイト『村上さんのところ』で「ハルキストという呼び方はちゃらいから村上主義者と呼ぶことにしましょう」という旨の提案をしていて、僕はそれに則っている。

春樹さんの作品との出会いや春樹さんへの思いはまた別の機会に語ることにして、ここでは文体にまつわる論考に絞って書き進めていきたい。

村上主義者である僕は、先に挙げたツイートのツイ主さんの懸念のとおり、春樹さんの文章に「望むと望まざるとに関わらず、言語運用の形に決定的な影響を与え」られ、その「決定的な影響」のもとで今まさにこの文章を書いている。そういう人間だ。

だからこのツイートを見て「うわぁぁぁぁぁ!!!!えっこのツイート、俺の話してる??いや……ほんまに……うん、その通りなんよな……」という感動を覚えざるを得なかった。


春樹さんの文章の持つ””感染力””の強さは、他の物書きのそれとはまったくもって別次元の、あまりにも強烈なものだと思う。
僕だけでなく、多くの村上主義者は「村上主義者っぽい文体」で文章を書く(かならずしも「村上春樹さんっぽい文体」とは言えないというところに本質がある)。村上主義者を自称するほど春樹さんの作品を深く愛好していなかったとしても、『ノルウェイの森』や『海辺のカフカ』の読書体験が強く印象に残っているような人のなかには春樹さん風のエッセンスが言語運用に多少なりとも混入している人がそれなりにいるような気がする。

ツイ主さんは小学生にして春樹さんの文体の””感染力””の強さを直感し、反射的に距離を取ったようだ(なんとも聡明な小学生だ)。


どうしてこんなにも春樹さんの文体は””感染力””が強いのだろう。

ぱっと思いつく理由としては、春樹さんの文体には色濃い「唯一無二性」みたいなものが感じられる、みたいなことだろうか。

僕を含め多くの村上主義者は、はじめて春樹さんの作品に触れたときに「こんな書き方の文章は読んだことが無いぞ……なんだこれは……」と感嘆した(のではないかと僕は思っている)。じっさい、春樹さんの文体は二葉亭四迷以降のどの日本文学作家の系譜にも属さないものだと言われている。春樹さん自身は幼いころからあらゆる本を読む生粋の読書家だったそうだけれど、日本文学のなかである特定の書き手の作品に傾倒するということは無かったのではないかと考えられる。
小説を書くにあたって春樹さんが最も影響を受けたのはフィッツジェラルドやサリンジャーといったアメリカの小説家である(というようなことは彼のエッセイなんかでも繰り返し、何度も言及されている)。春樹さんはアメリカ文学を自分で邦訳して読む人なので、つまり、彼の文体のルーツの大元は日本語ではなく英語で書かれた文学作品にあり、日本語のルーツを強いて言うならば自分で英語を日本語に訳した文章、つまり自分の日本語文体である、ということになる。

自分の書く日本語の文章のルーツが自分のなかから出てきた日本語だった、ということ。
このことが、村上春樹という書き手の筆致を強烈に決定づけている。

そういえば。僕は夏目漱石の書く文章も好きだ。

僕は大学で文学を専門に学んでいたわけではないから詳しいことはわからないけれど、夏目漱石にも似たようなところがあるのではないかと思う。
彼が活躍した時代はまさに日本文学の形成期であり、現代日本語の言文一致で文学作品を書く、ということをやっている先達がほとんどいなかった。そんな彼にとっての文章の先達というのは、日本語で書かれた書物ではなく漢籍や英文学だった。
漱石の文体もまた当時としては前例の無い革新的なもので、また強い””感染力””を持ったものだったのではないかとは思う。漱石以後の近代日本文学は、基本的に漱石が残した筆跡のうえに成り立っている(ような気がする。あくまでも主観だけれど。芥川も太宰もそうだし、三島由紀夫ぐらいまで僕はそういう印象を抱いている)。


なるほど。日本人が書いた日本語ではなく、外国語で書かれた文章を原文で読んで自力で邦訳していた人は、母国語としての日本語の運用において自分の中から生まれ出てくる邦訳のことばが基礎となるがゆえに文体の独自性を獲得することになる、ということが言えそうだ。

でも。

ただ独特であるというだけで、ある人の文体が強い””感染力””を持つということはあり得るだろうか。

漱石にしろ春樹さんにしろ、彼らの書くことばが僕たちに強烈な影響を与えているのは、その文体が僕たちの””あこがれ””を刺激するものだからだろう。

僕らが漠然とあこがれている何かが、彼らの文体のなかにあるのだと僕は思う。

漱石の時代において、それは中華であり、大英帝国だった。
春樹さんの青春時代において、それはアメリカだった。

海の向こうで営まれている、僕たちのそれよりうんと””先進的な””文化。そういう文化に対するあこがれ。

極東の島国特有の、後進国的なあこがれ。文化的なコンプレックス。
どうやら僕らの心の奥底には、そういうものが眠っているらしい。

なんだか惨めなことを書いているようにも見えるけれど、そういうあこがれが自分たちの中にあるというのが悪いことであるとは僕はまったく思わない。むしろ良いことだと思う。

あこがれというのは下流思考ではなくむしろ上昇志向につながる心理だし、窓の外にあるものを摂り入れて自分たちなりに咀嚼して新しいものを作り出す、みたいなことは僕らのご先祖さまがずっとやってきたことだし、その積み重ねが「日本的なもの」を形成してきて今日只今がある、ということについて異論を差し挟む余地は無いだろう。

だから、良いとか悪いとかそういう次元を通り越して、「まぁ、そんなもんだよね」というか、「それが自然だよね」というか、まぁそんな風に僕は思っている。


だんだん何を書きたかったのかわからなくなってきてしまった。

やれやれ。
春樹さんだったらこういうところでちゃんと軌道修正をして(あるいはそもそも軌道修正なんてしなくても、話が多少脇道に逸れたりすることも織り込み済みで文章の構成を組んでから書き始めるのかもしれないけれど)きちんと文章にオチをつけることができるのだろう。

でも僕は春樹さんではないし、春樹さんのように自分の書くことばに向き合うことができているわけではないし、春樹さんのように本を読んでいないし、春樹さんのようにフィッツジェラルドやサリンジャーの原文を自力で訳して読むことができない。だから結局、「村上主義者っぽい文章」を生成することしかできない。

でも。

いまはそれで構わないと思う。
僕は一生、春樹さんにあこがれ続けていたい。春樹さんにあこがれ続けて、いつか春樹さんのような文章を書けるようになりたい。何度も言うように僕は春樹さんではないので、どんなに頑張っても絶対に春樹さんと””同じ””にはなれない。けれども、春樹さんにあこがれ続けて書き続けていれば、いつかその過程で自分の文体というものが形作られていくと、そう信じている。そしてさらにいつか、僕の書いた文章に誰かがあこがれてくれたら、これ以上に素敵なことって他に無いんじゃないかな。

あこがれという原動力。

自分のなかにあるあこがれに嘘をつかず、誠実でありたい。


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