「三体」シリーズ全体の感想

これは「三体」シリーズ全体のネタバレを含む。既読であるか、ネタバレを気にしない方のみ先へ進むこと。また、三体1,2についての感想は、本書を一度読んだきりなのであやふやなところがあるかもしれない。

まず感想の前に私がこのシリーズに触れたきっかけを話したい。

 二年前に「三体」が出た当初は、存在自体知らなかった。あの頃からSFを読んではいたが、古典的な名作をひたすら追う段階で新刊にまで目を向ける余裕がなかったためだ。

 しかし2年前の8月頃にツイッターでとあるツイートをみかけた。「三体」では、なにやら歴史上の偉人が一堂に会して議論するシーンがあるらしい。(言わずもがな三体ゲームの中の一節だ)これは面白そうだとすぐに飛びついた。これが私が「三体」を読み始めたわけである。

 「三体」をはじめ読んだとき、正直なところパッとしなかった。序盤に出てくる文化大革命のシーンは、それ以降に生まれた者にとってはあまり現実味のないものであったし、三体人とのコンタクトはとれたものの、基本的に地球での出来事に留まっていて具体的な進展は「三体2」を待たねばならなかったからだ。

 だが三体ゲームにおける三体世界の描写はかなり気に入ったことを覚えている。特に人力コンピュータのシーンが革新的で、すごいことを思いつくなと驚いた。他にも宇宙背景放射を操作したりと多少宇宙論をやっている人間からすると、面白い点がいくつかあったが、それでも良作止まりといった印象だった。

 しかしながらその評価は「三体2」で一変した。今度は三体世界との具体的な攻防が描かれている。浅いと言われるかもしれないが、やはり動きがあったほうが楽しめるというものだ。中でも「水滴」による宇宙艦隊の全滅シーンは、絶望感を読者に与えただろう。作中には面壁計画という突飛なアイデアが登場し、本当にこんなことで三体世界に勝てるのか疑問だったが、2の主人公羅輯には適性があったらしい。葉文潔の残したヒントを元にしながら、ついに「暗黒森林理論」にたどり着く。そうして宇宙空間への座標の発信という、ボタンひとつで三体、地球両文明を滅亡させられる爆弾を抱えながら、三体世界との和平交渉に成功し、地球には平和が戻ってきたというストーリーになっている。ハードSFでありながら、一般大衆にもわかりやすく、一気に名作と呼べるレベルに達した。

 ここで登場する暗黒森林理論自体はそう目新しいものではない。かの有名な故スティーヴン・ホーキング博士は、宇宙人とのコンタクトを試みるべきではないと再三語っていた(この発言がなされたのは2010年で、すでに三体2が出版された後だったので実はほとんど同時期だった)。いずれにせよどちらが先かは重要ではない。人類の歴史を紐解けば、新しい領土を見つけた種族が何をするかは周知の事実だ。すなわち、土地を占領し先住民がいれば虐殺して奪い取る。これはほとんど例外はないといってよいと思う。当然宇宙が有限である限りは、同じことが成り立つ。ETなどで描かれる友好的な宇宙人は実際には存在しないというのが、暗黒森林理論の土台となっている。

三体3 死神永生を読む

 ここまで読んで、私はこの後どのようなストーリーが待ち受けているのか見当がつかなかった。せいぜい恒星間宇宙へ旅を続ける<青銅時代><藍色空間>が一波乱起こすだとか、その程度となめていた。だから三体3は心待ちにしていたけれども、2ほどの期待感はなかった。

 発売日は用事があったので、翌日に手に入れ読み始めるとなにやらローマ帝国の滅亡が書かれていた。よくわからず読み進め、とりあえずすべてのことには終わりがあるということが言いたいらしいことは理解できた。(これは完全に個人的な話になるが、以前読んだ流血女神伝シリーズのギウタ皇国滅亡のシーンも酷似しており想起された。当時は知識が浅く気付かなかったが、今考えるとあの場面はこの戦いをモチーフにしていたのだ。)

 危機紀元初期には、「面壁計画」のほかに「階梯計画」が存在して、これは三体艦隊に人間のスパイを送り込むというものだった。正直人間一人送り込んだところでどうにかなるものでもなさそうだが、この計画は実行に移された。立案者である程心は被験者に安楽死寸前だった雲天明を選ぶ。はじめ読んだとき、何と残酷なことをするのだろうと思った。そもそも彼女らは大学時代の友人で、そのような仲であったにもかかわらずどうせ死ぬんだからいいだろうと言わんばかりに敵の捕虜になれと迫る。彼はその役を引き受けるが、結局のところ彼の脳が乗った探査機は不慮の事故で宇宙のかなたに飛んで行ってしまい、失敗した。

 一方、抑止紀元では前作の主人公羅輯が未だに座標送信のスイッチを握っていたが、年齢のため後継者を選ぶ必要があった。紆余曲折を経て執剣者となった程心だが、交代してすぐ、水滴が地球へ超高速で向かっていると知らされた。明らかに程心もしくは座標送信のための重力波送信器への攻撃のためである。しかし彼女は押せなかった。押せば三体、地球両文明が滅びることはほとんど疑いようもない事実だったからである。結局のところ、彼女には抑止力を行使する覚悟が足りなかったのだ。そう考えると、半世紀もの間スイッチを守り続けた羅輯は適任だったのだろう。三体世界は彼なら迷わず共倒れとなろうとスイッチを押すに違いないという評価をしていたということなのだから。読んでいて程心の意気地のなさには少しあきれてしまった。

 座標送信の手段を失った人類は、また三体世界の侵略を受けることになってしまった。人類はオーストラリアか火星の狭い生存権に追いやられ、今度こそ敗北を喫するかに見えた。しかし唯一移動式の重力波送信器を持つ<万有引力>が水滴の攻撃をかいくぐり、座標の送信に成功していた。彼らは英雄といってもよかろう。不甲斐ない執剣者に代わって地球を救ったのだ。

登場人物について

 なんだかあらすじばかり書いて感想が少ししかない駄文になってしまった。ここからは程心にスポットを当てていきたい。

 今作を読んでいて、彼女の愛というものがメインに描かれているなと強く感じた。最初に大学で独りぼっちだった雲天明に話しかけたのは彼女だった。特別な感情ではなく、ただ皆にこうであるということだが、一種の母性とも考えられる。次に執剣者としての行動である。押してしまえば両文明が滅亡するが、実行しなければ犠牲になるのは地球文明だけで済み、三体文明は存続する。あるいは三体世界が情けをかけて地球人を生かし続けるか、どちらにせよ共倒れは防ぎたかったためで、三体人をも含む愛とも解釈できる。最後に星環シティの曲率推進ドライブの開発を巡って政府と対立した際に一切の研究を放棄することを命じたところだ。もしうまくいけば人類は光速で移動する手段を手に入れられるが、代償として太陽系の座標をよりはっきりと宇宙へ晒すことになる。程心は掩体計画が軌道に乗っていることからも、これ以上のリスクを抱えるべきでないと判断した。これも人類に対しての愛といえそうだ。(拡大解釈?)

 私からすると、この決断は間違っていたと判定したくなる。雲の件は置いておくとしても、執剣者としての責務を果たしておけば抑止紀元後の混乱はなかったし、犠牲者は少なくて済んだはずだ。また政府と対立することになろうと曲率ドライブの開発を進めさせておけば、のちの大災厄から逃れられる人は多少なりとも増えただろう。まあそうはいっても一個人にこのような責任を負わせるのはあまりに酷で、致し方なかったとも考えられる。某サイトのレビューを読んだら、でしゃばる無能だの嫌悪感を覚えるだのそのくせ無駄に責任感があるだの散々な言われようだった。わからないでもないが、あなたたちは神の視点から見ているのだから何とでも言えよう。

 次は艾AAについて。彼女は程心が抑止紀元に冬眠から目覚めてすぐ知り合った。常に程心を補佐し、心の支えにもなっている。誤った決断をしていき位消沈している彼女を救ったのはいつも艾AAであり、良いパートナーのように見える。長いこと一緒にいたのに、最後にはバラバラに分かれてしまい非常に悲しかった。唯一の慰めは岩に掘られたメッセージだろうか。

科学的な要素の考察

 まず智子についてだが、前作までは地球に干渉してくる厄介な粒子ぐらいの認識だったのだが、今作では機械の肉体を与えられ、三体世界と地球の架け橋のような役割になっている。これには驚きたかったのだが、三体2を読み終えた後ツイッターで外国人からネタバレをされてしまったため、既知の情報であった。マジで許さないからなあの外国人。

 抑止紀元において三体世界と地球が表面上友好関係にあった際には、物腰柔らかでザ・大和撫子といった様子だったが、抑止が終わり再び危機が訪れると今度は人間を虫けら呼ばわりして移住を迫ってくる。この豹変ぶりがとても人間らしい。最後に程心と関一帆と共に新宇宙へ赴く際には、何があっても二人を守ると宣言し、さらに人間らしさを獲得したように見えた。

 また、<藍色空間><万有引力>の遭遇した「四次元のかけら」は三次元空間に生きる私たちにとっては想像するのが難しい。とりあえず四次元空間の中では三次元物体は丸裸にされるようなものだろうか。こいつのおかげで水滴を破壊し座標を発信できたのだからよかったのだろうが、割とご都合主義的なタイミングだとも感じた。この「かけら」内部では未知の文明の残滓が発見され、もともと宇宙は四次元であったことが示唆されている。

 暗黒森林攻撃から逃れるための各計画にも触れておきたい。「掩体計画」は光粒攻撃で太陽が爆発しても、巨大ガス惑星の背後に隠れることでやり過ごすというものだ。一番現実的であり、作中ではこれが採用された。187J3X1星系や三体星系が光粒攻撃を受けたため、当然太陽系にも同じような方法がとられると推測されたことによる計画だったが、見込みが甘かった。

「暗黒領域計画」は、光速を第3宇宙速度(太陽系から脱出するために必要な速度)以下に落とす(!)ことで光さえも太陽系から脱出できなくさせる。それはつまり人類は二度と太陽系から出られなくなる代わりに、安全宣言をするようなものである。読んでいてこのアイディアには恐れ入った。まず光速を落とすという発想がぶっ飛んでいる。光速度はこの宇宙で唯一といってもいいくらいに普遍な値である。どの慣性系からみても光速は299,792,458 m/sで一定であり、現在の物理学では例外は存在しない(はず)。それを変えてしまえば確かに永久に攻撃からは逃れられるだろうが、発展の可能性はかなり小さくなる。そもそも技術的にも厳しく、却下されていた。

最後は「光速船計画」である。光速の宇宙船を開発して別の星系に移住するというもので、これを実現するためには「曲率推進ドライブ」が不可欠であり、非常に目立つ痕跡を残してしまうためやはり攻撃の標的になってしまうリスクがある。このため程心は開発をやめさせたわけである。曲率推進ドライブもまたとんでもない産物だ。曲率とは宇宙の曲がり具合のことで、Kで表す。現在の宇宙はKがほぼ0で平坦であり、わずかに開いているとされている。これを操作するなどという芸当が果たして人類にできるのか、私は1000年経っても無理だと思う。ともかくこの作品には読んでいてワクワクする技術がたくさん出てくるため飽きが来ない。

 さて、この作品でもっとも度肝を抜かれたシーンといえば、ほぼ全員が「太陽系の二次元化」と答えるだろう。暗黒森林攻撃として太陽系を襲ったのは光粒ではなく、双対箔だったのだ。なんのこっちゃという感じだが、この双対箔を中心に三次元空間は二次元へ変換されてしまう。これもまたよくわからないが、しかし太陽系の天体が次々と一枚の絵のようにされていく描写はあまりに残酷で、読んでいてつらかった。掩体計画の実行により楽観視をしていた人類も例外でなく、なすすべもなく二次元化されていく。この攻撃から逃れるのに必要な速度は光速であり、それができるのは秘密裏に実用化されていた曲率推進ドライブ搭載の、程心の乗る「星環」ただ一隻だったのだ。こんなことを思いつく作者は悪魔か何かと勘違いしてしまいそうだが、悪魔的発想から生まれたこのシーンが一番センスオブワンダーに満ち満ちていて、もっとも美しいといえるかもしれない。もしうまく映像化されたならぜひ見てみたい。

 ラストは宇宙の熱的死にまで触れられており、スケールの大きさが無限大にまでいってしまった。読み始めた頃は、最後には地球か三体かどちらかが滅びるのだろうなとその程度にしか考えていなかったが、考えが甘すぎた。終盤に程心と関一帆は現在の大宇宙とは別の小宇宙に逃げ込むが、そのとき質量を大宇宙から奪う形になってしまった。これの何が問題かというと、作中の宇宙は減速膨張を続け、その後収縮に転じてブッククランチを起こし、新しい宇宙が誕生することになっていた。しかし程心たちの他にも小宇宙に逃げ込む知的文明は数多くあり、彼らが大宇宙の質量を持ち去ったせいで宇宙全体の質量が大きく減少することになったのだ。全体の質量が減ってしまうと、膨張するエネルギーが物質の重力に打ち勝ち、加速膨張を始めてしまう。これでは際限なく膨張して物質間の距離が開いていってしまい、最終的にスカスカの状態になる。これを宇宙の熱的死と呼ぶ。(実は現実の宇宙は加速膨張を続けており、遠い未来にこうなると考えられている。)

 この熱的死を避けるため、宇宙の文明は存在する様々な文明の言語で声明を発表し、持ち去った質量を大宇宙に戻すように求めた。これに応えるべく、程心らは記憶のみを残して新宇宙へ旅立つ。

 まさかサイクリック宇宙論まで持ち出してくるとは、とんでもない終わり方をするものだ。元々の宇宙は10次元か11次元で、低次元化攻撃が繰り返されたために3次元にまで落ち込んでしまったという考え方は全く新しいものだ。「4次元のかけら」も以前の宇宙が四次元であったということであり、それを裏付ける。上巻の冒頭付近で、地球は人間によって環境を変えられてきた。では宇宙は?というような問いかけがなされていたが、まさに宇宙も知的文明によって作り替えられてきたことがはっきりしたわけである。


 そういえば、雲天明のおとぎ話に触れていなかった。はじめ読んだときはこんなものにメッセージ性があるのかと半信半疑だったが、泡の船から曲率ドライブを思いつき、雪浪紙が空間曲率を表すことが分かると、あとは芋づる式に謎が解き明かされていくさまは非常に気持ちが良かった。単純におとぎ話としても面白く、やはりこれを思いつく作者は天才なのだろう。

総評

 三体文明との接触から始まった本シリーズは、侵略への抵抗、両文明の滅亡と続き、最後には宇宙さえも終わってしまうというビッグスケールな物語になった。ここまで分量のあってハードなSFは初めてだったが、読み始めるとページをめくる手が止まらず、今作も上下巻を二日で読破してしまった。間違いなく私のSF観を変える一冊(五冊だが)になったし、このような作品をリアルタイムで追えたことにたいへん喜びを感じる。私にとってはもしかすると、というかほぼ間違いなく「巨人たちの星」シリーズを超えて最も面白かったシリーズとなった。

 三体1と2は非常にわかりやすく書かれていて、SFに馴染みのない人でもすらすら読めるだろう。3は特に終盤が少し難解ではあるが、ここまで追ってこられたのだから頑張ってひといきに読んでもらいたい。

 最後に、一つのシリーズにここまでの文章を書いたことはなかったのだが、読後の喪失感に襲われ、また吐き出す場が欲しいがためにろくに推敲もせず一気に言語化してしまった。あまりにも雑で浅いので多くの人の目に触れることは望まないが、もし共感してもらえるのであれば本当に嬉しい。

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