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映画『12ヶ月のカイ』成長記録|2021/05/18

勉強というより妄想

 大手現場の優秀な撮影体制を目の当たりにすると、もし自分がこれくらいの規模で撮影出来たらどうするだろう…という妄想が膨らみます。各部署見習いが入れるレベルの人数と、確立した衛生班がいて、何かあったらすぐ医療機関に連絡出来る部署もある。恵まれているというよりも今はこういう体制を作るべき時世なんですが…。なかなか普段の規模的に満足なスタッフ配置が出来ない事が多いので、ここまで安心して撮影に臨めるのは本当にラッキーな案件だと思います。

 あと、2カメだったり、撮影部照明部の人数がしっかりいるのも大きく影響あると思う。ドラマ的な特徴なのか、ほぼ1テイクでOKが出ているのも大きい。本当に現場がスムーズです。驚くほど…。

 …いや、いつもの現場に不満を言うわけではないんだけれども…。にしても、数の理というものは戦国時代から今に至るまでしっかり存在していたのだな…と改めてしみじみ感じました。勝つには数字が大事。人でもお金でも。

 大きな作品に入る時、勉強しに行くという気持ちが最初はあるんですが、それでも始まってしまうと、吸収するというよりも「こういう時だったらどうするかな」と自分に置き換えて妄想してしまいがちな気がします。「自分だったらこうする」という時もあれば「自分にはこうは出来ない…」(から、出来るようになりたい)ということも。後者の方がどちらかというと多いような気がするけど、、、

 次の自分の監督作では願わくば、初めての2カメ体制も体験してみたいものです。それにはまあそれなりの予算規模の企画じゃなきゃいけないんだけども…。

体制をアップグレード出来たら『12ヶ月のカイ』をリメイクする?

 これはまあ凄く魅力的ではありますが、私だったらしないと思う。

 そもそも、制作体制が貧弱な「自主映画」なりに出来る最大限の面白さを、下手なりに考えて撮ったものが『12ヶ月のカイ』なので、もしカイよりもっと恵まれた体制・予算があるのであれば正直別の企画を撮ります。「カイの世界観を活かした別の物語」を撮る可能性もある。その方が、新しい物語を観客に提示できるし、私たちも新しいことを考えられるので、純粋に脳みそが喜ぶと思う。

 映画ってもともと「新しいものを見せる」ためのツールだったわけで、その根幹は100年後の今でも失ってはいけないものなんだと思います。映画・映像の体験自体はもうあまり大きな変化はないかもしれないけど(って言ってもVRとか超革新的な映像体験もあるけど)、人間にとって「新しい物語」はまだまだあると思うんで、やっぱりそこに重点を置いて、一度撮った物語は大切にしつつも執着しない形で、映画とは付き合っていきたいです。


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