『アリスとテレスのまぼろし工場』感想(前情報なし)
特に序盤、「ん?これ世界観どうなってんだ?」と疑問に感じる点が多く、話が進みちらほらと描写されていく中で「ああ、あれはこういうことかぁ」と得心していき、最後は物語とメッセージの美しさにボロ泣きしていた。
なので、(n=1)の感想だが、個人的には十分観客フレンドリーな映画だと思うし、描写の意味が後から分かるのも楽しみの一つになるので、是非事前情報なしでの鑑賞をおすすめしたい。
以下はネタバレを含む。
とは言え、
100%理解しきれた自信なぞ有りはしない
純粋にとても良い作品だったと思うため、コレクション欲が湧いた
鑑賞特典の収集も兼ねて、いっちょ興収に貢献するか~~~という意識が芽生えた
ということで、あと2回は見る予定。リピーター目当ての鑑賞特典という最近ありがちな施策にドンピシャでハマっているので、これ意味あるんだなぁと思った。でも初週の分もう貰えないから全部集めるためにはメルカリで買うことになるんだよなぁ。
他の人の感想とか考察を見ない状態でもう1回見て、その後色々読み漁ってもう1回、位かな。というか、果たして5週目の特典の頃にまだ上映が続いているのか不安。
「万人向けではない」との評が散見されるが、現代の世界を覆う閉塞感の描き出しと、その中でどう生きていくかというテーマはかなり広範の関心を呼ぶものだと思うので、その評には懐疑的。
まぁ、「非の打ち所のない、一切減点する所がない話です!!!完璧な映画です!!!」というものだとは言い難いとは思うが、皆そんなに「ここの描写がクソだから0点!」みたいな減点方式で映画見てるんだろうか?
良かった所
閉塞感の描写と物語への利用
閉塞感に満ちた世界でどう生きていくかというメインテーマに強く心を揺さぶられた。
「何かを変えようとしても変わらない」「肉体的成長はしない」「精神的成長も(多分)しない」環境の正宗が、それでも絵の練習を日々していたら上手くなった、という筋立てには、くそう泣かせに来てやがる~~でも感動しちゃう~~と思いつつ泣いていた。
「未来はあんたにあげる。だけど、正宗は私のもの」というセリフが、物語上でも、メタ上でも完璧な締めくくりになるのは素晴らしく美しい。
メタ的な要旨をざっくりまとめると、「未来がない閉鎖的な環境でも、それでも希望を持って生きていくことはできる。まして観客であるあなたは未来がある世界に生きているんでしょう?」ということになる。
これを単純にやると、「「オタク、現実を生きろ」という特に新規性のない説教で終わってしまうのだが、これを言う睦実自身が物語上ですら仮想の存在として設定されていることにより、このセリフはある意味仮想に耽溺することをも半ば肯定するメッセージとしても機能している。
作中人物は、世界の真実が明らかになることにより、自身の生の意味を強く疑わざるを得ない状況に置かれ、相当数がその絶望によって消滅してしまう。その環境にあってさえ、生きていることに意味がある、生きていれば変化がある、と称揚する。
その上で、未来を五実(=観客)に託すことにより、メタ上のメッセージと、作中の物語とを完璧に繋げ、中島みゆきの歌で〆る。書き下ろしなだけあって凄まじい威力だった。
フィクションそのものの構造と物語との合致
どんな物語であれ、フィクションの世界は完結に伴って閉じた世界になってしまう。その構造そのものを物語に上手く利用していて面白かった。
世界観の解き明かし
世界観の徐々の解き明かしが気持ちよかった。下に列挙したような疑問や想像を重ねつつ見ていって、世界の真実を明かされた瞬間は、ああっあの描写にはそんな意味が!と爽快感があった。
あの爆発は何だろね、時間が戻ったとか自分達だけパラレルワールドに移動したとかそういう?
首絞めごっこは、臨死体験で世界線が移動するんじゃないかとかそういう発想でやってる?
何だこの謎の提出シート???
このシートを提出する同じ日を繰り返すループものなのかな?
絵が綺麗
鉄工所の風景や、光の描写など、映像がとにかく美しい。
また、キャラクターの顔が、たとえ脇役の傾いた角度であっても、破綻なく綺麗に描かれていることが印象に残った。身も蓋もない表現にすると、メイン要素である風景の美しさ以外も作画コストがかかってそうな感があった。
EDのスタッフロールでCygamesやYosterの名が流れているのを見て、思わず「ありがとう……ウマ娘やアズールレーンにどハマリして養分になってくれた人たち……おかげでこの作品の超美麗な映像を堪能できた……」と内心感謝してしまった。
カドが立つのでtwitterでは大っぴらには言えない。
おじさんの恋愛パート
これはかなり+。
例えフィクションであろうが、そのフィクションの中の更に仮想の世界であろうが、主役ではなかろうが、人はそれぞれの思いを持って生きている。
この作品の主題との兼ね合い上、主役ではなくとも蔑ろにされず、独自の思いを持っているのは重要だと思った。
なら園部はどうなんだという気にもなったが、園部が非常に可哀想な役回りをさせられることと直接繋がっていると思う。
悪かった所
「狼に見える」風
いや狼には見えなくて龍にしか感じられないが……(細長いため)
私にとって、狼も龍も物語上の存在であることに変わりはないので、もっと明確に狼っぽく絵を寄せて欲しかったかも。
映像なしで単に劇中の人々が「狼に見える」と喋ってるだけならそのまま納得したが、今ひとつ映像がそう見えなかったため「?」となってしまった。
五実の名前
そもそも名付ける必要はあったんかな?
五実と咲とが分離した人格というわけではないので、この名前の物語上の役割としては、「正宗が睦実の名前の漢字を認識していた」というエピソードを補強する程度の役割しかないように思った。
その話は園部がフラれる所で十分すぎる位強烈にやったからこれ以上擦る必要なくない?という感。
終盤、おじさんに対して「五実をどこにやった」的な呼びかけをするのは見た瞬間「ええ~」となってしまった。おじさん困惑しちゃうだろ。
正宗が著しく冷静さを欠いていることを描写している
正宗の思考力の成長が中学生で止まっており、自分の認識は当然に他者も共有しているものだと考えていることを描写している
正宗を自他境界が曖昧な人物像として意図的に描写している
正宗達の精神年齢は基本的に中学生のソレだとして描写されているので、もしかしたら2. もあるかもしれないが、でもここって「絵を練習してたら上手くなったんだ!」のエピソードをこなした後なんだよなぁ。だったら2. だとまずいよね。
3. 的な要素は特にないので、まぁ1. なのだろうが、それならそれで正宗が自分が冷静さを欠いていることに気づく描写、あるいはおじさんからの指摘は描写として欲しかった。
そうした描写がないと、鑑賞者が心の中で「いやちょっと待て」と突っ込んだ気持ちのやり場がなく頭に残ってしまうため、これを追い出して再度物語に集中しなおすのに時間を要してしまった。
汎用的な表現にすると、物語が最高潮に盛り上がっている終盤になって、主役に「?」となるムーブをされると、精神的シンクロが途切れて雑念が思考に入ってしまうので避けて欲しい。
狼少女描写
これ、顔を舐め回すシーンを描きたいんだ!!!ってのが先に決まってて、その後から設定こね回したでしょ……
五実の精神年齢がいくつなのかがもんの凄くふわふわしてるような……あまりに急に成長しすぎている感が否めず……
睦実の側の事情として、「喋って関わると情が湧きすぎるから」ってことで喋らない、というエピソードを入れたかったんだろうなというのは感じる。
ただ、最終的に五実は小学校高学年~中学生位の精神年齢にはなっているわけで、ロクに喋れない幼児からそこまで精神年齢を急成長させるのはちょっと無理がないか?
五実と睦実の関わりをもっと大きくしておいて、それなり程度には五実が喋れた方が、自分の唯一の保護者=睦実と、自分に優しくしてくれた異性=正宗とが恋仲になることによる仲間はずれ=失恋の喪失感が強くなったんじゃないかなぁ?
「てめぇやっぱオスかよぉ!」
園部が「寂しさを紛らわせるために色々やってた」とか言ってたり、園部と睦実に特殊な関係が示唆されていたりする所を踏まえると、これは睦実の男性嫌悪という形での同性愛傾向を示す発言なのかなぁ。
ただ、睦実のミサンドリックな描写を=同性愛的傾向と解釈したけど、この解釈ってもしかしてもう数年位したら同性愛差別的とか言われる危険性ある解釈?
とかなんとか、自分自身の政治的スタンス(割愛)まで頭に過り、鑑賞中に余分な思考を要求された。
ここだけだとちょっと睦実が何言ってんのか分からんし、この要素は映画の尺の中に要る要らないで言ったら要らなそう。表に出切ってない設定がいっぱいあることは良く分かるが、もうちょっと取捨選択してくれてもいいかなぁ。
実はこの世界は時が停止してから何年も経っていた
えっ序盤に沢山頭悪そうな感じの中学生男子っぽさを描写してたけど、じゃあ彼らは実年齢20近かったり超えてたりするのにあのノリやってるの?!?!
「うわきつ。いや勿論、精神的成長を禁じられた環境ってことを表してるのは分かるけどきっつ」というのが素直な評価になる。
頭悪い中学生男子らしさの描写ってことなら自然だけど、それが停止してるとは言え成人近い人物のものだと言われると、え~という顔になってしまう。
まぁ、だからこそ、比較的冷めている正宗と睦実とに観客が自然と同調しやすくなる働きはあるのかもしれないかな?
この世界だからこそ父が咲に会えた
かなりの感動エピソードのはずだが、「えっじゃあその孫を全力で現実に返してあげてくれよ」と思ってしまうのでストレートに感動できない所がある。
ただ、ここで親父が頑張りすぎると、最後の正宗&睦実&友人が頑張るアクションパートがボケてしまうのでやむなし、のような、もうちょっとなんか上手いこと処理してくれと思うような。
悪かった点として上述した、「その描写本当に要る~?」って感じてしまった要素が散見されたせいで余計思ってしまったのかも。
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