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『いつかあの並木道の下で』

この作品は、リレー小説企画『片想い~l'amour non partagé~』の追加仕様である『片想い~Deus ex machina~』参加作品となります。

登場人物については最後に掲載します。


『いつかあの並木道の下で』 ならざきむつろ 作


「いらっしゃいま――」

からんころん、と軽やかに鳴り響くドアベルの音に声をかけようとした俺は、いつものように笑みを浮かべながら入ってきた彼女――羽島観由を見てああ、と続けた。

「なんだ羽島さんか」
「なんだ、ってのは失礼じゃないかな。お客さんよ、これでも」
そういってそのスッと通った頬を膨らませる羽島さんのその頬にほんの少しの違和感を覚えて、俺は少し心配になる。
彼女とは去年気まぐれに参加した同窓会で再会してからの付き合いだけど、高校の時と変わらず粗雑でそそっかしくて気分屋で空気を読まないダジャレを言う人だから、せっかく勤め始めた洋服店で、ともすれば人間関係で苦労でもしてるんじゃないだろうか。
「――なんなの、そんなじいっと見て」
彼女の言葉に我に返る。
「ああ、いや、ごめん」
思わず詫びてふと、彼女と話すといつも謝ってばっかりだな、と気づく。
「ちょっと。そんな笑いながら謝られても気持ちが伝わってこないって」「え?笑ってた?」
「うん。そりゃもう」
彼女はしょうがないなあ、と続けながら俺の前――たくさんのケーキが並んでいるショーケースの前に立つ。

さっき感じた違和感は、まだ彼女の頬に残っていた。

「で、今日は何を?」
俺はその違和感のことをいったん脇において、ケーキ屋の店員として彼女に声をかける。
「んー……おすす」
「今日はチョコレートフィナンシェかな」
言わせねえよ、って勢いで返してやる。
「はやっ、最後まで言わせてよ」
すかさずツッコミを入れつつ、でもやっぱり気になったのか、ショーケースをチェックし始めている。
「でも、コッテコテなおススメだよね、チョコレートとか」
「そりゃあ、もうすぐバレンタインだし」
俺は何の気なしにそう返して、そっか、と今更のように思い出す。

そっか、バレンタインが来るんだな。

「――なんかさ、ここでバイトして正解だったんじゃない?新庄って」
ケースを眺めながらそう口にした彼女に目を向ける。
彼女の顔の動きに合わせて、ウエーブのかかったひと房のピンク色の髪が揺れる。
「正解って、なんで?」
「だってほら、あの新庄がバレンタインを忘れてないんだし」
「待った、僕がいつ――」
「三年のとき」

言い返そうとした俺にさらっと返してきたその羽島さんの言葉に、当時の情景がまざまざと思い出される。

「ああ、あの時」
「ありえないから。存在すら忘れてたし」
「そりゃ僕みたいなのにチョコくれる人がいるとは思えなかったから」
「まあね。だからあげたんだし。かわいそうだから」

さらっと、しかしわざわざ強めに『かわいそう』とか言われて、でもその通りだから返す言葉がない。

「どうせその調子なら、今年も予定とかないんでしょ?」
そう続けた彼女の、そのいつもとは違う強引な流れに、朴念仁の俺でもようやく話の流れが理解できた。

ああだから緊張してたのか、と。

「あ、そうだそうだ、今日来たのはさ、ライブに誘おうと思ったんだった」
「え?ライブ?」
理解したつもりの予想と違う話が出てきてびっくりする俺に、そうライブ、と返す彼女。
「いやほらその友達が行けなくなってチケットくれたんだけどほら私こんなだから新庄以外に一緒に行くような人いなくてもしかしたらイブなら新庄も休み取ってるかもって思ったんだけど――」
一気にまくし立てたその語尾を尻切れトンボにしながら、彼女はどうかな、と上目遣いに見つめる。
そのまなざしの必死さに一瞬どう返して良いのか迷ったけど、だからこそちゃんと返事しないといけないような気がして、俺は背筋を伸ばす。
「ごめん。そのライブって『バレンタインイブライブ』でしょ?新宿の」
「あ、うん。――知ってた?」
「知ってた、って言うか、もうチケット持ってる」
俺は努めて苦笑いにならないよう笑みを浮かべて見せると、彼女は大きくため息をついてからそっかぁ、とつぶやいて、そして力なく笑った。
「ってことは、予定あるんじゃん。やるなあ新庄も」
そうおどけた彼女はもう一度そっかぁ、とつぶやいて、肩の力をすうっと抜く。
軽口をついた口が少し震えているのは見ない方がいいんだろう。
「予定、ね――ある、って言えるようになるといいんだけどな」
俺はそう返して、レジの横に置かれた小さなバスケットへと目を向ける。
そこには俺がここに来て初めて商品として作らせてもらえた、ビスケットの詰め合わせが入っていた。

リスの形をかたどった、小さなビスケットが。

「――なんかさ」
思わず口から出てきた言葉。
ここで、この場面で口にするべきじゃないことを言おうとしている気がするけど、自分の奥底に溜まっていた何かがもう止まらない。

「誰かを好きな人を好きになる、って、きっついよな」

それから俺は、全てを語った。
大学に入って好きな人ができたこと。その人が別の誰かを好きで、その誰かはその人の親友ともうすぐ結婚すること。
そして、俺が自分の想いをカモフラージュするために、その親友が好きだ、と彼女に思わせていること、を。

「――ばっかじゃないの」
話を終えたあとの静寂を破ったのは、羽島さんだった。
「で?今度のライブにはその――誰だっけ、薫さん?を連れて行って、気を紛らわせようとでも思ってんの?」
畳みかけるように吐き出される彼女の言葉を、俺はただ受け止める。
「そんでなに?『僕はこれからも親友としてそばにいるよ』とか言っちゃったり?はっ、バカじゃんそんなの」
そう続ける彼女の目に、いっぱいの涙が溜まっている。
まるで嗚咽のような言葉が、彼女の口から吐き出されていく。
「言えば良いじゃん。実は君がずっと好きでした、ってさ!」
彼女から吐き捨てられたその言葉が、俺に深々と突き刺さる。
「あんたは一生これからずっと、その子に縛られ続けんだよ?その子から逃げ続けて、自分の気持ちから逃げ続けんだよ?」
「羽島さ――」
「私はそんな弱虫を好きになったんじゃない!優しいけどまっすぐ生きてるあんただから好きになったんだ!」

下を向いて嗚咽混じりにちくしょう、と続ける彼女の、そのウェーブがかったピンク色の髪が揺れていた。

まるで怯えているように、揺れていた。


「――俺さ」
少しの静寂の後。俺は小さく息を吐いてから口を開いた。
「大学卒業して二人の結婚式に出席したら、フランス行くんだ」
「え?」

俺の言葉に顔を上げた彼女。
その目はうさぎみたいに真っ赤になっていた。

「ここでバイト初めてさ、菓子作りの楽しさ知っちゃってさ。使いそびれてたバイト代使ってあっちに行こうかな、って」
「パティシエの修行、ってこと?」
「できるならそうなりたいけど、そうじゃなくても菓子に関わる仕事には着きたいかな、って思ってる。製粉業とか、リキュール作りとか」

俺の応えに、ふうん、と返す彼女の声が、ようやくいつも通りに戻った気がする。
緊張のない、自然体の彼女に。

「俺はきっと『大介を好きな彼女』が好きで、だからもし『俺を好きな彼女』だったら好きにならなかったと思う」
「そんな――」
「そうだよ。だって俺、俺のこと嫌いだから」

そうなんだ。
俺は、今の俺が嫌いだ。
何もしていない、何も持ってない俺が。

「だから行きたいんだ。自分を好きになってくれる人を好きになれるように」
「――そっか」
彼女にも向けたその言葉に、いくぶんそっけなく彼女が返す。
「ま、そっちの方があんたらしいもんね。朴念仁でぶきっちょで」
そう言って笑う彼女に、俺も頬が緩む。
「ありがとな」
「なにがよ」
「いや、なんとなく」
俺の応えになによそれ、と彼女が返し、
そして俺たちは、バカみたいに笑いあった。



「今日は盛り上がろうね、道隆」

2月13日。
ライブ会場に向かう途中の通りで、薫が笑って言う。

「うん。――あのさ」
「なに?」
俺が声をかけると、薫は笑顔で俺を見上げる。
「ライブが終わったら、話したい事があるんだ」
「え?なになに、今じゃダメなの?」
すっごい気になる、って顔に書いてある彼女に苦笑いを返して、俺は先を急ぐ。


ライブ会場へ。
そう、君たちがいる、その会場へと。

(了)


【登場人物紹介】

新庄道隆(しんじょうみちたか)
大学四年生。身長195cm、血液型はA。口下手で恋愛下手で自分に自信がない。成績は普通。顔も普通。メガネ男子。ケーキ屋アルトでバイトをしているうちに菓子作りに興味を持ち始める。
初出:第1話『並んで歩く。
羽島観由(はねしまかゆ)
専門卒後、洋服店の店員になって一年。身長165cm、血液型はO。笑えないギャグを放つ。きつい言葉も放つが、爽やかでちょっと男っぽい性格。顔はまあまあキレイ。髪は肩までのパーマで茶色。一房だけかすかにピンク色。おしゃれ好き。
初出:第2話『ブルーベリーチーズに恋をして』
三枝薫(さえぐさかおる)
大学四年生。身長158cm、血液型はA。人見知りで気弱で素直で真面目で気遣いの人。おとなしい頑固者。リスっぽい。卒業後は小さな設計事務所に就職が決まっている。
初出:第1話『並んで歩く。
五嶋夏姫(ごしまなつき)
大学四年生。かなりの美人。血液型B型。性格は明るく社交的。
初出:第1話『並んで歩く。
川浦大介(かわうらだいすけ)
大学四年生。血液型AB型。性格は温厚。春からは新聞社勤務が決まっている。
初出:第1話『並んで歩く。

※なお、表紙の写真は写真ACにてお借りしました。

http://www.photo-ac.com/main/detail/202782?title=%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%AE%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%AD

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