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#53 アノーニ・アンド・ザ・ジョンソンズ『マイ・バッグ・ワズ・ア・ブリッジ・フォー・ユー・トゥ・クロス』

服部さんへ

 ビヴァリー・グレン・コープランド。今回も初対面ですが、オープニングの「アフリカ・コーリング」を一聴して、本当にアメリカ人? と思ってしまいました。トライバルなビートと祈りにも似た歌声は、“大地と生命の音楽”とでも呼びたくなります。どういう出自や境遇が、このような表現を生むのか、とてもとても興味があります。
 ちなみに最初、もしやパンク好きでクラッシュ好き(クラッシュに「ロンドン・コーリング」という名曲がありまして)? なんて一瞬考えたりもしたのですが、そんなことはないようで。
 かと思ったら、シンプルなピアノ・バラードや、ゴスペルを彷彿させるソウルあふれるコーラス・チューンが続き、歌の力、声の力に圧倒されてしまいます。そして最後の曲はもはや、大地との交信ですね。「ノー・アザー」というタイトルも含めて、心に深い余韻が残りました。
 繰り返しになりますが、どのような人生を歩んできた人なのか、すごく気になります。


アノーニ・アンド・ザ・ジョンソンズ『マイ・バッグ・ワズ・ア・ブリッジ・フォー・ユー・トゥ・クロス』

 ジャケット写真は、トランスジェンダー活動家として名を残した、マーシャ・P・ジョンソン。タイトルは、『私の背中はあなたたちが渡るための橋だった』。アノーニが久々にジョンソンズを率いて発表したニュー・アルバムが、ただただ感動的だ。
 7年ぶりとなる、この新作のインスピレーション源となったのは、マーヴィン・ゲイの1971年のアルバム『ホワッツ・ゴーイング・オン』。愛を歌いながら、人種差別や戦争、環境問題などに警鐘を鳴らした名作だ。オーガニックでソウルフル、時にアヴァンギャルドにもエクスペリメンタルにも響くサウンド(とりわけ「スケープゴート」の血がたぎるようなギターは必聴)に乗せて、アノーニは「この世のものとは思えない」とも言われる声で、悪くなる一方の世界に向けて、希望を歌う。みんなで変わり、地球を救おうと歌う。優しく、慈愛にあふれたまなざしで。
 死期が近づいているルー・リードが、口に氷を含ませてもらった時の至福感について語ったことを思い出し、泣きながら書き泣きながらレコーディングしたという「シルヴァー・オブ・アイス」。まさに魂の叫びのような歌声で、<死んでほしくない>と繰り返される「キャント」。

 聴くほどに心が浄化されるような楽曲が並ぶ、神々しいとさえ形容したくなる一作だ。素晴らしい。
                              鈴木宏和



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