トップガン マーヴェリックの演出
本作のとても良かった点として、前作を観ずとも楽しめる構成であったことは高く評価したい。
最低限のフラッシュバックと説明で導入がなされる本作は、一本の映画としてよく完成している。
そんな本作の演出を、ある側面からもう一度確かめてみたい。
紙の演出
本作では主人公のマーヴェリックが過去と向き合ってゆく過程の中で、演出としてスマホが用いられた。
最初にスマホが映るのは酒場のシーン。
カウンターに座るマーヴェリックは、スマホを取り出してメッセージを送る。連絡相手は嘗てのライバル・アイスマン。
「教官として呼ぶなら、そうと先に言ってほしかった」
「言ってたら来なかっただろう?」
するとマーヴェリックの目の前に、過去の恋人・ペニーが現れる。
スマホを見ていたマーヴェリックは、ペニーにベルを鳴らされて、皆に一杯おごる羽目になる。
どうやらこの酒場ではスマホ禁止のルールがあるようだ。
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軍ではあれだけ規則を破るマーヴェリックも、ここでは財布を開かざるを得ない。彼はカードで支払おうとするが、店は現金支払のみだそうだ。持ち金が足りなかったマーヴェリックは規則で店から投げ出された。
ここで一つ、現金という紙がネックになることを掴んでおこう。
次に紙が現れるのは、マーヴェリックが教官として皆の前に登場する場面である。
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ここで彼は大胆にもマニュアルという紙を捨てた。
紙は規律であり、旧時代の象徴である。マーヴェリックはそれを捨てる性格なのだ。彼にとって紙は過去であり、グースの死の記憶でもあった。それを拭い去ろうと必死なのだ。
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そんな彼の心境が徐々に変化してゆく過程が再び紙の演出で示される。
それはルースターとのチキンレースが契機となった。
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またもや規則を破ったマーヴェリックだが、上官に申請書を渡すことで事なきを得る。
そして彼はペニーに現金を渡しに行くのだ。
紙を捨てるではなく、渡すという行為によって、マーヴェリックは少しづつ過去と向き合って行く。
そんな矢先、ハングマンの発言から隊に亀裂が生じる。
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ミッション決行の早期化の中、隊のチーム力が失われつつある。
ここでマーヴェリックは再びスマホを見ることになる。
画面にはアイスマンからのメッセージが。
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翌日、マーヴェリックはアイスマンと再会を果たす。
現在の彼は声を出すことが難しかった。
声の演出
ここで一度、紙の演出から離れて音声の演出を思い出してみる。
まず本作の重要な要素のひとつに音楽がある。
冒頭「デンジャー・ゾーン」の音楽から始まる本作は、36年前の前作を彷彿させるオープニングだ。
そしてまた懐かしい曲が酒場からも聴こえてくる。
店を追い出されたマーヴェリックは、歌声を契機にルースターを見る。
彼の歌によって過去がフラッシュバックしたのだ。
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本作における音楽は、物語の登場人物と同時に観客も過去へ回帰できる重要な演出装置である。
さらに本作で音声が重要なのは、それ以上の理由もある。
そもそも戦闘機パイロットには音声通信が必要なのだ。
空中に於いて、パイロットが二人以上同じ画角に収まることはほとんどありえない。パイロット単体のアップショットと戦闘機のロングショットのモンタージュで状況を示すほか無いのだ。
その視覚的孤立性によって、画角を超越した音声が映画的にも重要になる。
その好例として、飛行中に気絶した隊員をロックオンアラームで目覚めさせる緊張のシーンが用意されている。
彼は音に助けられたのだ。
過去は忘れろ
しかし安心は束の間、直後に墜落事故が起きてしまう。
二人は無事であったが、このことでマーヴェリックは再びルースターと対峙することになる。
そしてマーヴェリックがルースターの昇進を拒んだ過去が追及される。
作中で描かれはしないが、マーヴェリックは恐らくここでもルースターの配属書類を破棄していたはずだ。
そしてマーヴェリックはこう告げる。
「お前は規律に従いすぎている」
しかし彼が取った行動の本心は、過去から逃れたかったところにあるのではないか。
この直後にアイスマンの死が告げられる。
三度の反復
三度の反復はプロットの基本であり、観客への印象付けとしても、対比演出としても重要である。
作中で最も大きな反復は、マーヴェリックが規則を破るくだりだ。この反復は彼の性格がよく現れるだけでなく、物語に波を作ることもできる。
そもそも続編は前作の反復であるわけだが、作中でも新たに三度の反復を取り入れることで、登場人物の性格や関係性がわかりやすくなる。
マーヴェリックはこの三度の困難を乗り越えて、遂に敵地へと出撃するのであった。
音速を超えて
戦闘機のエンジンが点く。
ルースターは出撃を目前にマーヴェリックを呼び止めた、何かを告げようと。しかし、戦闘機の轟音は次第に彼らを鳴り立てる。
その言葉を聞くのは今ではないと両者は認めるのであった。
声を直接伝えるということは、私たちの暮らしの中でも難しかったりする。
特にパイロットの彼らにはなおさらのはずだ。
本作冒頭で、架空の戦闘機ダークスターに乗ってマッハ10を超えるという盛り上がりが描かれる。
マッハ10はバケモノ級だが、戦闘機は普通に音速を超えるのである。
だから彼らは電磁波で通信するしかない。
彼らが空で用いる音は、話者の指向性を欠いた間接的な音声ということになる。
マーヴェリックをトップパイロットたらしめているのは、常に間接的な手段であるスマホなのだ。それは過去から逃れる現在としても彼を先導し続けた存在なのである。
過去への移動
本作で印象的な横移動は、飛行機、バイク、トム走りである。
最初の基地からノースアイランド基地、そして敵地へと移動する向きは左から右で一貫しているため、とてもわかりやすい構成になっている。
それと同時に、西洋の文脈では左から右に時間が進むということもおさえておきたい。
ひとつ面白いカット割りとして、酒場でマーヴェリックが追い出されるシーンをピックアップしよう。
ここでマーヴェリックはハングマンたちに担がれてビーチへ投げ出されるわけだが、この運動方向が右から左の引き画であったのに対し、次にマーヴェリックの正面が映るアップショットでは、カメラはラインを越えた反対側からとらえている。
これにより、マーヴェリックが右から左に向く構図が取られ、その目線の先には窓越しにルースターがいるのである。
ここでフラッシュバックとペニーの目線も挿入されるPOV的モンタージュは、個人的には本作で一番お気に入りのシーンだ。
このように、本作では左右の方向性が過去と現在、未来という方向性と密接に結びついている。
もちろん空中戦のように方向が目まぐるしく入れ替わったり、映画的な運動の分散は図られるため一概には言えないが、大まかに左から右の流れが下地にある。
では本作においてマーヴェリックが逆方向に移動するシーンはどこにあるだろうか。
ビーチラグビーをする彼も、まだ左から右に攻めている。
マーヴェリックが右から左へと移動するのは、雪上の敵地をルースターのもとへ駆けていくシーンである。
このワンカットに36年分の月日を遡るトムの走りが映し出されるのだ。
そして本作のラストカット。
レシプロ機に乗る二人が離陸する先も過去の方向なのである。
現代にみる古典映画
今回は紙や音声、運動の演出について述べた。
これらの演出は古典的ハリウッド映画ではごく自然に行われていたものだ。
そして本作からは、ハワード・ホークスやジョン・フォードの娯楽作品も感じられる。ホークスの『コンドル』や『脱出』を思い出させる酒場のシーンでは、女性パイロットがキューを投げる動作がある。ビリヤードにジュークボックスという現代にあまり見ない舞台には古典ハリウッドへの憧憬が詰まっていると同時に、帽子や煙草といった今はなき演出を思い出させるのだ。
最後に、もう一度だけ紙の演出を思い出そう。紙は現金の演出によって意識させられるのであるが、最初に紙が映し出されるのはもっと冒頭にある。
マーヴェリックがジャンパーを羽織るロッカールーム。
そこには彼がグースと共にいる写真が貼られているのであった。
それこそが、彼が捨てることのできなかった唯一の紙なのである。
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