令和6年司法試験 刑法 再現答案

令和6年司法試験 刑事系第1問(刑法) 再現答案
作成日 2024年7月22日
構成15分 作成105分
分量 7.7枚

設問1
第1 甲の罪責
1 甲がAの頭部を殴り転倒したAの腹部を繰り返し蹴って、肋骨骨折等の傷害を負わせた行為に傷害罪(刑法204条、以下法名省略)が成立する。
2 甲が本件財布を自分のポケットに入れた行為に強盗罪(236条1項)が成立しないか。
(1)ア 「暴行」とは、社会通念上犯行を抑圧するに足りる程度の有形力の行使をいう。かかる有形力の行使は財物奪取に向けられたものでなければならない。
イ 甲はAの頭部という身体の枢要部をこぶしで殴り、さらにその場に転倒したAに腹部という内臓に直結する枢要部を繰り返し蹴っている。このような強度の高い障害行為によって、肋骨骨折という重大な傷害をAは負うに至っている。またAは甲の配下であり、支配従属関係があるから、Aが甲に反抗することは通常の人間関係に比べて困難である。これらのことから、甲の行為は社会通念上Aの犯行を抑圧する程度に至っている。
ウ もっとも、上記暴行の後に甲は本件財布を取り、にわかにその中の現金6万円を欲するに至っているから、上記暴行時点では財物奪取の意図はなかった。むしろ別の特殊詐欺グループに名簿を無断で渡したAを制裁するための暴行であり、財物奪取に向けられた暴行ではないので、「暴行」に当たらないのが原則である。
 しかし、新たな暴行・強迫があればそれをもって「暴行・強迫」があるといえるので、強盗罪が成立し得る。新たな暴行・強迫の程度としては、既に犯行抑圧されている場合には、従前の犯行抑圧状態を継続させる程度のもので足りると解する。
エ 上記のとおり甲が本件財布をポケットに入れた時点でAは犯行抑圧状態であった。甲はAに「この財布はもらっておくよ。」と言ってポケットに入れたにすぎず、この言葉自体はさほど強迫性の強いものではないから、犯行抑圧を継続される程度の新たな暴行・脅迫は認められないとも思える。
 しかし、甲は、Aが恐怖で抵抗できないことを知りながら上記行為に及んでおり、Aが財布持ち去りを黙認せざるを得ないことを知りながら、犯行抑圧を殊更に利用したものといえる。Aとしては既に上記のような強度の暴行を受け犯行を抑圧されており、甲に抵抗すればさらにひどい暴行を受けるかもしれない状況であった。そのような状況下で「この財布はもらっておくよ。」と声をかけられたことは、これに反対すればさらに酷い暴行を受けるおそれがあることをAに示す効果があるといえる。事実、判例の中には既に不同意性交によって犯行を抑圧された被害者から、性交後に財物奪取意思が生じ財物を奪った事案において、その場にとどまること自体を「脅迫」であるとして強盗の成立を認めている。不同意性交・強盗の事例ではあるが、被害者が既に犯行抑圧されている点、被害者の犯行抑圧を犯人が認識していた点が本件と類似し、その射程は本件にも及ぶというべきである。
 そして、Aは、本件財布を甲に渡したくなかったが、抵抗する気力を失っていたので何も答えられずにいたことから、従来の犯行抑圧を継続させるものといえる。
 以上から、甲がAの犯行抑圧状態を認識しながら発した上記発言をもって新たな「脅迫」がなされたといえる。
(2)現金6万円等が入った本件財布という「他人の財物」を、上記のような脅迫を加えることで「強取」したといえる。
(3)甲に強盗の故意(38条1項)に欠けるところはない。
(4)甲の上記行為に強盗罪が成立する。
3 以上より、甲には傷害罪と強盗罪が成立し、両者は併合罪(54条1項前段)となる。なお、傷害行為は甲が財物奪取意思が生じる前になされたものであって、強盗の機会になされた物とは言えないから、強盗致傷罪(241条1項)とはならない。
第2 乙の罪責
1 乙がバタフライナイフをAに示しながら、Aに本件カードの暗証番号をいわせた行為に強盗利得罪(236条2項)が成立しないか。
(1)強盗利得罪における「脅迫」は前記のとおり社会通念上犯行抑圧する程度である必要があるところ、Aは甲の暴行により既に犯行抑圧状態であったこと、乙は倒れているAに対しバタフライナイフという殺傷性の高い武器を目の前で示していることから、反抗すれば殺される思いを抱かせるのに十分である。よってナイフをAに示して「死にたくなければ暗証番号を言え。」といった行為は「脅迫」に当たる。
(2)ア 本件カードの暗証番号は単なる情報にすぎないが、それでも「財産上不法の利益」に当たるか。
イ たしかに暗証番号のような情報はそれ単体では何ら意味をなさず、財産上の利益には当たらないとも思える。
しかし、本件カードはA名義のキャッシュカードであり、ATM等で現金を引き出すことができる物であるが、引き出すには暗証番号が必要である。ゆえにキャッシュカードはそれ単体では名義人の預金口座から現金を引き出す地位を確約するものではなく、暗証番号と合わせて初めて預金債権を行使できる地位を手に入れられるのである。つまり、既にキャッシュカードの占有を確保した者が、同カードの所有者から暗証番号を聞き出すことで、「名義人の預金口座から現金を引き出すことができる地位」という財産上不法の利益を得ることができるのである。
ウ 乙は甲から本件カード在中の本件財布を受け取り、本件カードの占有を確保した状態で上記行為に及び暗証番号を聞き出していることから、「財産上不法の利益」を得たといえる。
(3)乙に強盗利得罪の故意に欠けるところはない。
(4)乙の上記行為に強盗利得罪が成立する。なお、Aは暗証番号を伝える際、本件カードの番号と異なる数字を伝えている。乙は口座から現金を引き出せないのであって不能犯になるとも思える。しかし、Aは本件カード別のカードを見誤った結果、異なる番号を伝えたのであり、一般人はこれが誤っている番号と気づくことはできないし、また乙自身もそれが正しい番号だと思い込んでいた。以上からすれば、現金引き出しという法益侵害の危険はあるので不能犯とはならない。また、未遂にとどまるとも思えるが、そもそも暗証番号を聞きだした時点で既遂に達するのであるから、未遂ともならない。
2 乙がATMから本件カードを挿入して預金を引き出そうとした行為に窃盗罪の未遂(235条、243条)が成立しないか。
(1)ATM内の預金はAのものなので、当該預金は「他人の財物」に当たる。乙が本件カードを挿入して預金を引き出そうとすることは、当該預金を占有する金融機関の合理的意思に反するので、乙は「窃取」しようとしたといえる。乙に故意に欠けるところはない。
(2)ア Aから伝えられた本件カードの暗証番号は誤ったもので、乙は現金を引き出せなかった。誤った番号である以上本来乙は預金を引き出せなかったのであり、不能犯とならないか。
イ 不能犯と未遂犯の区別は、法益侵害の具体的危険が生じているか否かによって区別すべきである。具体的には、一般人が認識し得た事情及び犯人が特に認識していた事情を基礎として、一般人の感性を基準に法益侵害の具体的危険が生じていたか否かによって判断する。
ウ Aは暗がりで本件カードを自宅に保管中の別のキャッシュカードと見誤っていたために、本件カードの暗証番号と異なる4桁の数字を答えたのであり、Aとしてはうそをつくつもりはなく正しい番号を伝えたつもりであった。さらに、Aは甲からの激しい暴行や乙からナイフで脅される等によって反抗抑圧され、嘘をつけばどのような目に合うか分からない状況であって、正しい番号を言う可能性が高い状況にあった。そうだとすれば、一般人としてはAから伝えられた番号が誤っていたと認識することはできなかったといえる。また、乙はAから伝えられた暗号を特に疑わずにATMへ行ったので、誤りだとの認識はない。以上より、番号が誤りであるという事は判断規定に入れることができず、正しい番号を伝えられたものとして判断すべきである。そうすると、乙がATMにカードを挿入して引き出そうとしたという行為は、一般人の感性を基準にして、預金が引き出されるという法益侵害の危険が具体的に生じているといえる。
エ よって、乙は不能犯ではなく未遂犯である。
(3)乙の上記行為に窃盗未遂罪が成立する。
3.以上より、乙には強盗利得罪と窃盗未遂罪が成立し、両者は同一の財物に向けられたものなので、後者は前者に吸収されて強盗利得罪一罪が成立する。

設問2
第1(1)について
1(1)1回目殴打に正当防衛(36条1項)は成立するか。
(2)「急迫不正の侵害」とは、不正の侵害が現に存在し、又は差し迫っていることをいう。玄関から出てきたCが怒鳴りながら丙の顔面を1回殴り、続けて顔面を数回殴られて丙はその場で転倒し、さらにCは丙に続けて殴りかかってきたことから、不正の侵害が現に存在しているといえ、「急迫不正の侵害」が認められる。甲が丙に「俺がCを押さえるから、Cを殴れ。」と言い、それを聞いた丙は身を守るために1回目殴打をしたのであり、「防衛するため」(防衛の意思)にしたといえる。「やむを得ずにした」とは防衛行為の必要性と相当性をいう。上記のようにCによる強度の侵害が継続していたので、必要性はある。丙もCも男性であること、26歳と30歳と年齢も近いことから両者の体力差は大きなものでないと考えられること。殴ったのは1回だけに留まることから、Cによる暴行を越えるものではなく、防衛行為の相当性もある。
(3)1回目殴打に正当防衛が成立する。
2(1)2回目殴打に正当防衛が成立するか。
(2)1回目殴打後なおもCは丙に殴りかかってきたことから、不正な侵害は継続しており、それに対して丙は自己のみを守るために2回目殴打を行ったのだから「急迫不正の侵害」と防衛の意思を満たす。2回目殴打も赤いだけの殴打であり、前記の検討から「やむを得ずにした」といえる。
(3)よって、2回目殴打に正当防衛が成立する。
3 1回目殴打と2回目殴打は一個の行為としてとらえるべきか、別個でとらえるべきか。行為は主観と客観の統合体なのでその一体性は、時間的場所的接着性や防衛の意思の継続性等の事情から判断する。1回目殴打と2回目殴打は同じ場所でなされ、かつ一連のながっれの中でなされた行為であり、時間的場所的背着性がある。また1回目と2回目を通して丙の加害は継続しており、どちらも自己のみを守るためになされたのだから防衛医師も継続している。以上のことから両者は一体のものとすべきである。
 1回目と2回目を通して丙の侵害は継続し、ともに防衛の意思をもって1度ずつ殴っただけなので、上記検討からすれば一体的に検討したとしても正当防衛は成立する。
第2(2)について
1 丁が丙に「頑張れ…こっちに来い」と声をかけ、その後本件バイクで丙を乗せて走り去った行為に暴行罪の幇助罪(208条、62条1項)が成立するか。
(1)丁の上記発言により丙の暴行は心理的に促進され、また本件バイクに乗せたおかげで丙は逃走できたのだから物理的に丙の暴行をしたといえるので、上記行為は幇助に当たる。なお、現場助勢罪(206条)は幇助に至らない程度の行為を罰するものであり、本件では幇助が成立する以上、成立しない。
(2)ア 丙の行為は暴行罪の構成要件に該当するが、正当防衛として違法性阻却される。共犯者の丁も違法性阻却されないか。
イ ここで、正当防衛の成否は各行為者ごとを基準として判断すべきである。ゆえに丁を基準に正当防衛を判断するに、丁はCが丙を先に殴った事実を知らないまま、一方的に丙がCを殴ろうとしていると誤解し、喧嘩好きの丁は単に面白がって上記行為に及んだのである。丁からすれば急迫不正の侵害があるとは言えないし、また面白がって上記行為に及んでおり、専らか外の意思であるから防衛の意思があるとは言えない。よって、丁に正当防衛は成立しない。
ウ しかし、丁は共犯であって違法性が連帯し、結果、違法性が阻却されないか。
 この点、共犯の処罰根拠は正犯を通して法益侵害の危険を間接的に惹起することにある。そうであれば、正犯者の行為が構成要件に該当せず、又は違法性が阻却されるような場合は共犯者も連帯することになると解する。一方、責任要素は各自がその直面した状況において問責すべきであるから、責任阻却事由については連帯しないと解する。もっとも、違法性阻却事由の中でも主観的な違法要素については責任と同様各自において判断すべきであるから、例外的に連帯しないと解する。
 丁は幇助犯であるところ、正犯者丙は正当防衛として違法性阻却されるから、違法性が連帯し、違法性阻却されるとも思える。しかし上記のとおり丁には防衛の意思が欠けている。防衛の意思は正当防衛の要件のうち主観的な違法要素であって、連帯しない。よって、丁は違法性阻却事由を丙と連帯しない。
エ 丁の違法性は阻却されない。
(3)以上より、丁に暴行罪のほう助罪が成立する。
2 甲が「俺がCを押さえるから、Cを殴れ。」と言い、丙にCを殴らせた行為につき暴行罪の共同正犯(60条)が成立するか。
(1)Cを殴ったのは丙であって甲は十区行為を行っていないが、そのような者でもほかの者と相互利用補充しながら犯罪を実現できるので、共同正犯となり得る。具体的には、正犯意思に基づく共謀、共謀に基づく実行行為があれば共同正犯者となる。甲は、名簿の流出先がCであると考えたこと、Cを当初から痛めつける目的を有していたこと、自ら丙を呼び出したこと等から正犯意思があり、また上記発言によって丙との共謀が成立している。丙はその共謀に基づいて暴行を行っている。これらのことから、甲は共謀共同正犯となる。
(2)ア 丙の行為は違法性阻却されるが、甲も違法性阻却されるか。
イ 前記のとおり正当防衛は行為者ごとに判断する。
ここで、急迫性は侵害の機会を利用して積極的に加害する意思があるような場合には否定される。甲は名簿の流出先と考えるCに怒りを抱き、またCに電話で罵倒されたことで激昂し、Cに直接文句を言おうと決めた。その際Cから殴られることを予期していた。侵害の予期だけで急迫性は否定されないが、甲は同時に粗暴な丙を連れていき、むしろその機会を利用してCに暴力を振るい、痛め付けようと考えていた。そしていざ現場で予想通りCが殴りかかってくると、後方に即座に下がったうえで様子を見ていたが、その後丙にCを痛め付けさせようと考え、上記発言をするに至った。これらのことから、甲は当初からCを侵害の機会を利用して痛めつけようとしていたといえるので、急迫性が否定される。
よって、甲には正当防衛は成立しない。
ウ では、丙の違法性阻却事由が甲にも連帯するか。
この点につき、共同正犯の場合は協議の共犯と異なり、違法性阻却事由は連帯しないと解する。なぜなら、幇助のような従犯は正犯を介して違法な結果をもたらすことを処罰するものであって、正犯の違法な行為を前提としている。対して(共謀)共同正犯は互いに対等な正犯として、各自が自己の犯罪として行う者である。共同正犯間は対等なのだから、制限従属性説は妥当せず、違法性を連帯させるべきではない。
 よって、丙の違法性阻却事由は丁に連帯しない。
(3)以上より、甲の上記行為に暴行罪の共同正犯が成立する。
以上

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