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終電逃した人を数える

12月27日
24時ごろ、渋谷駅に集められた。

応募には警備のアルバイトと書かれていた。
駅に着くと同じ格好をした先輩?らしき人物が立っていた

多分そうだろうと思い、近づき挨拶をした

「今日初めてだよね?」
と先輩らしき人から言われた

「初めてなんで、何するかよく分かってなくて」
苦笑しながら答えた

「大丈夫大丈夫、結構簡単だから、寒いだけ」
軽い感じでその先輩らしき人は言った。

寒い夜、渋谷ハチ公前の改札で身震いしながら2人横並びで立っていた。
周りは若い人、酔っぱらったサラリーマンなどで時間を忘れさせるほど人がいた。渋谷はまぁいつもこんな感じだ。今日に限っては年末の忘年会シーズンもあって気持ち多めな気がする。

腕時計をちらっと見て
「まだちょっとあるか、ごめんちょっと抜ける4、5分で戻るから」
そう言ってスクランブル交差点の方へと小走りで行った。
歩行者用の青信号が点滅していて間に合うか間に合わないかの境だった。

都市の横断歩道は歩行者の我が強い
青の間に入ってしまえばこっちのもんだと言わんばかりに歩行者が我が物顔で歩く。
先輩もそんな感じで歩いていた。半分を行ったところで車両用の信号はとうに青だった。
痺れを切らしたタクシーがクラクションを鳴らした。
タクシーの目の前には先輩。驚きで肩を一瞬あげて跳ねるように走った。

行先は多分喫煙所だった。自分も行けばよかったと少し後悔した。
タバコ吸ってくると言ってくれればよかったのにと思ったが、自分はいつも幼くみられるので、タバコ吸わないだろうとなんとなく思われたのかもしれない。

目の前を通る様々な人間をぼんやり眺めていたりしたら、

「ごめんごめん、お待たせ」
と右手をパーで縦に立てて先輩が帰ってきた
「あれ、タバコ吸う人?」
と聞いてきた。

「あぁ、まぁ一応」
と答えた。

「なんだ、言ってくれればよかったのに」
笑いながら先輩が言った。

どこに何しに行くか言わなかったくせにとちょっと思いつつ
「…そうっすね」
と少しため込む時間を要して答えた。

「うぅ…寒いね」
肩を縮めて先輩が言う

「ほんとに寒いっすね、急激に寒くなりました」
お手本のような返事をした。

「今何歳なの?」
先輩がこっちを向いて聞いてきた

「今26です」

「え?俺も26」
少し嬉しそうに先輩が言った

「あ、そうなんですね」

「97年生まれ?」

「ああ、まぁそうですね」

「うおー、同い年じゃん、よろしくよろしく」
僕の肩をたたきながら言ってきた

「あ、でも僕早生まれなんで学年的には27の人と一緒なんですけどね」

「え、じゃあ年上か」
肩から手が離れる

「まぁ1個上ですね、まぁでも…」

「まぁ1個しか変わんないし、いいよね!」
食い気味でその年下の先輩は言ってきた。

「…まぁ、そうっすね」
それはこっちが言うセリフじゃないか?

「地球の規模で言ったら1年なんて秒みたいなもんだしね」
先輩が言う

「はは、まぁ秒ですね」
人間の規模で話せよと思ったがまぁいいか。

「ちなみにこれなんの警備バイトですか?」
僕は聞いた

「あーこのバイト、人数えるバイト」
先輩は答えた。

「人数える?なんの人数えるんですか?」

「終電逃した人」

「なんですかそれ、なんの意味があるんですか?」

「意味とか分かんないけど、結構楽じゃない?ただ人数えてお金貰えるの」

「まぁ確かに、給料も良かったですしね」

「え?いくら貰えるってなってる?」

「時給1400円ですけど、違うんですか?」

「え、マジでめっちゃいいじゃん、俺1200円なんだけど」

「マジですか…でも募集の時に1400円だったんで、みんなそうかなって」

「うわ、俺の時より募集時の時給上がってんのかよ」

「あ、そうなんですね。でもそれってみんな一緒じゃないとなんか法律的にアウト的なのないんですかね」

「いやー、俺法律とかよくわかんないから何とも言えないけど、いいなぁ」

「いいなぁで済むんですね」
僕は苦笑しながら言った

「まぁでも、多分そろそろ終電の時間だから数えていこう」

「ちなみに終電逃したかどうかなんて人によって違うじゃないですか、どう見分けるんですか?」

「あぁ、それは走って改札通る人いるじゃん」

「はい」

「で、また改札出てくるのよ」

「あ、なるほど」

「あとはもう改札前で諦めて街に戻ってく人とか」

「結構アバウトなんですね」

「まぁねー、大体でいいよ全然」

走って改札に向かう大学生ぐらいの男の子を指さして
「あ、ほら走って行ってるでしょ。ああいうのチェックね」
先輩が言った

「あ、はい」

数分後、さっきの男子大学生が改札を出てスクランブル交差点の方へとスマホ見ながら歩いて行った。

「逃したっぽいね」
先輩が少しいじわるそうに言った

「みたいですね」

「そしたらこの紙に記入していくって言う感じ」
首からぶら下げたボードを腹で押さえて記入していった

「了解です」

「このバイト、意外と面白いんだよ。終電逃した奴が次どんな姿で改札から出てくるのかを見るっていうのが」

「若干性格悪いっすね」

「そんなんでもしてないとこんなクソ寒い中やってられないって」

「そういうもんですかね」

「そういうもん。あ、次も来たっぽいよ。やってみて」

「あ、はい」

終電の時間はみんなが走っていくので、正直一度に複数人を認識するのは無理があった。服装や背丈などの特徴でなんとなく区別していくしかなかったが、意外といけた。

「意外と出来るでしょ?」
先輩が言った

「そうですね、最初はどうやって数えるんだって思いましたけど」

「人間観察みたいなもんだよ」

「言われれば確かに」

「あと、本当に最終の電車が渋谷だと12時48分だったかな。その後に駅に来る奴は全部数えちゃっていいから楽だよ」

「なるほど」

「若干頑張るのが30分ぐらいとかかな」

「でも若干なんですね」

「まぁね」
先輩は笑いながら言った

「でも本当にこのバイトなんの目的でやってるんですかね」

「うーん、なんだろうね」

「終電逃した人が多い時間帯に終電をずらすとか?」

「あーそれじゃない?いや、それだよ」
先輩は軽く同意した

「まぁでもそんなこと言ったら、このバイトもっと遅い時間までやんないといけなくなりますよね」

「あ、そうじゃん。それはめんどくさいな」

「ですよね」

「まぁその分時給増えるからなんとも言い難いね」

「お金好きなんですね」

「嫌いな人ってあんまいないと思うけど」
冷たい感じで先輩が言った

「そうですよね、なんかすみません」

「あ、いや全然」

「ちなみにこれって何時までやるんですか?」

「うーん、改札のシャッターが閉まってから1時間ぐらいかな」

「あ、なるほど」

「2、3時間も過ぎたらもうみんな諦めて、飲み屋かカラオケとかで時間潰すでしょ」

「確かに」

「だからまぁ1時間は念のため見とくっていう感じかな。淡い希望を抱いたやつらを数えるために」

「やっぱ若干性格悪いっすね」
笑いながら僕は言った

「今のはちょっとわざと言った」
先輩も笑っていた

24時48分も過ぎ駅に来た人をただ数えるだけの楽な時間帯に入った。

暇になったので僕は聞いた。
「ちなみになんですけど」

「うん」

「僕たちは終電逃した奴らのうちに入るんですかね」

「え?どういうこと?」

「いやだってまぁバイトだとしても状況は一緒じゃないですか、終電逃してる点では」

「あ、確かに」

「今まで自分は数えてないんですか?」

「数えてないね、てかそんなの気づきもしなかったわ」

「マジですか…」

「うわマジじゃん、俺も終電逃してるのか、若干逃した奴らに対してニヤニヤしてたの恥ずかしくなってきたわ」

「まぁ一応仕事だし、大丈夫ですよ」

「そうだよね、そうだと思っとこう」

「ミイラ取りがミイラになるみたいな感じですね」

「ん?どういうこと?」

「え、そういう慣用句ですよ」

「俺あんま頭良くないから分かんないんだよね、高卒だし」

「僕も高卒ですよ」

「じゃあ頭いいとこだったんだね」

「頭いいとこなら大体大学行きますよ」

「確かに」
先輩はやけに納得した感じだった。

駅のシャッターもとうに閉まり、そろそろ終わりの時間が見えてきた。

「よし、まぁもう人も少なくなってきたし、今日もそろそろ終わりかなー」
腕を伸ばしながら先輩は言った。

「なんか最初から最後までアバウトな感じなんですね」

「まぁねー」

首から下げたボードを先輩に見せながら
「記入したこれどうするんですか?」

「ああそれね、一応報告書だから、事務所に持って行くんだけど、それ無いと給料もらえないから気を付けてね」

「そうなんですね、了解です。」

「あ、1個忘れてた。駅員さんにハンコ貰うのよこれ」

「え?そうなんですか?」

「これだけじゃ家でテキトーに書いても分からないからね、ちゃんと働きましたよって証拠として」

「なるほど、なんか変なとこでしっかりしてるというか」
首をかしげながら言った

「駅員さんって意外とずっといるから、シャッター閉まっても裏に」

「駅員さん、大変ですね」

「そうだねぇ。じゃ、ハンコ貰いに行こうか」

「はい」

先輩は開けて良いのかわからない従業員専用と書かれた扉を何のためらいもなく開け、その先にいた駅員さんにお疲れ様ですと会釈してハンコを貰っていた。
僕も見様見真似でハンコを貰った。

「じゃ、今日はこれで終わりだからお疲れ様」

「あ、お疲れ様です。あれ、どうやって帰るんですか?電車も無いのに」

「え、ああ俺自転車。そこに止めてあるでしょ」
スクランブル交差点の端っこの柵に立てかけてあったロードバイクを指さした。

「あ、自転車で通える距離なんですね。ていうかよく撤去されなかったですね」

「目に見える範囲に置いとく、これ重要だから。」

「なるほど」
苦笑して僕は言った

「あれ、君…てか名前なんだっけ?今更すぎるけど」

「あぁ、確かに。中野です。先輩は?」

「年下だけどね、原です。」

「原さんって言うんですね」

「中野くんはどこに住んでるの?」

「明大前です」

「中野くんなのに明大前なんだね、中野じゃないんだ」

「よく言われます…」

「あ、もしかして嫌だった?ごめん」

「全然、気にしないでください」

「原さんは?」

「俺、吉祥寺」

「吉祥寺?」

「うん、吉祥寺」

「チャリで吉祥寺まで?」

「うん」

「無茶苦茶遠いじゃないですか」

「サイクリング好きなんだよね」

「そういうことじゃない気が」

「まぁなんでもいいじゃん、じゃお疲れ」

「お疲れ様です」

原さんは自転車にまたがりこっちに手を振り離れていった。
スクランブル交差点でまたタクシーにクラクションを鳴らされて
スピードが上がってあっという間に姿が見えなくなった。

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