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2023.4 小笠原

ダラダラ長いです。

行っておきたい小笠原
 石垣島遠征が終わり、ミズウオ拾いに静岡に行ったりラウンドワンでバイトを始めたりしているうちに3月が過ぎ小笠原へ出発する日になった。国内の遠征としては異常な金をかけて何か月も前から準備してきた小笠原。やっぱり日本で社会人になると行きづらい場所と言ったらここだよね、ということで、行きたいな~で終わらないようにさっさと行くことにした。特異な生態系を形成していることぐらいは知っていたし、南西諸島と比較する場所を持ちたいという意図もあったりして、ウキウキでいざ日本のガラパゴスへ。
銀座は春
 小笠原へ行くために東京へ、ここの交通費も地味に痛いが仕方ない。折角なので椎名林檎の聖地巡りをしてみる。銀座目抜き通り、新宿伊勢丹、歌舞伎町、定番スポットを巡っていく。長く短い祭のMV撮影地は工事中だったけど、楽曲に思いを馳せながら歩くと並行世界の東京に来ているかのような感覚になって大都会なのに心地良い。
乗船
 PCR検査の結果も陰性で無事おがさわら丸に乗船。思えば船旅というのは初めてだ。まるでホテルのような船内にテンションが上がる。座席は本来の半分の収容人数だったし、広さもネカフェとそう変わらないから快適だ。シャワールームや売店、レストランの様子を一通り見て回り、自販機で買った缶ジュースを持ってデッキに出てみる。缶ジュース片手に海を滑る船、うーんなんだかいかにも旅って感じだ(もっとも東京湾内なので海は濁っているし景色もビルしかないが)。一通り船内を見て回り、特にやることもなかったので早く父島に着くように寝た。
大荒れ
 目を覚ますともう夕方だった。寝ぼけた頭で寝そべっていてもすぐに気づく、明らかに揺れが激しい。これはまずい。中学生の頃に乗った釣り船でのトラウマが蘇る。とりあえずお腹に物を入れたいがレストランに行くのもしんどいし、レストランで吐いてしまったら迷惑極まりない。おとなしく座席で買っておいた菓子パンを齧る(体を起こすと気持ち悪いので寝そべったまま)。トイレに行きたいが立ち上がりたくない、という毎朝繰り返す葛藤に本気で頭を悩ませたが、寝られないので気合で立ち上がり、次目を覚ましたら父島でありますようにと念じながら眠りについた。
もうひと踏ん張り
 3時間遅れで父島に到着。だがまだ終わらない。これから母島に渡るのだ。ははじま丸はおがさわら丸と比べてかなり小さい上に寝そべられる座席がない。これは厳しい戦いになりそうだ(翌日の船は既に欠航が決まっていたし、この日も本来なら欠航になるぐらいの荒れ方だったらしい)。予想通り激しく揺れる。左右に30度は傾いていた。クジラが見られるかも、トビウオが見られるかも、なんていう甘い幻想は一瞬で打ち砕かれ、船酔い一歩手前ぐらいの状態で1時間ほど揺られてようやく目的の地、母島へ。ようやく着いた母島は豪雨。先行き不安にもほどがあるが、どうしようもないのでさっさと宿へ。そしてそのままレンタカー屋へ。送迎の車からして明らかに古い。坂道を登るとき明らかにエンジンが頑張りすぎている。実際、渡された車は窓閉開が手回し式というまさか令和の世に目にするとは、という代物である。手入れはしっかりされていたし、ここまで古い車にはそうそう出会えないので内心結構盛り上がった。なにはともあれ心配していた予約関連はこれで全てだ。一息ついて今度は食料調達のために島唯一の商店へ向かった、が、営業していない。営業時間中のはずだが、店員さんらしき人に確認してみるとどうやら荒天のためお休みらしい。仕方がないのでカロリーメイトを齧って飢えを凌いだ。
都道最南端
 到着翌日、今日から本格的な散策を開始する。今回の遠征の目的は小笠原の固有種に触れること、小笠原の海岸環境に触れること、ムニンハサミムシの採集の3つだ。この3つを全て満たせそうだということで都道最南端から歩いて海に向かう計画を立てた。林道の入り口には靴についた泥等を落とし消毒する設備がある。日頃のちょっとしたルール違反はあまり気にしないタチだが、生き物屋としてこれを無視することは出来ない。素直にブラシをかけてお酢を吹きかけ、いざ、小笠原の森へ。人目を気にして網は持っていかなかったので見られる虫の数は減るだろうとは思っていたが想像以上に虫がいない。目につくのはアフリカマイマイとグリーンアノールばかり。げんなりしてくる。タコノキを始めとした固有種やすり鉢でのオガサワラビロウの葉を使ったソリ滑りの話に癒されつつも、浜に出るころには小笠原はもう終わったんだという気になっていた。さらに追い打ちをかけるように美しすぎる(清掃されすぎた)浜が僕の目に飛び込んでくる。小笠原で海岸動物と戯れるんだ、固有種いっぱい採るんだ、後で本土のものと見比べるんだ、といった諸々の理想は見事に打ち砕かれた。この時点で小笠原に嫌気が差していたが、来るのに15万近くかけたんだ、予約だって電話しか通じないし日程調整も大変だったんだ、まだ北部の深い森の中には入っていないじゃないか、僕はムニンハサミムシを採るんだ、と消極的にも積極的にも理由をつけて車へ戻った。

タコノキ林


通行止め
 気を取り直して、とまではいかないがなんとか動くやる気と元気を取り戻して今度は島を北上する。北部の広大な森にならきっとムニンハサミムシがいる。ついでに戦跡も見たい。妄想を膨らませつつ運転していると道路の真ん中に柵が現れた。降りて確認するとどうやら通行止めだ(数時間後集落にて落石のため通行止めという放送を聞く)。無論迂回路なんてものは存在しない。本当についていない。ここまで運に見放された遠征はそうない。なんとか機嫌を保って(1人でも、機嫌は良い方がなにかと上手くいくだろう)ギリギリ電波が入る場所だったので次の行先を探す。ある。通行止め地点の手前にも一か所だけ戦跡がある。よし、今度はここへ向かおう。
砲台
 ナビに従って進み目的地に着くと、おお、明らかに人工的な古い石積みがあるではないか。海軍の倉庫的なものらしい。森に入るとすぐに電波が途切れてしまうので入り口の地図の写真を撮って戦跡を巡る道に入る。すぐに砲台や弾薬庫にたどり着いた。そういえば日本からの攻撃(抵抗)の跡というのは見たことがなかったかもしれない。これが人を殺すための道具なんだなあと思っても、もう動かないし実感が湧くような湧かないような。ともかく見たかったものは見られたということで、今度は採集に頭を切り替える。どれだけ石をめくっても出てくるのは小さなアフリカマイマイとブラーメニメクラヘビと数種のカタツムリ(後から聞いたらこれらも外来種である可能性が高いらしい)ばかり。相変わらず外来種だらけだ。途中でカタマイマイを発見して、これがかの有名な、と心が躍ったが結局ムニンハサミムシは見つからないまま車道まで出てきてしまった。海岸動物に続きムニンハサミムシまで敗北。嗚呼、空腹も相まって今度こそ完全に心が折れそうだ。一旦お腹を満たさないと前に進めそうにない。とぼとぼと車を運転して集落まで戻り、今度こそ開店中の商店でカップ麺と菓子パンを買い込んだ。
小剣先山、乳房山
 昼食後、とにかく出かけないことには何も起こらないだろうということで小剣先山と乳房山に登ることにした。先に小剣先山へ。相変わらずグリーンアノールだらけだし、めくれそうな石もないからムニンハサミムシは期待できない。とは言え他の場所と比べると植生の多様性が豊かだしちょっとだけ気分が晴れた。1人だし、目に留まるものも少ないのでサクサク登っていくとなにやら様子のおかしいトカゲが目に入るようになった。グリーンアノール、にしては小さい。よく見るとオガサワラトカゲだった。午前中の感じからして、てっきりグリーンアノールに駆逐されたのだとばかり思っていた。標高を上げると明らかにオガサワラトカゲばかりになってきた。元々低地にはいなかったのか、グリーンアノールに追いやられたのか、真相は定かではないが何はともあれ一旦生き残っていたことを喜ぼう。元気を取り戻してずんずん歩き、小剣先山の展望台に到着。ちょうど人一人分ぐらいのスペースから集落を見下ろせて、まるで秘密基地の物見小屋だ。別に観光地なのに(もっとも、すぐ近くに乳房山があるのにわざわざ小剣先山に登る人は少ないだろうが)、自分しか知らない最高の景色だと錯覚してしまうぐらい素敵な場所だった。しばらく休み今度は乳房山へ。小笠原諸島の最高峰らしい。目につく動物は小剣先山と大体同じ感じだが、森の雰囲気はよりうっそうとしていて、ちょっと不気味なぐらいの感じだった。途中にあるガジュマルの大木からは大量の気根が垂れ下がっており、一人薄暗い森の中で対峙した時には冒険心くすぐらてかなり舞い上がった(ガジュマルが外来種であることに目をつぶれば最高)。かなり急な道だが、他の場所と比べると自然度が高くて楽しいのでそこまで苦痛に思うことなく山頂へ。まず目に入るのは集落と、その奥に点々と浮かぶ小さな島々。穏やかとはこのこと、風裏だったこともあり長閑な離島の景色だ。そこから少し狭い道を抜けて反対側の海が見える展望台へ向かうと、そこには文句なしの、僕が今まで見てきたどの景色とも一線を画す絶景が広がっていた。見渡す限りの海。山にばかり行っていたから忘れていたが、そういえばここは絶海の孤島なのだった。絶景ってなんだろうという思いがあって、それまであまり絶景という言葉を使っていなかったがこれを絶景と言わずして何を絶景というのだという謎の自信が湧いてきて、うっかり絶景だという感想を抱いてしまった(M-1の審査員が100点を出す時みたいな)。まあ、水平線までずーっと海なんていう景色は本土でも普通にあるのだが、自分が今太平洋のど真ん中の小さな島にいるんだという意識が海を広くさせた。不貞腐れて宿に引きこもらなくてよかった。夕方も近かったので元気一杯スピーディーに下山。
ウミガメ
 午後から父島に移動なので母島2日目にして最終日。通行止めのせいで山には行っていない場所がなかったので昨日行きそびれた砂浜を一通り見て回ることにした。相変わらず清掃されすぎた浜ばかり。おもしろかったのはクジラぐらい。心が疲れてしまったので出航まで集落の港隣接の砂浜で過ごすことにした。穏やかな気候で、そういえばその辺にいる鳥も固有種なのか、とか考えながらただただのんびり。人がいない場所って、素晴らしい。2時間もすると動く元気が出てきたので近くの突堤を覗いてみる、と、大きなアオウミガメ。でかい、っていうか近い(堤防の足場が低い)。偶然立ち歩いたタイミングで出会えるとは何たる幸運。母島ではなにかと不運続きだったけど、その内の3割ぐらいは帳消しにできた気がする。
油断
 帰りは行きよりも揺れないから酔い止めなんてなくても平気さなんて思いながらははじま丸に乗り込んだ。しかし別にめちゃくちゃ揺れる。あれ、まずい、と思い始めたときにはもう遅かった。結局行きは踏み越えなかった船酔いのラインを豪快に踏み越えた。なんとか吐くことはなく父島に到着し、レンタカー屋へ。今度は信号無視を仕掛けた(母島には信号がなかったので完全に信号の存在が頭から抜け落ちていた)。穏やかな島の雰囲気に甘やかされてか、色々と油断しすぎ。東京で命を落としそう。
やっぱりだめか
 父島でも懲りずに浜巡り。やっぱり清掃されすぎている。虫なんていやしない。最悪だ。面白かったのは浜からの帰り道に見た食事中のオガサワラオオコウモリぐらい(熟したタコノキの実を食べていた。いかにも小笠原。)。相変わらず大量にいるアフリカマイマイとクマネズミに完全に嫌気が差したので、宿で一人最終夜の宴を開いて寝た。
いっぱい固有種
 あっという間に小笠原最終日。父島ではリゾートホテルに泊まっていた(日程の関係でここしか受け入れてくれなかった)故、朝ごはんが出てきた。小笠原の幸をふんだんに使った料理らしい。全品美味しい。滞在中菓子パンとカップ麺しか食べていなかったので余計に沁みた。元気いっぱいで山に向かう(もう小笠原の海岸には愛想が尽きた)。また通行止め。嗚呼、今回は一貫して運がない。仕方がないので行先を変えて適当な山を歩く。父島の林道沿いには植物の名前が書かれたプレートが置かれているのだが、それを見て驚いた。ほとんどが固有種だ。話に聞いていた通り「ムニン○○」がいっぱいある。これこれ、これを見に小笠原に来たんだよ!とたくさん写真撮影をしながら山頂へ。集落を見下ろし、海を見て、ああ今日でもうここを離れるのかと感傷に浸る。悪口が多かったけど、人が少ない穏やかな環境自体は大好きになった。いつかまた、もっとお金に余裕が出来たら1か月ぐらい釣りでもしにこようかなんて考えながら山を下りた。
ばいばい小笠原
 下山後、出航までの時間はビジターセンターに行ったり町を散策したりして時間を過ごした。あっという間に乗船時刻になり船に乗る。どうやらお見送りがすごいらしいぞ、という情報だけは持っていたので素直にデッキに出てみる。我々観光客に対してのそれもあったが、4月ということで就職、転勤等のために島を離れる人がたくさんいたらしく、そのお見送りはもう、それはそれはおおがかりなものだった。太鼓が響き、横断幕が広げられ、漁船で追いかけてきて海に飛び込む。島を離れる人はそれに応えるようにレイと呼ばれる草の輪っかを海に投げていた。そういえば父島の砂浜にこんなようなのが落ちていたなと思いだす。こんなに早く伏線回収されるとは。しかしまあこれを見て部外者の僕が感動しているというのはなんだか忍びなかったのでさっさと座席に戻って寝た。
船に揺られて
 帰りは行きと違って船の揺れは小さかったが行きと同じくずっと寝ていた。目を覚ますと伊豆諸島の辺りだった。特にやることもないので、ダウンロードしていた呪術廻戦やらかぐや様やらを読んで時間を潰す(漫画を読んでも酔わない。最高。)。そんなだったので当然この後これといった出来事も無く普通に東京に着いて長く短い小笠原遠征が終わった。

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