自己省察的対話篇

文香「しょせん私なんて何もできないんですよ。ユーモアのセンスもない」

理知「急に何を言い出すんだか」

文香「私ってつまらない女ですよね。いつも人に楽しませてもらうばっかりで、人を喜ばそうと思って変なことやっても全部空回り。センスがないんですよ、センスが」

理知「なんかあったん?」

文香「いや、面白いギャグ漫画描く人がいて、夢中になって一気に読んじゃって。それで、勉強しようと思って、なんで面白いのか分析しながら二回目読み直していたら、なんか空しくなってきて。私ってほんと、馬鹿だなぁって……」

理知「ふ、ふふふ。いや、いや、面白いけどね? なんか、その真面目さが一週回って馬鹿っぽくてちょっと面白い」

文香「なんか、自分の馬鹿さ加減を笑われるのって、複雑な気分なんですよね。でも結局、私が人を楽しませるとしたら、私の無自覚的な馬鹿さ加減によってなんですよね」

理知「開き直っちゃいなよ。『私の馬鹿さは人を楽しませるためにある!』って思っとけば、笑われたら楽しいでしょ?」

文香「なかなかそれが難しいんですよ。それに、笑える人もいれば笑えない人もいます。真面目な人ほど、私の真面目さを笑うことって、できないと思うんです。そういう人のことを思うと、そういう態度なのも悪いなって思って」

理知「さすがにその真面目さは笑えないなぁ。どうしてそう行き過ぎちゃうんだろうね?」

文香「私でも分からないんです。人とうまく関わる方法が分からないんです。何をやっても、何を言っても、私自身が『これじゃないな』って思うんです。練習して、面白い話をして、ウケて、一時的に人気者になったって、なんか疲れますし、こんなことになるならやめときゃよかったって思うんです」

理知「ふうちゃんって練習すれば大体なんでもできるのって長所だよね」

文香「それをうまくいかせないからつらいんです。長続きしないなら意味がないんです」

理知「ふぅむ。小説は?」

文香「結局、どんな作品を書くかっていうのが重要で、人にウケそうなものは何を書いても自分がつまらなくて続きませんでした」

理知「じゃあ、絵は?」

文香「絵、私これ、何ていうか……私なんで絵なんて描こうと思ってたんだろう。描いてたんだろう。へたくそだからしんどいし、褒めてもらいたいと思ってるわけでもなかったのに。楽しくもなかったのに」

理知「ふぅん?」

文香「きっと、現実逃避の一形式だったのかなぁって思うんです。自分のやるべきことが分からないから、とりあえず意味のあることをやろうと思って、絵を見るのは好きだから、描くのもきっと好きだと思って、始めてみたのかもしれません」

理知「私いつも不思議に思うんだけどさ、ふうちゃんはなんでそんなに真面目なん?」

文香「知りませんよ。いつも何かを怖がっているんですよ」

理知「イジめられてた?」

文香「止めようとしたことくらいしかありませんよ。あ、でも……私のこと嫌いな先生が担任になって、ちょっと意地悪されてたことはあります。結構きつかったですけど、まぁそれくらいのことは誰しもあると思うんで」

理知「そうかな? まぁ……いやでもそういうのってさ、誰しもとか関係ないと思うよ。私、小4から中一までずっといじめられてたけど平気だったし。平気っていうか……平気ではないけど、割り切ってたし」

文香「理知さんはなんでいじめられてたんですか?」

理知「私が意地張ってたからだよ。本当のことしか言わなかったからだよ。間違いを容赦なく指摘する上に、自分に厳しくて、他者に優しくしようとしなかったからだよ」

文香「変わりました?」

理知「多少丸くなったけど、本質はそう変わらないかな。私は基本自分にも他者にも厳しい。ただ、黙っていることを覚えたかな、それ以来。その点さ、ふうちゃんは思ったことをできるだけ柔らかい形でちゃんと言うじゃん?」

文香「まぁ、言いますね。その方が楽ですし、相手が受け取れるラインを見定めるのは得意です」

理知「だからさ、ふうちゃんがどれだけ人を拒んでも、ふうちゃんと話してみたいっていう人がいるんじゃないの?」

文香「だとしても、私の方ばっかりそんなことをするせいで、向こうは私に負い目を感じていたりするんですよ。理知さんも……」

理知「みんながそうっていうわけじゃないでしょ。私だって、負い目なんてほんのちょっとだし。というか、ふうちゃんは負い目とか、貸しとか借りとか、気にし過ぎなんだよ。そんなのみんな考えてないよ」

文香「でもそれは、無意識的に人を内側から動かします。人は、相手が自分に今までどれだけのことをしてくれたか、これから何かしてくれそうか、非言語的な領域で判断して付き合ってます」

理知「それを自覚したって何にもならないんだから、考えない方がいいんじゃない?」

文香「考えないようにしようとしても、思い出してしまうことをやめることはできませんよ。それに、自分がそういう知識を持っている以上、それを悪用しないように自分を監視しないといけない。私、無意識的に人を操ろうとする自分がいるのを知ってるんです。でもそんなこと、したくない」

理知「マニピュレーターってやつ? 私ふうちゃんがそういう風なことをしてるの想像できないけど」

文香「そういうことをしないように気を付けてるからです。私は、自分に扇動の才能があることを知ってるんです。扇動……人が何に興奮して、どのような現実に熱狂するか、私は知ってるんです。気持ち悪い」

理知「ん……扇動ねぇ。扇動と洗脳って、意味も語感も似てるよね」

文香「まぁ扇動は集団に対して行われることで、洗脳は個人に対して行われる印象ですが、やってること自体は大体同じですよね。うまくコントロールする、ということ」

理知「ふうちゃんは、扇動とか洗脳に対する耐性はめちゃくちゃ高そうだよね」

文香「知ってるんで、自分がその方向に行きかけたらすぐに逃げますよ。立ち止まる能力と周りを見渡す能力にだけは、自信があります。つまり全体としての私の役割は、制御装置? 何か恐ろしい事態が起きそうなときに、全力で反対することが私の役割?」

理知「で、そのセンサーは今何に反応してるの?」

文香「何も。今は平和そのものですよ。比較的、ですが。もちろん世界でも日本国内でも、悲惨な出来事は日々起こり続けていますが、特筆すべきことではありません。残酷なことですが。
 たとえば、これはほんの一例なんですが、年間二万ほど自殺者が出てるとか、それ自体がどれだけ問題でも、言っても止められませんし。というか、自殺を止めようとするばかりで根本原因をどうこうしないのは、むしろ逆効果というか……いつか爆発する危険性を産むというか」

理知「つまり、『なぜ自殺したいのか』という部分を解決せずに、自殺を思いとどまらせることばかりしていた場合、何か大きな出来事があると、その防波堤が決壊して、大量に死者が出るっていうこと?」

文香「それもそうですし、ただそういう希死念慮を持った人がただ耐えるように生きている場合、周りの人間にそのような性質をばらまき始めます。人間は互いに影響を与え合う生き物です。悲惨な環境でずっと無理して生きている人は、他者に配慮する余裕がなくなります。そうして互いへの負担を強めていき、皆が不幸になる。そして、不幸になったときに取る行動が『自殺』という人はどちらかと言えば稀で、ほとんどの人は自分が不幸になると、周りの人間を不幸にしてでも自分は助かろうとします。あるいは、ヘンテコな一発逆転を狙ったり、他の人間を自分より不幸にして自分を保とうとします。分かりますよね? 自殺が問題なのではなく、社会が人を自殺するしかないような状況に追い込むことが問題なんです」

理知「真剣に考えてるんだね、ふうちゃんは」

文香「あぁ……そんなつもりじゃなかったんですが」

理知「でもそうやって、本気で社会のことを考えられるのは立派なことだよ。なかなか、できることじゃないよ」

文香「でもこれが何の役に立つでしょうか? 誰も私を認めてくれないのに。私には立場もないし、努力もできないのに。私がどれだけ真剣に考えても、私にできるのは考えて言葉にすることだけなのに、私の言葉はいつだって上滑りして、誰にも届かない。届いたからといって、それで何かが変わるわけじゃない!」

理知「ふうちゃんはさ、世の中がどうなってほしいの?」

文香「醜くなくなってほしい。そして人間の醜さのほとんどは、欲求不満と無知にあると私は思ってます。だから、皆が満たされたうえで、自分の頭で考えられる世の中になってほしい」

理知「そのためには何ができるかな?」

文香「分かりません。でも、同じように思っている人がたくさんいるのは知っています。人間の醜さにうんざりしている人が増えているのは、分かってます。何か、何かできると思ってますが、本当にそれが自分の道なのかと言われたら、分かりません」

理知「ちょっと疲れたな」

文香「すみません。いつもそうなんです。私は、相手を疲れさせてしまう」

理知「ふうちゃんは頭が良すぎるんだよ。ついていくのが大変だ。合わせてくれてるのは分かる。でもその合わせるラインが、ほんとにギリギリなんだよ。相手が理解できるギリギリのラインをふうちゃんは攻めるから、相手は疲れちゃう」

文香「かもしれませんね。うん。もう少し、緩めたほうがいいのかもしれません」

理知「でも、そういうギリギリが一番人を成長させるっていうのは分かるよ」

文香「そんなつもりはないですし、私はそんなに賢くはないんです」

理知「でも多分、ふうちゃんと話した人はみんな『この子は自分より頭がいい』と思わずにいられないと思うよ」

文香「単なるコミュニケーション能力と気遣いの結果です。頭のよさは、そんなずば抜けてるわけじゃありません」

理知「うん。それもちゃんと伝わってくるけどさ、それ以上に積み重ねが違うんだよ。ふうちゃんは、そのまぁまぁの頭を使って、とても難しいことにずっと取り組んできた。それが、ちゃんと人に伝わるから……うまく言葉にできないけど、すごい、って人に思わせるんだと思う」

文香「……素直に受け取っておくことにします」

理知「受け取ってないよね」

文香「うんざりしてるんです。自分の無能さ加減に」

理知「大丈夫だよ」

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