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7年間を振り返って⑦

正直少しめんどくさなってきましたが頑張って書きます。
自分が切ったACLというのは、膝を支える4本の靭帯の内の一つで、主に前方に膝関節が滑るのを止めたり、切り返しの動作で膝を捻る際に支えてくれる役割をしています。4つの靭帯の中で唯一、自然治癒することが無く、治すには手術をする以外の選択肢がありません。一応手術をせずとも、日常生活は送れます。ただ少し頑張るとガクっとなり、それを繰り返すと膝軟骨が摩耗し、歩けなくなっていくようになります。
というわけで、まあ当然手術ということになります。そうなると自動的にリハビリ期間は最低6ヶ月最長1年となります。正直、何もかも嫌になりました。先が見えなすぎて、何やってんだろという気分です。腐りました。
手は空いているので、一応新入生のOLを教えたり、キックの基本的知識を教えたりなんかはしていました。身は入っていませんでした。このくらいはやっているように見せないと。と、周囲の目を気にしてただやっているというだけでした。
そんなところが見抜かれていたのでしょう。あるチームメイトが指摘してくれました。「もっと出来ることあるやろ。サボってんちゃうぞ。」と。全くもって仲が良かったとかではありませんでしたが、金言でした。その瞬間はやってるつもりだとムカつきましたが、この言葉が無ければそのまま腐り続けていたでしょう。
少しずつ心を入れ替え、チームのために自分が出来ることとはなんだろうかと考えました。そこでようやく、来年3回生になったら、再来年4回生になったら、その時チームがどうあればより良いのかという視点になりました。とはいえできることはそう多くありません。そんなとこで出てきたのがまず、1回生OLの指導とマネジメントでした。そこまで3回生に言われたメニューをやっていたのを、自分で一から考えて指導もし、面談してアメフトノートを書いてもらったりなどなどするようになりました。次に1回生のキックの練習指導で、3回生と相談しながらメニューを考えるようになりました。そんで後は、当時選手からキック専任のASになろうとしていたやつがいたので、その彼と、前紹介したK/P専任の彼と3人でキックのお勉強会なんてやってたのは良い思い出です。
8月半ば、みんなが合宿に行ったタイミングで入院&手術でした。(この後2年間合宿は無かったので、実は大学生活で1回しか合宿に行ったことがありません笑。)病室からの景色が良かったです。たまたま同じ怪我の先輩も同じ病室で、夜な夜なカップラーメンを食べながらキックのあれこれを喋っていました。当時はまだコロナなんてものは無く、面会がいつでもできたので、同回や先輩がお菓子を持ってお見舞いに来てくれて、ずいぶん楽しかったように思います。(なんせ部活に行かなくて良い!)
退院する前に、秋シーズンが始まりました。近大戦は松葉杖をつきながら、ベンチで観戦していました。自分のチームなのに、どこか疎外感のある自分がいました。9月半ば、1ヶ月かかってようやく退院でした。

今回はこの辺で、また。

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