私的国語辞典_表紙絵2

私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション60『空(くう)』



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セレクション60『空(くう)』(325文字)


                                                                    

僕は河原の土手に寝転がり、何をするでもなく、ただぼんやりと空を眺めていた。
河原から親子連れのはしゃぐ声や野球の練習の掛け声、土手の左手からはカップルの楽しげな会話が聞こえる。
(恋人、か)
うらやましい、と正直に思う。
好きな人がすぐ傍に居て、
好きな人と同じものを見て、
同じように笑い合える。
(……紗耶)
僕は右手を真っ直ぐに伸ばしたが、握り締めた右手は虚しくを切った。
そう。
昨日と同じように、を切ったのだ。
(あのとき、)
僕は握り締めた右手をじっと見詰める。
(躊躇せずにいたら、)
突然視界がぼやけて、自分が涙を流している事に気づく。
(紗耶、君は、)
胸の奥から熱いものが込み上げ、それが嗚咽となって吐き出されてきた。
(今ここに居てくれただろうか)
日曜日の昼下がりの河原の土手。
ありふれた日常の光景の中で。
僕は一人きりで、失った大切な人の為に泣き続けていた。


(325文字)

『空(くーう)』
 [名]
  1 天と地との間。大空(おおぞら)。空間。「―を切る」「―をつかむ」
  2 《(梵)śūnyaの訳。うつろであること、ない、の意》仏語。すべての事物はみな因縁によってできた仮の姿で、永久不変の実体や自我などはないということ。
  3 「空軍」の略。「陸海―」
 [名・形動]
  1 何も存在しないこと。また、そのさま。うつろ。
   「彼は―な懐(ふところ)をひろげて」〈藤村・家〉
  2 事実でないこと。よりどころのないこと。また、そのさま。
   「決して自己弁護の―な言草じゃあない」〈里見弴・今年竹〉
  3 無益なこと。また、そのさま。むだ。「今までの努力が―に帰した」

(大辞林より引用)

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