人生はおもちゃのように楽しく愉快であるべきだ

「兄さん……」
「あぁムツキ。どうした」
「兄さんが恋しい。欲しい」
「ん? 何が欲しいの?」
「指が、肌が、温もりが」
「抱きしめればいいの?」
「頬を撫でてください」
「いいけど……」
「あぁ。こうしていると、昔を思い出しますね」
「昔?」
「覚えていますか? あの公園で、夕方、みんな帰っちゃったけど、私は兄さんがいるから6時になるまで帰らなくてよくて、それで二人きりであの青くて狭いトンネルの中で体を密着させて……」
「あぁそんなこともあったね」
「私が頬にキスすると、笑って肩を抱いてくれましたよね。ちょっと嫌そうでしたけど」
「そうだね。僕も恥ずかしかったんだ」
「私が誘ったんでしたっけ?」
「そうだよ。君が『兄さんこっちきて!』って無理やり手を引っ張ったんだ」
「私、結構おてんばでしたよね」
「わがままで、うるさかったよ」
「私、いい子になりましたよ」
「どこが? 君は今でもわがままでうるさいじゃないか」
「……確かにそうかもしれません」
「でも君はそれでいいんだ」
「こういうことをしても、いいんですかね? 死んだ人を、こうやって想像するだけじゃなくて、それを文字して、人に見せびらかして」
「どうせ全部フィクションになるんだ。僕の存在なんて、もう親すらちゃんと思い出してくれないんだから。いいんだよ、もう終わったことなんだから」
「私は自分の人生だけでなく、かつての最愛の人の人生もおもちゃにしちゃうわけですね」
「そうであるべきだよ。人生は、おもちゃのように楽しく、愉快であるべきだ」
「それは残酷なことなのではないですか」
「もし君が、おもちゃを丁寧に扱わないのならば、それを残酷と呼べばいい。丁寧に扱うなら、それを優しさと呼べばいい。おもちゃであること自体は真実であって、善でも悪でもない」
「……人生は、おもちゃ。フィクションにしかならないようなもの。本当に?」
「本当だよ。本当なんだよ。僕たちの精神はしょせん現象でしかなく、世界という大河の泡立つ波に過ぎないんだよ。だから僕たちは、太陽に照らされて、キラリと光ることだけ考えていればいい。それ以外、僕たちに価値はないんだ」
「私の中の兄さんは、現実にいた兄さんよりずっと詩的なことを言いますよね」
「それは君が、彼よりも詩的な人間なのだというだけのことだ。僕はしょせん……君の一部に過ぎない」
「それは悲しいことなのでしょうか」
「いいや、幸せなことだ」

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