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ボーイ・ミーツ・ガール

――あのさぁ。

 彼は下着をはいてTシャツを身につけたところだった。わたしはまだベッドの上でうつ伏せになって、足をゆっくりとパタパタ、バタ足のように動かせていた。面と向かって聞くのが怖くて、目だけ上げて彼を見た。

「何? どうかした?」

答えるべきか迷う。ううん、聞くべきか迷う。こういう時は聞かない方が礼儀にかなっているんじゃないかと思った。だから最中につかまりたい『名前』がなくても、その腕や肩にすがってなんとかやり過ごした。だからわたしは、なんでもない、と答えたんだけど。

「あのー、答えたくなければ言わなくていいんだけど『名前』を知りたかったの。それだけ」

「『名前』……アキだよ。知りたいなら先に聞けばよかったのに」

だってこういう時はいろんなこと、聞いたらいけないって思ってたんだもの。物事には、たとえそれが遊びでもルールがある。『アキ』というのも偽名かもしれない。

「わたし、ミフユ。なんかあれだね、秋と冬って感じ」

 自分から言っておいて寒そう、と思った。それはそうだ、一夜限りのつき合いだもの、心温まるストーリーなんてあるわけがない。無意味に動かしていた足を止めて、腕を枕のようにして頭を乗せた。

「いくつ?」

「あ、わたしハタチ。専門出たんだけどまだ就職が決まってないみたいな。つまりフリーター」

 ついおしゃべりが過ぎてしまう。聞かれていないことまで知ってほしくてダラダラしゃべってしまう。気に触らなければいいけど。ちょっとバカっぽい笑顔を貼り付ける。

「俺、大学生なんだけど。あんな遊び、いつもしてるの?」

「まさかぁ! いつもこんなことしないし、してもこんな展開にならないし……。あの、信じないかもしれないけど。いつもは奢ってもらってその分、少し一緒に話して、それでお店を出たらサヨナラだよ」

ふぅん、とアキという青年は興味があるのかないのかわからない顔をした。緊張する。バカな女だと絶対、思われている。簡単に男にヤラセちゃう女だと思われている。

「じゃあ、もうしないんだ?」

「たぶん」

「たぶんてどういう?」

「……たぶんはたぶんだよ。だっていつ目の前に王子様が現れるかわかんないでしょう? それを待つの。ぱっちり、目を開いて」

 移動してきたアキはわたしの頭側に腰を下ろすとキスをしてきた。どうせ遊んでる頭の緩い女なら、もっと遊んでやろうと思ってるのかもしれない。どちらにしても本心を知ることなく、ただされるがままになっている。ああ、ダメだ。この人には引きずられてしまう。どうせ二度と会うことはないだろうに。

「ミフユはまだ帰らないの?」

「うーん、ちょっと難しい。終電出ちゃうし。先に帰っても大丈夫だよ、お金の精算すればいいんでしょう?」

「女の子ひとりで置いていけるわけないじゃん。いいよ、朝まで待とう」

 どこからどこまでが本心なのかわからない人だった。ポーカーフェイスというわけではないけど、表情が読みにくい。キスした後の目をのぞくと、ちょっと照れていた。衝動的にしてしまったのかもしれない。

「じゃあまたこんな遊び続けるんだ?」

バサッとアキはわたしの隣に仰向けに倒れ込んだ。今度はわたしの方が彼より上だ。アキは目を腕で隠していた。そうしてもう一方の手でわたしの頬に触れてきたので、わたしはその指を口に含んだ。

「こういう、まぁいいかなぁと思った男とは寝ちゃうみたいな」

 自分でそれを言うかな、と思う。それはあまりにも自虐的だ。まるでわたしたちの悪い遊びに捕まってしまったかのような口ぶりだ。頭のいい人は被害者意識が強いのだろうか?

 口から指を抜く。ねっとり、唾液がこぼれる。申し訳なく思って舌でこぼれる前に舐める。

「あー、そういうのたまんない。ねぇ、好きな男じゃないのにどうしてそんなことできるの? 明日には知らない男になっちゃうのに」

「忘れないため、かな。わたしのこと遊んでると思ってるみたいだけど、ほんと、ホテルまでついてきたりしないって。アキがどちらかと言うと強引だったじゃない? でもいいの、この人ならいいかなって思ったから」

「……俺は一晩じゃ離さないよ? 遊びのつもりじゃない。でも遊びでもいいからキミを抱きたかった」

 目をぱちくりさせてお互いの顔を見た。わたしたちにはまだまだ時間があるようだった。時間の延長さえすれば、朝まで一緒にベッドの中でからまっていられそうだった。

「寝ない?」

「うん、とりあえず眠い」

 おやすみ、と言って部屋の明かりをすべて消した。電車の行く音がする。終電の音かもしれない。明日が今日の続きになるなんて素晴らしいことだ。今日も、明日も、そしてこのまま行けば明後日も。ミフユの明後日はアキに捧げられる。

 店の前で手を繋がれる前は予想していなかった。暖かい布団の中でもう一度、やさしく手を繋いだ。

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