【論考】音楽科と英語科のコモンズ— 表現・リズム・抑揚を扱う教材開発の視点から —

 本稿では、音楽科と英語科の共有点(コモンズ)として、表現、リズム、抑揚という言語に関する3つの要素に着目し、それらを扱う教材開発について考察する。筆者は音楽科の教職経験者であるが、英語科については中学校第2学年4クラスを約半年間、および小学校外国語活動の授業実践をしたに留まる。 音楽科と英語科では授業構成が大きく異なるが、両教科での実践を通して、音楽科教育の視点から英語科教育を概観してきた。その中で、表現活動と教材開発においては共有できる知見が少なくないという考に至った。

 キーワード:表現、リズム、抑揚、教材開発、音楽科、英語科、            小学校外国語活動、教科間連携、ICT

1.小学校外国語活動の実践から感じ考えたこと

 筆者は2010年から小中学校の英語教員と教育学の研究者と共に、小学校外国語活動における歌(音楽)の活用をテーマとした授業づくりに携わってきた。小学校外国語活動における「歌」の役割については、山本・飯島ほか(2015) http://ci.nii.ac.jp/naid/110009882391 で考察したが、本稿の基本事項でもあるのであらためて記したい。

1−1.外国語活動の目標

 『小学校学習指導要領』(文部科学省, 2008a)は外国語活動の目標の一つを、「外国語を通じて、外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませる」としている。この目標は、『小学校学習指導要領解説外国語活動編』(文部科学省, 2008b)に記されている「児童の柔軟な適応性を活かして、外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しみ、聞く力などを育てることが適当である」(文部科学省, 2008b, p.8)という考えに基づいている。

 また、外国語活動において指導する事項の一つとして「外国語の音声やリズムなどに慣れ親しむとともに、日本語との違いを知り、言葉の面白さに気付くこと」(文部科学省, 2008a, p.107)があり、具体的な活動として『小学校学習指導要領解説外国語編』では英語での歌やチャンツを挙げている。歌やチャンツは、児童が英語特有のリズムやイントネーションを体得し、日本語と英語との音声面等の違いに気付くことを促すことが期待されている(文部科学省, 2008b)。この点は外国語活動における歌の役割であると考えられる。

1−2.『Hi,friends!』に対応した歌(音楽)教材の作成

 筆者らは小学生が楽しみながら主体的に外国語活動ができるよう、英語の歌に着目して補助教材を作成した。テキストにしたのは、文部科学省が作成した小学校外国語活動の教材『Hi, friends!』である。歌教材の作成においては、1)親しみやすい旋律、2)歌詞の雰囲気や内容を補完する曲調、3)繰り返し(反復)の活用、という3つのポイントを意識した。

 1)では、CMの音楽に顕著なように、覚えやすく声や鼻歌で思わず歌いたくなってしまうような旋律を意識した。その目的は、小学生が主体的に「英語の歌」を歌いたくなるように促すことであり、授業中はもちろん、たとえば授業後の休み時間や登下校中に友達と、あるいは帰宅後にお風呂場でひとり歌いたくなるような効果を期待した。

 2)では、歌詞を『Hi, friends!』に沿って作成したため、その単元のテーマやキーワード、またシチュエーションを音楽からも喚起させられるような曲調を心がけた。

 3)では、あくまでも歌詞(=『Hi, friends!』の内容)をしっかり歌える(覚える)ことが目的なので、キーワードとなるセンテンスが何度も繰り返し出てくるような楽曲構成を意識した。たとえば、歌詞の一部を自分の好きな色や食べ物、職業などに変えながら、同じ旋律を何度も繰り返しながら歌えるなどの工夫である。

 こうして数曲の歌を作成し2つの小学校で授業実践をした。その際、子ども達から特に好評だったのが「What Do You Want To Be」(2012)という歌である。この作品の詳細については、2−4で後述したい。

1−3.授業実践と成果報告からみえた課題

 小学校での授業実践を経た後、2012年7月に第12回小学校英語教育学会において活動の成果報告と共に「What Do You Want To Be」(2012)を生演奏した。その際、来場者からのアンケートに、英語のリズムや発音、そして抑揚が崩れている部分があるとの指摘を受けた。そこから、歌作成の4つ目のポイントとして英語のリズムや発音、そして抑揚を捉えた旋律という課題が出た。しかしながら、歌詞の抑揚を優先すれば旋律は自然と限定されてくるし、親しみやすさや覚えさすさ、繰り返しといった要素を加味しづらくなる。

 そこで、次節ではこの課題をあらためて音楽科の知見から考察し、英語教材としてより適した歌(音楽)を作成するための方法を探っていきたい。

2.旋律(メロディ)と歌詞(言葉)の抑揚

2−1.日本歌曲の代表例

 言葉の抑揚を大切にした日本歌曲としては、たとえば山田耕筰の「赤とんぼ」(作詞:三木露風)や林光の「さくしゃ」(作詞:林光)が挙げられる。「赤とんぼ」は言わずと知れた名曲である。日本を代表する歌曲として広く親しまれているが、歌詞から得られる<言葉の抑揚>と旋律(メロディ)が互いに寄り添っている名作である。

 他方の「さくしゃ」は一風変わった作品で、シンプルなピアノ伴奏に、子どもの「話し言葉」として書かれた歌詞(下記に引用)の抑揚がそのまま旋律(メロディ)になっている。そのため(風刺的な歌詞ではあるが)児童でもすぐに覚えられ楽しく歌うことができる歌曲である。

「さくしゃ」林 光 詩・曲(1993)『林光・歌の本 3/ものに寄せる歌』一ツ橋書房(2001)pp.76-77

 こくごは きらいだ ほんをよんで さくしゃの ねらいを かかされる

 せんせいのとちがうと なんどでも かきなおし

 でもこのあいだ さくしゃの しゅんたろうさんに きいたら 

 こたえは いくつも ある 

 それに せんせいのは すこし へんだと いった

【動画】林光さんと「女声合唱団風」『こどものたたかい』より「さくしゃ」 https://www.youtube.com/watch?v=M2b-8uVgCZI

 両者とも旋律(メロディ)と歌詞(言葉)の抑揚が合致した名作であるが、歌唱教材としてみると、音楽科では前者の「赤とんぼ」がより高く評価されている。しかしながら、英語科(外国語活動)で扱う歌(音楽)教材の作成という目的においては、後者の「さくしゃ」の方がより応用のきく作品(ひな形)だと考えられる。

2−2.「話し言葉」を歌詞・素材とした音楽①

 「話し言葉」そのものを素材とした音楽手法のひとつにRAP(ラップ)が挙げられる。RAPはHIPHOP(ヒップホップ)文化の中で育まれ確立されてきた歌唱法のひとつで、明確な旋律(メロディ)を持たず、リズムの中で会話をするように言葉を並べ発声する。その特徴として、同じような言葉や語尾を繰り返しながら韻を踏むことなどが挙げられる。そのため、演奏に際してはリズム感や言葉を選び瞬時に発声する技術こそ求められるが、音楽の構造としては比較的単純であり応用も効きやすい。そのため、授業での表現活動においては「チャンツ」に最適である。「チャンツ」は市販教材も多々あるが、リズムさえあればどのような文章でも「チャンツ化」することができる。その際、テンポやリズムのパターンを変化させることで、英文を飽きずに繰り返し、平板な発音や発声を阻止する効果が得られる。では、ここで具体的な実践方法を紹介したい。

 筆者はアップル社製のコンピュータ(以下、MACと記す)を用いて授業を行っている。MACには「GarageBand」という音楽制作ソフトが最初からインストールされており、1000を越える様々なリズム音源がプリセットされている。GarageBandは音楽的な知識や技術がなくても、操作をしながら感覚的に扱えるため、プリセットされている音源から任意のトラックを選択し、テンポの数値(BMP)を操作するだけで活用できる 。

 また、周辺機材(PCにUSB接続できるミニスピーカーなど)も現在では性能や携帯に優れた製品を1,000円程度で購入できる。筆者は授業に毎回PCとスピーカーを持参していたが、持ち運びや設営に苦労したことは一度もない。Windowsでも同じようなソフトをインストールすることはできるが、授業における利便性を考えるとMacの「GarageBand」はICTツールとしても様々な可能性を秘めている。

2−3.「話し言葉」を歌詞・素材とした音楽②

 現代音楽の領域においても、1980年代以降「声(voice)」を素材として扱う作品が注目を集めた。その先駆けとして、アメリカの作曲家Steve Reichの「Different Trains」(1988)を挙げたい 。この曲は、あらかじめ録音された弦楽四重奏の演奏、話し言葉の断片(ホロコーストを生き延び、アメリカに移住した人々の証言を記録したテープ)、電気的に加工された汽車の音、サイレンの音のテープを流しながら、弦楽四重奏が生演奏を行うという約30分間の実験的な作品である。

 この曲においては、旋律(メロディ)が話し言葉の抑揚そのものである。すなわち、複数の話し言葉がテープから流れると、すぐに楽器(ヴァイオリン)がその言葉の抑揚をなぞることで旋律(メロディ)が生まれ、展開していく。

【動画】「Steve Reich On Different Trains」 https://www.youtube.com/watch?v=3g_De_Dt8_A

 アメリカ在住の日本人作曲家である坂本龍一は、Steve Reichが「Different Trains」で使った作曲手法を参照し、「War and Peace」(2004)という作品を発表した 。この曲の素材は、人種の坩堝と言われるニューヨークに暮らす日本人を含む一般の人々の声(朗読)であり、英語の詩(原案は坂本)はアメリカの音楽家Arto Lindsayが手がけた。一節ずつそれぞれのイントネーションで朗読されたその声が、6拍でループするコードとリズムトラック上にランダムに散りばめられている。

【動画】坂本龍一「War & Peace」 https://www.youtube.com/watch?v=HKkZL86ZaOw

 これらの手法を参照しながら、筆者らが小学校外国語活動の歌教材として構想・作成した作品のひとつが、1−2で先述した「What Do You Want To Be」(2012)である。

2−4.児童参加型の歌教材「What Do You Want To Be」

 歌詞は『Hi,friends!』2巻のLesson8に対応しており、「What do you want to be?」というキー・センテンスをコーラスで多用することで、歌っているうちに覚えてしまうよう工夫した。また、中間部では児童がそれぞれの夢(なりたい職業)を英語で朗読する。

 What do you want to be? / What do you want to be? / What do you want to be in the future? / A soccer player, a baseball player, / A writer, an actor. / It’s really up to you. / 児童の朗読 / We all wonder if our dreams will come true. / What we can do is to do our best.

 なお、参考音源と楽譜は以下のサイトから視聴できる。 http://e-uta.tumblr.com/post/44761386650/what-do-you-want-to-be

 この歌の特徴は、1回目はこの歌を全員で歌い、2回目はこの歌をバックコーラスに一人ずつが自分のなりたい職業を英語で朗読(宣言)していくことにある。いわゆる自己表現活動を取り入れた学習者参加型の歌であり、この自己表現活動が加わったことでより魅力ある歌となった。加えてこの歌を児童が歌い、録音し、一つの作品として残すこととした。自己表現することと作品を作ることにより、児童は歌うことの目標を明確にできる。また、歌という活動における児童の動機を引き出そうというねらいがあった。

 中間部を「朗読」という形式にしたのは、先述した坂本龍一の「War and Peace」(2004)が楽曲として魅力的であったこと。また、坂本が用いた作曲手法が思いのほか簡単であり、子どもが特定の旋律(メロディ)や音程、テンポの影響を意識せず、緊張状態を緩和して自由に発声できる状態をつくりだすのに最適であった。その結果、授業実践ならびに録音における児童の反応はとても好意的かつ積極的であった。児童が実践の中で見せた様子として、自分の将来なりたい職業を英語でどう表現したらよいかということに疑問を持ち、自分で調べてきたり、教師に進んで尋ねたりする姿が数多く見られた。また、授業が終わった後も、子どもたちからのリクエストで朝の会で歌っていたとの嬉しい報告も受けた。

3.まとめ

 筆者が音楽科の視座から授業実践してきたことの中で、英語科および小学校外国語活動においても応用できそうな表現活動について、以上で述べてきた。

 筆者は兼ねてから、英語科とは発声と表現活動の領域において知見の連携・共有を図りたいと考えてきた。2014年度に予期せず、公立中学校で英語科教育に従事する機会があり、その際に考えてきたことを実践することができた。特に「GarageBand」を活用した「チャンツ」は生徒からも好評で、「英語を発声することが気軽にできるようになった」、「毎回、先生がどんなリズムを用意してくるのか楽しみになった」といった感想をきかせてくれた。

 本稿の副題にしたように、表現・リズム・抑揚というのは人類が「言語」を生み出して以来ずっと受け継がれてきたことであり、いわば人体に内包された本能とも言える。私たちが波や虫が奏でるリズムに心地よさや風情を感じたり、言語の意味はわからなくても、異文化の人々や赤子、動物が発する声音の抑揚から喜怒哀楽を判別できることが、そのことを証明していよう。そして、筆者は「表現」を以下のような営みであると定義している(飯島,2010,p.17)

 表現とは、感性(感受性)によって知覚(入力)した感覚を、身体の筋肉を動かすことによって表出(出力)する営みである。したがって、表現の手法は言葉、筆記、画法、舞踊、演奏などたくさん考えられる。いずれの場合も、表現には生身の身体運動が伴うため、その精度や内容は、興味や技術、知識が高まるほど洗練される。

 音楽科と英語科では学校教育課程における位置づけや学習形態は異なるものの、筆者は両教科で教鞭をとりながら、こと表現活動という領域においては共有できるところは少なくないと実感した。本稿ではその一部を紹介しながら考察したが、今後も再び学校現場に携わる機会を得られた時のために、さらなる連携の可能性を探りながら研究を継続したい。

 冒頭に記したように、本稿は、山本・飯島ほか(2015) を、音楽教育の側面から再考した覚書であり、文責は飯島にある。

【参考文献】

山本長紀、北村尚紀、阿部学、飯島淳、長嶋昌子「小学校外国語活動における歌作成プロジェクトの実践」:『木更津工業高等専門学校紀要第48号』pp.103-109 http://ci.nii.ac.jp/naid/110009882391

文部科学省 (2008a)『小学校学習指導要領』東京書籍.

文部科学省 (2008b)『小学校学習指導要領解説外国語活動編』東洋館出版社.

文部科学省 (2012)『Hi, friends!』東京書籍.

飯島淳(2010)「人と人を結ぶ音楽教育の構想 −打楽器の「響き」を活かした音楽教育を中心に−」千葉大学大学院教育学研究科音楽教育専攻修士論文

              ※参考スライド




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