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#38 ジェイコブ・バンクス『Lies About The War』

鈴木さんへ

 インヘイラーは、アイルランド出身なんですね。それを知ると、自動的に親近感が湧いてきます。もう何年もいっていないから、バンドの出身地ダブリンもきっと都会的になってしまっているんだろう。最後に訪れた時、スタバが溢れていたもんなぁ……。
 アルバムを聴いて、鈴木さんが応援したくなった気持ち、わかります。ヴォーカルのイライジャの声、いい色気があって好きです。そして、本人たちは影響を受けたバンドに名前を挙げていないけれど、U2のボノの孤高感のようなものを仄かに感じられるのもいいですね。
 当初私は、Pinkが自信作と語る最新作『トラスト・フォール』を紹介するつもりでしたが、実は構成を担当しているラジオ番組『My Jam』にとても素晴らしい曲をリクエストして下さった方がいて、ジェイコブ・バンクスというアーティストと出会うことが出来ました。
 彼のアルバムは、2022年のリリースですが、リクエスト曲の『Our Song』はもちろん、アルバムを聴いても涙が溢れ流れてしまったので、新作ではないのですが、ぜひ紹介させてください。

ジェイコブ・バンクス『Lies About The War』

 どこから話そう。情報はあまりなんだけれど、ジェイコブ・バンクスは、ナイジェリアで生まれて、UKバーミンガムで育った。移住したのは13歳だという説、ナイジェリア人ではなく、イギリス人という説などがある。音楽のバックグラウンドとして、彼自身は教会で聴き、歌った音楽をあげている。それが表れているのが本作でのゴスペル調コーラスやオルガンの演奏だろう。
 前作までインタースコープに所属していた。でも、この作品『Lies About The War』は、自己レーベルからのリリース。配信がメインの時代、特に珍しいことじゃないけれど、彼はデビュー時から期待されていた才能だけに、どんな理由があったのかと邪推してしまうが、本人は、音楽以外に収入を得る道を作ったので、自由に創作活動が出来るようになった、といった類の発言をしている。

 リクエストは、「2月24日で1年が過ぎて」ということで、ジェイコブがスウェーデン出身のシンガー・ソングライター、アンナ・レオーネとデュエットした『Our Song』という曲だった。アコースティック・ギターの伴奏でアンナが歌い始めるこの曲で、2人はサビで「I hope we got a chance to sing our song ~ Come alive , come alive」と歌うのだ。ひとことも戦争を止めろとか、ウクライナを守れとか、直接的なことは歌っていない。でも、この歌詞に2人とも、世界中の平和を願う心とも私自身が重なり合うことが出来て、涙が止まらなくなってしまう。

 この作品を制作するに至るまでジェイコブは、ずっとサム・クック、アル・グリーン、、シスター・ロゼッタ・サーブといった古きソウル・ミュージックを聴いていたそうだ。そこからの影響も多分に感じられる。だから、太くたくましいバリトン・ヴォイスも含めて、”クラシック・ソウル”を彷彿させると作品だと紹介しているメディアもある。でも、影響を受けたのはサウンドではなく、スピリットの部分で、彼は、いまこの歌を歌いべきだと信じているのだと思う。

 かつてジェイコブは、自分の音楽を「デジタル・ソウル」と表現したようで、生楽器を使う一方で、打ち込みでサウンドを作りあげている曲が多い。デビュー前に宅録をしていたのかな。でも、だからと言って、流行のビートをちりばめたR&Bではなく、これは現状を、感情を歌という手段で伝えるソウル・ミュージック。彼の社会に向けられた真っすぐな視線が胸に刺さる歌、そして、慈愛に満ちたヴォーカルに救われ、浄化もされる。ぜひ聴いてみてほしい。
                            服部のり子


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