見出し画像

ひとにやさしく

緊急社内ミーティングが執り行われた。
といっても、この会社は従業員規模50そこそこの中小企業の、吹けば飛ぶような製造系なのでこの言い方はローカライズできていない、ごく一般的な伝聞だ。

従業員の正しい表現では
──社長がまたキレた。
と言われている。
営業課の某もまた、寝ぼけた眼を細めながら一同が会する工場に雁首揃えながら。

──どうしてこんなに社長はキレるんだろう、キレる頭の持ち主ならおれらの人件費を攻めのサービスとか一致団結とかって名前でちょろかまかすのをやめる方法でも探したら。
と言うようなことを考えていた。

社長が現れた。
社長と言っても町工場のおっさんが胴長短足にだるまのようなハゲ頭をした図体を窮屈そうにスーツに身を納めてるだけだ。
そのスーツは車でちょっと行ったとこの紳士服の量販店で一番高いやつである。

その紳士服の販売員の女はバブルの名残のような化粧の匂いを撒き散らして言葉の端から端までお世辞とけばけばしさで飾り立てて、夜はスナックの助っ人をしてる社長の愛人で。

さらに言えば、そのスナックとやらは元従業員にして社長のスケベな目線とセクハラを耐えきった報酬で社長夫人になって店を構えた女が経営していて。

さらに蛇足で言えば、その夫人崩れのスナックのおばさんに小金をせびりながら半ヒモ半社員をしながらスナックおばさんのシャチョーフジンとかって地位が危うくならないように社内の女に目を光らせているのが、この営業の某だった。

世の中というのはどこまでも、よくできている。

社長はふんふん鼻息を荒くしながら。今日の死因は絞殺ですか、とでも聞きたくなるような勢いでワイシャツを絞めながら、トナカイよろしく真っ赤なネクタイを見せびらかしていた。
聞くところによるとパワータイとかって示威的な色使いで。
なぁーにが、ぱわぁタイだ。パワァータイ、とっとと生まれの九州に引っ込んで博多男児ぶって語尾にタイタイつけてやがれ。
それか東南に出家しろ出家、この世の業をお釈迦様に清めてもらえ。
くけえ。

このように、頭の中で罵詈雑言をもたらしていたのは社長の元でひたすらにイエスマンとして従属してきた腰巾着、経理課の某の思考であるが、彼はそんなことは臆病も出さずにニコニコしている。

ニコニコしているというのは、実は本人のみの意識によるもので、他の人間からしてみれば神経の細さを証明するようなキョドキョドと際限なく周囲を見回しながら、へつらい笑いが取れなくなった口元を痙攣させる薄気味悪いのが際立っている。

そんな訳だから、社長がキレている時もいやあそうですな、まさに社長の言う通り、そうだそうだ君たち何をしてるんだね。と追従しているのだけど。
家に帰れば外で威張り散らした分だけ、妻と娘にカースト下層民のような扱いを受けている。

ちなみに経理の某の娘というのは女子大生で、スマホアプリの出会い系にハマりながら優れた容姿でもなく若いだけの体を売りながらパパ活という援助活動をしながら、SNSでは小遣い払いの悪いしみったれた中年男の愚痴を撒き散らしている女だった。

社会に対して強気な私が大人でも言えないことをズバズバ言っちゃうもんね。

というニュアンスを醸し出していたその女子大生のアカウントから来る、口と頭の悪さはインターネットでも破滅を望んでいる人間は多い。

この会社に勤め始めて一ヶ月半になる、非正規労働者の男もまた、インターネットウォッチと社会悪の撲滅に余念がない正義の味方のひとりである。

しかし正義の味方も人の子であり、嘘の経歴でもってアプリに自己紹介を載せて女子大生と接触を試みるもホテルに連れ込むこともできずに、今日も首回りが汗染みで茶色くなった量販店のシャツを着ながらスマートフォンにぽちぽちと正義を振り回していた。

わしは悲しい社員のきみらはなぜ人に優しくなれんのだあの社長ったらちっとも人に優しくないのあたしのためにもちっといいスーツ買ってくれてもいいのに彼ったら抱く時なんで好きっていってくれないのかしら優しさが足りないあの女は俺というやつが褒めてやるのに自分のことばかりで小遣い払いが悪いし優しさとはああ人生ってくけえくけええーーーくけえわたしがこんなおとこのためにやさしくうわああんじんるいにやさしさがあのおんなさらしてやるぞおおおおお

──であるからして!
この経済不況にあえぐ社会の一助となるべく我が社も不断の努力でもって!
価格据え置きで製品の展開をすべく諸君らの積極的な努力に期待するのである!!



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?