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2023.6 八重山

勝負、ヤエヤマミツギリ
 随分前から飛行機の予約を取っていたが特に目的がなかった6月の八重山遠征、台湾ですっかり雑甲に目覚めたので狙いは雑甲、その中でも特に憧れのヤエヤマミツギリがメインターゲットになった(なんかすっかり「虫屋」らしいことを言うようになってしまった。まあ根底にあるのは変わらず、山歩き楽し~なのだが。)。図鑑で見ていても非常にかっこいいし、どうやら珍しいらしいので是非見てみたい。買ったばかりの沖縄甲虫図鑑とマスターハンドルを携えて、8日間の勝負が始まった。
弱くても戦えます
 ヤエヤマミツギリ採集の主要な方法は灯火採集らしい。困った。僕は灯火器具を持っていない(あいつら高過ぎ)。なんとかお安く戦う術はないかと調べてみると、2000円ぐらいのブラックライトでも十分虫は寄ってくるらしい。ふむ、使用動画を見てみると確かに結構虫が来ている。安いし、他に方法が見つからなかったので思い切って買ってみた。どきどき初陣…おお、めちゃくちゃ来るじゃないか!開始数十分で小さなコガネが3桁来ている。一晩でコガネが7、8種は来たし、サキシマヒラタも来た。ブラックライト、やるじゃないか。初日から大盛り上がり、これはミツギリもあるぞと大満足で車の中で眠りについた。
孔雀
 屋良部の牧場の横の駐車場で目を覚ました。朝一の牧場の景色を見て、今日も一日がんばるぞと伸びをして屋良部岳を登る、と、孔雀がたくさん。以前も羽だけは見たことがあったが、そのものを見たのは初めてだ。初めのうちこそ親子でいるところや飛び立つところを見る度に興奮していたが、山道の一往復で毎日5、6羽は見る。2、3日もするとはすっかりレアリティが下がってしまった。
土場探検
 繰り返しになるが、今回の一番の目的はヤエヤマミツギリだ。そういうわけで土場を探す。1人なので遭難にビビり散らしながら林道を逸れて探索をしていると土場を数か所見つけた。これだ!西沢さんの話ではこういう環境にいるらしい。早速探索開始、すると出るは出るは大量のヤエヤマサソリ。君らこんな場所におったんか。でも今回君たちに用はない。引き続き探索を続けると枯れ木に付く虫が色々採れたが、結局ミツギリは出なかった。夜の方が良いのかなと思い引き返す。まだまだ元気だ。
ヒロアカおもしろい
 第二夜、ブラックライトを光らせて車内に籠る。南の島の森で夜1人ってめちゃくちゃ怖い。あちこちでカエルが跳ねるから俊敏な動物の音がずーっとしている。鳴き声の量も本土とレベルが違う。灯りも、自分が光らせたブラックライト以外には全くない。おまけにこの日は霧が深かった。怖くてやってらんないので周辺の探索はそこそこにして車内でヒロアカを観て過ごしていた。おもしろいね。虫の方はというと、65mmちょいのサキシマヒラタやらオオイクビカマキリモドキやら結構良い虫が来た。ブラックライト、頑張っている。が、ミツギリは来ず。まあまだ焦る時ではない。

 3日目、YとS1と合流して西表へ。石垣島とは田舎度合いのレベルが段違いで良い感じ。早速道端の草の上にアオムネスジタマムシが。幸先良し。港を間違えたのでバスに乗ってレンタカー屋へ向かい車を受け取る。小笠原のものほどではないけど中々の年代物だ。というかこちらの方が手入れが雑(失礼だけど)だからかボロボロ度では上をいっている。ぼろい車ってなんでテンションが上がるんだろうね。手続きを終えキャンプ場へ。車を降りるときに異変に気付いた。なんと車内に蟻の巣が。西表、ここまでとは。
マングローブ
 今回Yが西表に来たのはヤエヤマコクワを採るためだ。早速実績ポイントへ向かう。森の環境としては石垣島よりも台湾の低地に近い気がする。山の規模が大きい。面白いものだらけで楽しい山歩きだ。途中の展望台からは広大なマングローブ林が見えたが、こういう低地の広大な湿地帯が残っていることに感心した。こういう場所は真っ先に開発されるから、これだけ豊かな環境が残っているのは素晴らしい。日本にもまだこんな場所があったんだなあ、台湾以降すっかり海外かぶれになっていたことを反省した。マングローブ林内を探索したいと思いつつ、目的のポイントまではまだ距離があったので歩を進めた。
ヤエヤマコクワ
 2時間ほど歩いてようやく灯火ポイントに到着。早速点灯。まあ、いろいろ来る。嬉しかったのはスジイリコカマ、日本産カマキリコンプリートに一歩近づいた。コンスタントに面白い虫が来るので飽きない。そんなこんなで2時間ぐらい経った頃だろうか、Yが声を上げた。そこにはなんとヤエヤマコクワ。まさか1日目にして手にするとは。よかったね。あ、ミツギリは今日も来なかった。
アンチ
 そんな目的達成大満足灯火の裏では、とある虫との格闘が繰り広げられていた。灯火開始から1時間程経った頃だろうか、妙に腕が痒い。初めのうちは蚊の仕業だと思って適当に手で払っていた(疲れていたし、ライトをつけると虫が来るから暗闇ノールック)。あまりにも痒いのでライトをつけて腕を見てみるとひどい蚯蚓腫れが。これは蚊じゃない、誰の仕業だ、と思考を巡らせ始めたその瞬間腕にハネカクシが止まった。お前か!嗚呼、横着してノールックで払っていたのが良くなかった。結局しばらく跡が残ったし痒かった。コクワが来たからよかったものの、来ていなかったらと考えるだけで恐ろしい。この一件以降しばらくの間ハネカクシアンチになってしまった。
キャンプ
 下山後、ヘトヘトになっていたがお腹は空く。そして折角の貸し切りキャンプ場だ。ド深夜に遊ばずにはいられない。火を起こし、カップ麺に湯を注ぐ。虫捕り以外でこんなに楽しい遠征はそうない。大満足の西表初日だった。
サウナ
 目的達成大満足Yは昼まで寝ていた。一方僕とS1は日が昇り始めてすぐ起きた。太陽が出ると仮設テントは一瞬で灼熱地獄になったからだ。なんでこんなところで寝られるんだ。外に出て、ハンモックでもう一眠りして、のろのろと朝ご飯、いや、ブランチに八重山そばを食べに出かけ、その後S2と合流した。
カメ、ヘビ、トカゲ
 相変わらず灯火は大盛況(この日はもう近場で済ませたが)。まあそろそろ常連も増えてきたが、それでも毎晩何かしらの新顔はやってくる。すごいね西表。西表のすごいところと言えば、石垣と比べて明らかに両爬の数が多い。サキシマハブ、ヤエヤマセマルハコガメ、ヤエヤマイシガメ。キシノウエトカゲは今回初めて見ることが出来た。両爬ではないけど、脊椎動物でいえばリュウキュウイノシシも見ることが出来た。やはり山の規模が大きいからか、大型の動物も数多く生息しているようだ。日本にこういう環境が残り続けると良いなと思う(が、実際のところ難しいだろうな)。
豚骨
 ヌルッと灯火を終え(ミツギリは来なかったよ)、ゲンゴロウ探しを終え(ヒメフチはいなかったよ)、キャンプ場に帰る。この日はS2がいたから凝った料理が始まった。貧乏車中泊でカスみたいな食事の日々だった(そして石垣に戻ったらまたカスみたいな食事になる)のでたいへんありがたい。スーパーに豚骨が売っていたのでそれを野菜と共に煮込む。絶品。旨味が爆発している。シチュエーションも相まってめちゃくちゃ美味しい。骨ってこんなに美味しいのか。京都に帰ったら鶏ガラを買ってみよう、たしかイズミヤで売っていた。醤油を垂らせば豚骨醤油に。食べ終わったときには空が白んでいたけど最高の夜だった。

遭難一歩手前
 翌日5日目、海で遊ぶ3人を横目に一足早く自分だけ石垣島に戻った。西表で英気を養い石垣にて後半戦開始。この日は土場で光らせる攻めの姿勢だ。相変わらずちょこちょこ新顔が来て楽しいのだが、ミツギリは来ない。虫の数で言えば林道上の方が多いから明日からは無理してくることはないかなとじゃがりこを食べながら考える。実は西表で野生生物保護センターを訪れていたのだが、そこにあったヤエヤマミツギリのラベルは4月のものだった。ネットで調べてもどうやら近年発生時期が前倒しになる傾向があるようだ。ダメかなあと思いつつもやることが無いし、可能性は0ではないだろうと思ってその時を待つ。しかし来ない。バッテリーも切れそうだし今日はもう帰るかと撤収しようとする、と、帰る方向が分からない。まずい、暗闇で完全に方向感覚を見失った。頭の中にはっきりと遭難の二文字が現れる。幸いそんなにがっつり林道から外れていたわけでは無かったし、思ったよりも冷静でいられたので、落ち着いて土場の縁に沿ってあらかじめ見つけておいた目印を探す。あった。変な形の樹だ。ここまで来れば安心。次の目印へと順に辿っていってなんとか林道まで出ることが出来た。いやはや成果を焦りすぎた。1人のフィールドワークは十分すぎるほどに気を付けなければと反省し、どっと疲れてしまいさっさと寝た。
山頂
 6日目は朝から活動して、真昼間はネカフェで休み16時ごろからまた屋良部に向かった。日が沈むまでまだ時間があったし、石垣に来たら1回ぐらいは山頂の景色を見なければということで登ってみる。霧がかかっていて非常に幻想的だ。そして風の動きが分かりやすい。吹き上がり、吹きおろしが目に見える。これは灯火をするにあたって重大なヒントだ。早速今夜から生かしていこう。しかしまあ、屋良部の景色には石垣の好きなところが詰まっている。どこかにイグアナ(まあ外来種なんだけど)はいないだろうかと思わず探してしまう豊かな山の奥にチラッと見える牧場と海。時間の流れが遅い。ここに来るといつも、ああ移住したい、と思う。研究者として上手くいかなくても、社会生活がダメになっても、ここならきっとなんとかなると思わせる力がある(実際のところそんなに甘くはないだろうけど)。これ以上ここにいると帰京後即実行に移してしまいそうだったのでさっさと下山した。
イタリコ
 7日目も朝から活動開始、昼も夜も無難な虫捕りが続く。悪くはないのだが、本命が来ない。根詰めてやっても嫌になるだけなので無理せずイタリコで回復を図る。良い景色、美味しい料理、落ち着いた店内、素晴らしい店だ。ちょっと値段が高いのも、旅行の贅沢を感じられて好きだ。店として贔屓しているのはこことげんざえもんぐらい。これからも石垣に来たら絶対に来るんだろうな。どうか潰れませんように。
延長戦、前勢
 最終日の朝、いつも通り屋良部でスイープ中心に採集を行ったがこれといった収穫は無し。毎日十数時間虫捕りをして車中泊、最終日ということもありここで流石に心が折れた。最後にせめてちゃんとしたものを食べよう、と思い石垣港近くのゴードンという定食屋へと車を走らせる。昔は24時間営業だったらしいけど最近はもう深夜は営業していないらしい。まあ、味は普通だし値段は高いし店の雰囲気も別に好きにならなかったからわざわざ次来ることはないなぐらいの感じだったけど、ちゃんとしたものを食べたら元気が出てきて折れた心が復活。そういえば今回1回も行っていないなと思い前勢へ向かった。向かう途中ガソリンが切れたので給油、なんとこの時点でのガソリン代が最終的な距離料金を上回っていた。恐るべし、山道走行の燃費の悪さ(数えきれないぐらい屋良部岳を往復していた)。前勢での収穫は初採集のヤエヤマムラサキぐらい。でも、前勢の展望台から見下ろす石垣の街並みは大好きなので来てよかった。
記憶の残り方
 結局最後までミツギリは採れなかった。完全に僕の心に火が付いた。いつか必ずこの手に。
 2023年末、今年一番思い出深い遠征はなんだろうかと考えると、実はこの八重山遠征なのではないかという気がしてきた。台湾やタイを差し置いて、だ。見られた生き物の「ヤバさ」では、それらに及ばないが、一人で限界まで、毎日十数時間虫捕りをして車中泊という「苦しさ」が最高の味付けになっている気がする。やはり思い出というのはそれなりの過酷さがあった方が強く記憶に残るのだろうか。

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