私的国語辞典_表紙絵2

私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション78『消す(けす)』


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セレクション78『消す(けす)』(900文字)




人間というものは不思議なもので、深夜に一人で過ごしていると、気がつけばテレビのリモコンを手に持ち、なんとなくテレビをつけっぱなしにしてしまう。 

今も僕は入りたてのCSのリモコンを持ち、特に観たい番組もないまま次々とチャンネルを切り替えていた。

名前も知らないコメディアンのはしゃぐ姿や通販番組、海外のよくわからないスポーツ等をぱっぱと切り替えながら、僕は観たい番組も決められないダメ人間なんだ、と凹み始めたとき、突然画面が暗転し、思わずリモコンから手を離す。 

「故障……じゃないよな」 

僕はテレビに近づいて、画面を凝視する。 
どうやら画像が暗いだけで、故障ではないらしい。 
暗い画面の中央に、何かが居るのが見える。 

「……人、か?」 

私はもっと良く観ようと、慌てて部屋の電気を消し、改めて画面を見つめる。 
そこには、一人の男が身動きもせずに、俯いて座っていた。 

「……なんだ、これ」 

僕は嫌な予感を覚えつつも、なぜかチャンネルを替える気にならず、ただぼんやりと画面を見つめている。 

ふと。 
気がつけば、テレビの向こうの男が顔を上げて、私をじっ、と睨んでいた。 
照明が無いためどんな顔かは解らないが、両の目だけははっきりと見える。


『……せ……』


突然。 
テレビから、微かな声が聴こえてきた。 
まるで地の底から響いてきたようなその声に、僕の身体が震える。 


『……せ』 


また聴こえた。 
僕は焦りながら手元のリモコンを取り、なぜかボリュームアップのボタンを押す。なぜだろう、画面のボリュームゲージが上がるに併せて、画面の男が近づいて来ているように見える。 


『……消せ……』 


今度ははっきりと聴こえた。 
消せ、だって? 


『……消せ』 


間違いない。 
男は消せ、と言っていた。 
地の底から響くような声で。 

気がつけば、男は画面の向こう側の、僕の目と鼻の先まで近づいている。 

その目の奥に、なぜか僕が写っている。 


『……消せ!』 


男の声が頭の中を駆け巡り、僕は思わず電源ボタンを押した。 

電源の入っていない真っ暗なテレビを見つめながら、僕は最後に観た男の目を思い出す。 

画面がブラックアウトする直前に見えた男。 
まるで僕を嘲笑っているかのように見えたのは、気のせいだったのだろうか。 

(900文字)

『消す(けーす)』
 [動サ五(四)]
  1 燃えている火をなくならせる。「たき火を―・す」「ろうそくを吹いて―・す」
  2 電気機器のスイッチを切ったり、ガス栓をひねったりして、その働きを止める。「電灯を―・す」「ガスを―・す」
  3
   ㋐ぬぐったり塗ったりして、今まで見えていたものを見えなくする。「黒板の字を―・す」「壁の落書きを―・す」
   ㋑姿を見えなくする。行方をくらます。「忽然(こつぜん)と姿を―・す」
  4
   ㋐今まであったものを取り去ってなくす。存在や形跡をなくす。「証拠を―・す」「痛みを―・す薬」
   ㋑吸収するようにして、音やにおいなどをなくす。「話し声が騒音に―・される」「魚の臭みを生姜(しょうが)で―・す」
  5 否定する。うちけす。
   「何か手懸りは有りそうなものだねと、お京の言うを―・して」〈一葉・わかれ道〉
  6 空いた時間を費やす。時間をつぶす。月日を過ごす。
   「それ迄は何処(どこ)かに時間を―・さなければならぬ」〈森田草平・煤煙〉
  7 殺す。「裏切者は―・せ」
  8 歌舞伎の用語。
   ㋐下座音楽をしだいに弱めていって止める。
   ㋑黒子などが舞台で不必要になったものを片付ける。
  9 非難する。けなす。
   「その話は古いぞ古いぞと―・されければ」〈咄・露がはなし・一〉
  10 (「肝(きも)をけす」の形で)非常にびっくりする。肝をつぶす。
   「沖に釣する舟をば敵(かたき)の舟かと肝を―・し」〈平家・灌頂〉

(大辞林より引用)

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