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18.書店は居酒屋トークする場所ではありません。

「とにかく心を落ち着けよう…」

北千住駅から出て、目と鼻の先にあるデパートの書店で、私は自分に言い聞かせていた。
ポーズで手に取った雑誌を持つ手が震えている。
なぜなら、当時片思いしていた人に大迷惑かけて失恋した直後だったから。

類は友を呼ぶ。
色恋沙汰にポンコツな私の知人女性は、やはり色恋にポンコツな訳で。
真面目で情に厚い優しい人だったが、今思えば、中学生並みの恋愛頭脳しか持っていなかった。
そんな人に共通の知人に片想いしている話を、なんとなくしてしまったのが運の尽き。

「2人は絶対うまく行くと思うの」

そんな檄を飛ばしてくれた。
彼女と会う約束をすると、私にサプライズで必ず彼にも声をかけてくれた。
最初の1〜2回はありがたかった。
でも、仕事が多忙を極める人を、いちいち私の名前を使って呼び出されるのは、さすがにマズイ。
「相手に迷惑だからやめてほしい」と頼んだが、彼女は聞く耳を持たなかった。

それで目が覚めた。
迷惑かける不毛な片思いはやめようと決心し、その旨彼女に伝えた。

でも。

どういう訳か、彼女のおせっかい心に火がついてしまった。
その日も私の制止を無視して、彼に連絡してしまった。

『今これから急いで仕事に出かけます』
そう言われたにもかかわらず、彼女は私の名前を伝えて長話を始め、オロオロする私にいきなり受話器を渡してきた。
「お久しぶりです」と挨拶して、早く電話切らねば…と焦る私はそのまま言葉を失う。

「え?席外してくれるんじゃなくて、それ!?」

私の目の前で、彼女が「誘え〜告白しちゃえ〜」と言いながらニヤニヤしていたのだ。
当時、彼女は50過ぎていたはず。
やはり色恋にポンコツだった。

固まって言葉を失う私が握る受話器越しに伝わってくるのは、愛情でも友情なく、仕事を邪魔された彼の怒りだけだった。

自分から諦めて終えるのと、相手に拒否されて終わるのは雲泥の差だ。

落ち込む私を慰めようと思ったらしい彼女に『ランチ行こう』と半ば強引に連れてこられたのが、北千住駅最寄りのデパートだった。
あとから沸々と湧き上がってきた、彼女へのやり場のない怒りを鎮めるために、一旦、彼女から離れようと書店でクールダウンしたのである。

このまま、もう帰ろう。
ランチはキャンセルしよう。
そう思った途端。

「ねえ?聞いてもいい?」

彼女が私の横にスーッと寄ってきて、普通に喋る声で話しかけてきた。

「睦菜ちゃん、本当は彼のこと好きじゃないでしょ?だって、せっかく話せるチャンスだったのに、なにも話さなかったじゃない!好きなら楽しくおしゃべりするでしょう?」

彼女の声に周りの人が振り返る。
ここは静かな書店である。
賑やかに憂さを晴らす居酒屋ではない。

「そ、そんなことないです…」

失恋公開処刑のような状況に、そっと答える。

「そぉかなぁ?なんか好きってのが伝わってこなかったわよ。彼もあれじゃ、睦菜ちゃんの気持ちわかんないと思うなぁ…」

こ、声がデカい。
居酒屋トーク並みの恋バナを始めてしまった。
チラチラ視線が痛い。

「とりあえず、ここ出ましょう」

そそくさと伝える。

「ええ!本買わないの?買うために入ったんでしょう?睦菜ちゃん、なんかおかしいよ?」

いえ、ここ入ったのは、あなたの空気読めなさ感への怒りクールダウンのためです…とは言えず、「欲しい本がなかったから」と嘘をつく。

「本が好きな人って、本を買わないで本屋から出ることあるの?睦菜ちゃん、読書好きなんだよね?ん〜、なんか元気ないね、お寿司食べよっか!」

そりゃあるよ…

読書も大好きよ…

でも、それ以上に、さっきの件で気持ちがグダグダなんです。

正直に言えず、結局、寿司ランチにも連行され、そこでも私は反省会をさせられた。

そして、時を経た今でも書店雑誌コーナーで、友人知人がスッと横にやってくるのが苦手である。

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