自分用精神安定剤

あのね。
「何かな?」
私は、あなたみたいな人に誰よりも幸せになってほしいと思ってるの。
「うん」
どうしてだと思う?
「うーん……私のことが、好きだから?」
うん。それもある。他には?
「あなたに似てるから?」
うん。そうだね。私は幸せでいたいから、あなたみたいな人にも幸せであってほしい。そういう気持ちもある。他には?
「そもそもあなたが、誰かに幸せになってほしいってすぐ思う人だから」
そうだね。私はみんなに幸せでいて欲しいと思ってる。みんなが、明日がくることを喜ばしいことだと思って、毎日が楽しくて仕方ないような、そんな生活をしていて欲しいと思ってる。
「あなたは優しい人だからね」
ううん。優しくなれないんだよ、私は。優しくありたいと思うけど、実際に人と接していると、色々なことが怖くなってしまって、つい冷たい態度を取ってしまったり、心ないことを言ってしまったりするの。
自分かわいさに、手伝ってあげられることをほったらかしにしちゃったり、相手が困ってるのに見て見ぬふりをしてしまったり、そんなことばっかりで、自分が嫌になることばかり。
「あなたは優しい人だけど、優しくなれないんだね」
うん。人に優しくするっていうのは、とても難しいことだと思う。皆が放っておいている中、自分が率先して手を差し伸べるのは、本当に怖い。今までずっと放っておいたことを、今更どうにかしようって頑張るのも、すごく難しい。
「そうだね。でもあなたは、ちゃんと勇気を出して皆がやらなかったことをしようとしたことがある」
そんなことないよ。私は何も覚えていない。何も思い出せないんだ。私は多分、今まで何ひとついいことをしてこなかった。いいことをしたいって思ってるのに、結局はただ、他の人がやっていることに後ろからついて行っただけ。いい人のふりをしてきただけなんだ。
「そうかな」
そうだよ。私は弱い人間だから、誰かのために何かをすることができなかったの。だから、私も、誰かに助けてもらえなかったの。私が助けを求めたとき、誰も手を貸してくれなかったの。皆が、今まで私がやってきたみたいに、気まずそうに目を逸らしたの。私が、今まで誰かに対してそうしてきてたから……
「悲しいことだね」
うん。とても悲しいことなの。でも、そういうことがあっても、私は私のことが好きで、幸せでありたいと思ってる。
「私も、あなたには幸せでいて欲しいと思う」
ありがとうね。いつも。

特別じゃなくたっていいんだろうね。
「うん。特別じゃなくたっていいし、あなたは特別であろうとしなくたって、特別な人だよ」
どうしてそう思うの?
「あなたは素敵な人だから」
私にはそうは思えないよ。
「あなたがそう思えなかったとしても、ある誰かにとっては必ず素敵な人なんだよ」
私は、誰かにとっての特別な人になれるかもしれないってこと?
「なれる、じゃなくて、もうすでになってるんだよ。あなたは特別な人だし、あなたの周りの人も、みんな特別な人なんだよ。『普通の人』なんて、ただの妄想なんだよ」
でも、私の友達や家族は、すぐにそういう言葉を私に教えてくるよ? 普通はそう考える、とか。常識的には、とか。社会にとって、とか。世間が許さない、とか。義務とか権利とか平均とか、そういうことばかり、教えてくるよ?
「その人たちにも悪気はないんだよ。その人たちも、あなたと同じで、自分は特別じゃないんじゃないかと思って、不安になってしまっているの。優しくしてあげて。あなたがその人たちを特別な人だと思えば、その人もちゃんと、あなたを特別な人だと思い出すから」
そうだね。うん。きっとそうだと思う。ほんとはみんな、もっと自分が大切で、特別な存在だって思われていたいんだ。でも、この世の中では、そういう風に思ってくれる人はあまり多くなくて、みんなが自分の人生や、果たすべき義務のことで不安になってしまっているから、どうしても何が特別か分からなくなってしまう。きっと、そういうことなんだろうね。
「うん。ただ、目の前にいる人を大切にして、その人のために何ができるか考えて、毎日を楽しく過ごそうとしていれば、それだけで人は綺麗になるし、特別な人になるんだよ。人は頑張ろうとすればするほど不安になって、頑張った分だけ人より特別な存在になれると思おうとしてしまう。他の人より優っていたいと思う気持ちが、人を平凡で悲しいものにしてしまうんだ。人は頑張らなくたって、ただ目の前の人のことを大事にして、思いやりの気持ちを持って、毎日を楽しく丁寧に過ごしていれば、それだけで特別な存在でいられるんだよ。かけがえのない、たった一度きりの人生を、何よりも素晴らしいものとして感じられるんだよ」
きっと、あなたの言っていることは正しいんだと思う。
「退屈だと思わないで、我慢強く、じっと見つめよう。私たちの人生は一度きりだから、どんな人との出会いも、関わりも、特別なものなんだよ。客観的にみる必要なんてないんだ。そういうのは、お仕事やお勉強の時だけでいいんだよ。あなたはただ、あなたの感じたことを大切にして」
うん。そうしたい。そうしようと思う。
「勝ち負けなんて気にしないで。ただあなたができることを、我慢強く探してみて。あなたにもきっと、やるべきことがある。それがあれば、あなたはもう、自分のことでも、他の人のことでも、悩まなくて済むから」
でもそれは、自分自身や、世の中の問題から、逃げることじゃないのかな?
「逃げたっていいんだよ。逃げた方がいいこともある。人には向き不向きがあって、あなたはあなたひとりで生きているわけじゃないんだから、苦手なことは他の人に任せてもいいんだよ。あなたはただ、あなたがやらなくちゃいけない、あなたにしかできないことをやればいい。あなたには、あなたにしかできない仕事がたくさんあるんだから」
そうなのかな。私にはまだ何も分からないよ。
「焦らないで。無理をしないで。怖がらないで。あなたはきっと大丈夫。あなたはちゃんと進んでる。だから、あなたがこれまで歩んできた道を否定しないで、これまで通り、少しでも人に優しく接しようと心掛けて。あなたにひどいことを言う人にも、あなたは優しくしてあげて。皆に嫌われている人がいても、あなただけはちゃんと優しくしてあげて。でも、決して他の人の言いなりになったり、他の人の気持ちのために嘘をついたりしてはいけないよ。好きになれない人を好きになろうとしたり、嫌な気持ちになった時に、嫌な気持ちを隠しちゃいけないよ。あなたは優しい人だから、その時どうするのが自分とその人にとって一番いいかよく考えて行動しよう。そうすれば、あなたはきっと大丈夫。特別な人として、素敵な人として、生きていくことができるよ」
あなたの言うことを信じたいと思う。でも、信じられないこともあるかもしれない。
「その時は、ゆっくり休もう。あなたには時間がある。焦らなくてもいい。あなたは今でも十分に幸せだし、この先もっと幸せになれる。だから、自分を見失わないで。ゆっくり、確実に、自分のペースで前に進もう。あなたは特別な人だよ。決して、無駄な存在なんかじゃない。あなたはあなたの感覚を信じて。あなたの本心と、愛情と、希望を、決して捨ててしまわないで」


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