私的国語辞典_表紙絵2

私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション93『コピー(こぴー)』

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作者駐:
 『私的国語辞典』は全文無料で閲覧が可能です。ただ、これらは基本『例文』となっておりますので、そのほとんどが未完となっています。
 基本的にそれらの『例文』は続きを書かないつもりではおりますが、もしどうしても続きが気になる方は、投げ銭して戴ければ有料部分に続きを執筆いたしますので、よろしくお願いいたします。
セレクション93『コピー(こぴー)』(763文字)


「……もうやだ」 

ぶつぶつと愚痴を漏らす彼女に曖昧な笑みを浮かべ、僕はコピー機のボタンを押す。機械に取り付けられた小さな画面にコピー作業中の表示が出たことを確認していると、ねえ、と彼女が声をかけてきた。 

「これだけコピーすれば、もう十分なんじゃない?」 

彼女の同意を求める声に、しかし僕は苦笑いで首を振る。 

「決めるのは僕たちじゃないもの。いずれ連絡が来るさ」 

僕の諦めに似た口調に、彼女は信じられない、と憤慨する。 

「いったいどれだけコピーしてきた、と思ってるのよ!億とか兆とかじゃ済まないんだからね!」 

激昂する彼女を機械越しにまあまあ、となだめつつ、僕は機械の様子を確認する。 
いっそのこと壊れてくれれば、こんな作業もしなくてすむのだけど、遥か昔からコピーを作り出しているはずのこの機械は、一度も壊れることがなかった。 

「まあまあ、じゃないわよアダム!あれからどれだけの間ここに居ると思う?!」 

彼女の声が更に大きくなる。 
まるで『彼』に聞かせるように。 

「ずっとよ、ずっと!あんな、……あんな、蛇に唆されて林檎食べただけで!」 

彼女は怒りを吐き出しながらぐるり、と何もない室内を見回す。 

「たったそれだけで、なんで数千年もこんなとこに閉じ込められて、あんな奴のコピーを作り続けなきゃいけないのよ!」 

彼女……イヴが怒鳴り終えると同時に、機械からコピーが吐き出されて来る。 
いつもと同じ、小さく丸まった胎児の形をしたそれは、
この後地上に棲息する『人間』という名の成長したコピーの体内に送られる事になる。 

イヴはもうやだよう、と力無くつぶやき、泣き出しそうな表情で天井を見上げる。 


ごめんな、イヴ。 
僕はこのままで良いんだ。 

だって、ここならずっと君と居られるんだから。 


僕のそんな思いが届いたのか、排出トレーで丸くなっていた胎児がぴくり、とその身体を震わせた。 

(763文字)

『コピー(Copy)』
 [名](スル)
  1 写し取ること。複写。模写。また、そのもの。「―を取る」「資料を―する」
  2 コンピューターで、ペーストを目的として、文章・図形などのデータを一時的にメモリー上に複写すること。また、デジタルデータを複製すること。ハードディスク、光ディスク、メモリーカードなどのデータを、ある記憶媒体から別の記憶媒体に複製すること。→ムーブ →コピーワンス →ダビング10
  3 物まね。模倣。「ブランド品の―」
  4 広告の文章。広告の文案。

(大辞林より引用)

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