死して候え、おじいちゃん。
おじいちゃん、という愛着のこもった呼び名とはべつに私の祖父はうちの中でこの上なく死を切望されている人だった。
パパはマザコンで、つまりおばあちゃんを蔑ろにした罪で憎み。
ママは嫁いだ時点で狂人という存在を受け入れなくてはならなかった不幸と、その元凶であるおじいちゃんを憎んだ。
兄の竜正さんはおじいちゃんの血を引いてるパパとその阿呆に嫁いだママの子供として生まれたことから逃避するために、芸術に生きるとか言ってうちを出てしまったが、誰からみても良く判るくらい才能がなくて、それを認めたくないがために、全てを憎んだけどその元凶はやっぱりおじいちゃんで。
私は私で、こう見えても多感なお年頃なのでおじいちゃんが加齢匂臭いので死んで欲しかった。
死んで。
死んで、マジ死んで。
おじいちゃんの凶行。
昨日、私のブレザーとスカートを着込んでゲートボール場まで疾走した。
不審者待ったなしのかどで捕まえようとするお巡りさんの足を振り切るほどの健脚の八八歳は、むかしは飛脚だったとか自慢してるけどウソだろおめえの生まれた頃にもう飛脚いねえよ。受験生舐めんな。ボケたか。
そうなのだ、おじいちゃんは部分的にボケている。痴呆だ。
痴呆だけど、もともと狂ってて人の嫌がる事を自分から率先して行う性格だったので全く変わらないように見えるだけだ。
ちなみに、なんで美大生になれたのか未だに不思議な竜正さんは、おじいちゃんを晒しあげてSNSで人気者になろうとして実家まで帰ってきた挙句、おじいちゃんに返り討ちにあった。
ゲートボールの、あのハンマーみたいのでケツをひっぱたかれて、ズボンとパンツを剥がれて、たまたまそこにいた女子高生へとおじいちゃんが盗った竜正さんのスマホをパスして、受け取ったその子はとりあえず面白かったから動画を撮ってアップした。
よかったね、お兄ちゃん人気者じゃん。
その子にお礼言わないとね。
で。
その子こと、穂波ちゃん。つまり私はおじいちゃんフレーバーの制服に必死に消臭剤をかけている。
いや、だって面白かったんだもん。
ちんこ出し丸、じゃなかった私に似てるだけあって顔だけはそこそこ優れた竜正さんは笑われ者になってるのに、フォロワー爆増で嬉しいんだか、嬉しくないんだか判らない顔をしながらリビングでニヤニヤスマホをじっと見てる。
さっさと武蔵野とかいう森に帰れ。森で生きてろ。
森で野生化しつつある豚みたいなゲージツこじらせ女とセックスしてろ童貞。こっち見んな色気づくな。
その話は終わり。
大事なのは今日これからどうやって生きるか。過去は捨てる。いさぎよく。
つまり私もおじいちゃんを筆頭とするこのファッキン一家を捨てていこうと思うのです。
だって私には大好きすきピな彼氏がいるし。受験して受かっても受からなくても、頑張ってバイトして家でて一人暮らししながら彼がまいにち遊びに来るそこで楽しく暮らすんだ。
キャバ嬢でもなんでもやったるわあい。
おばあちゃんには申し訳ないけどね。
わが家の守護神で、つまりおじいちゃんの暴走を止められる唯一の人だったので、彼女に先に逝かれておじいちゃんは狂ってしまったというか、もともと狂ってたから位牌を燃やしてスモークサーモンを作ったりするような人だから。
おかげで今も魚臭いんだあ、お仏壇。
でもそんな家でよくパパが育ったよねという話なんですが。
どうもおじいちゃんはナントカ技師みたいな才能があって、たまにふらっと人に連れられて家を空けると、数ヶ月後に鞄に札束を詰めて持って帰ってくるらしかった。なにそれ。
でもって、なんかご遺産様とかいうのがあるらしいんです。
なんかいやな話になってきたね。
おじいちゃんが死ぬとドーンとお金が入ってくる。ドーン。
どのくらいドーンかというと、ちんこと私の学費やら奨学金をすぱーっと払ってうちが建て替えられて、パパとママは世界一周旅行に行って、あとあとなんかそんな感じ。色々とね。
パパとママの気苦労とかを知ってたら、そのくらいのご褒美があってもいいでしょ。と思うし、私もすすんでアパート代のためにおじさん達に股開きたくなんかないわけです。
であるからして、おじいちゃんごめん死んでよ、ほんと早いとこ。
という、私たちの切実な願いを聞き入れないかのようにおじいちゃんは今日も悪意ある存在でいるんだな。
あー、また、ほら。あーーあーあ。
あーーーーあーーーあーーー!
いや待てよ、ジジイそこにいるの私の彼ぴじゃんまって、は?
何してんのっていうかその女だれ、うちなんですけどここ、美大生じゃねえよお前のダチかよ、ちんこ。
なに森の少数民族のブスが色目使ってんだよ私のだし。おめえもデレデレしてんなよ。
あー。もう。
あーーーー!
私の人生って一体なんなのかなーーもうほんと。
死ね。死ね。
しね。しねしねしねしね、しーーねっ。
ねえおじいちゃん死んで。
死んで。死んで。
京都で買われた木刀が傘立てから抜かれて、戸口からあっという間に遠くなるひょろひょろの甚平すがたの背中にむかって。
ローファーが道路を蹴る音が、そのうしろを、ずっとずっと追っていった。
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