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我が家には猫が1匹いる。猫はどこの猫も可愛いんだけど、自分ちの猫はまたひとしおに可愛い。愛おしい……たまに愛おしい感情が振り切って涙が出てくる。猫をずっと飼いたくて飼いたくて、やっと我が家に来てくれたこの小さな猫に、感謝と愛情の念が溢れてしまうのだ。

私が産まれてから、我が家には猫がいた。もちろん、記憶にはかすかにしか残っていないが、アルバムを見る限り、赤ん坊の頃の私と猫の添い寝写真で愛らしい姿が残っている。名前はマイケル。ご存知、小林まこと先生の『What's Michael?』が、人気の年だった。多分、この時期のマイケルって名前の猫は珍しくなかったと思う。それに加えて、母が大のMichael Jacksonファンだった。我が家の猫がマイケルになるのは必然だったんだと思う。
そんなマイケルは病気を患い、2歳で虹の橋を渡った。昭和の田舎というのは、イエネコとはいえ、外に出たがれば「遊んでおいで」と窓を開放して、お腹が空けば帰ってくるというのが定説だった。おそらく外で伝染っしまったのだろう。いつもみたくスヤスヤ寝ているような姿のマイケルの前で母が泣いていた。母の涙を見るのが初めてで、怖くて私も泣いた。母娘で大泣きした。

猫が好き。犬も好き。マイケルと仲がよかったから、きっとどんな動物とも仲良くできる、と思っていた幼女の私は、よく他所のわんちゃんや猫ちゃんに触っては噛まれたり引っ掻かれたりしていた。でも、動物は好き。また猫ちゃん飼いたいなぁ、飼ってくれないかなぁ、という矢先に事件は起きた。
「ママ、目がかゆい……。」

最初こそ、「汚い手で目こすったんでしょ」という呑気なら対応から、みるみる白目部分が茶色くゼラチン質のようにふくれる娘の姿に、ようやく母は眼科に連れて行った。診断は「猫アレルギーですね」だった。
その日から、一切の動物接触が禁止された。隠れて猫を触って帰ると、顔を見てばれた。そして怒られる。私は猫や犬と断絶された。

それから十数年がたち、この長い期間で身についた知識は、猫以外の動物なら触ってもアレルギーが出ない、ということだった。
当時15歳、中学3年生。受験。裕福でなかった我が家は、両親から「公立に受かったら、好きなものひとつ買ってあげる」と約束してもらい、私は晴れて念願だった犬を買ってもらった。厳密に言えば、買ってもらってない。稲毛で生まれたという、柴犬と甲斐犬の雑種をもらった。家なき子のリュウが大好きだった私が一目惚れしたためだ。譲ってくれた柴犬の飼い主さんに、母がお礼でお高めな贈答品を渡していた。あと、犬に必要なリードやエサ箱などの備品を揃えてもらった。
犬がきた! 犬がきた!! 名前はムサシだ。日本犬らしい、表情豊かに、私のあとをついてくる。散歩が大好き。雷の日以外は、雨でも雪でも台風でも散歩に行った。

ムサシとの楽しい日も数年がたち、私も社会人になっていた。忘れ物しない2009年7月。ムサシと散歩にいった。雨の日の夜だった。近所の緑地公園は、その名の通り草木が茂る公園で、遊歩道コースがある。土の上を歩くのが好きなムサシは臭いをかぎながら、スンスンと土の上を歩いていく。私は携帯を触りながらリードを短く持ちながら歩道を歩いていた。ムサシが立ち止まり、しきりに臭いを嗅いで、歩こうとしなくなった。また拾い食いかしら。やだなぁ。と思いつつ、リードを引っ張っても、離れようとしない。食糞でもされたら嫌なので、携帯で臭いのもとを照らした。

水槽……? 雨の水がうっすら溜まったアクリルの虫かごの中に、ネズミみたいな小さな生き物がいる。わ! きも。と思いつつ、生きていたらかわいそうなので、せめて雨が入らないように水を捨てて横にしてあげよう、とカゴを持ち上げた瞬間、ねずみでもなく、もぐらでもない、よく見たことのあるような形の口元が見えた。「……猫??」

生後まだ1日経ったかわからないような、臍の緒がついた子猫だった。慌ててカゴごと家に持って帰り、家族総出で看病した。保温やミルクなど、とにかく全てネットやムサシの病院の先生に聞きながらやった。目まぐるしかった。目まぐるしい、この日々からふと我にかえった時に、アレルギーが出てないことに気が付いた!! 生後間もない猫の看病で微弱なアレルゲンだったのか、そもそもムサシといることでアレルギーに耐性がついたのかは不明だが、私は打ち勝ったのだ!! 

ちなみに、この時の猫はパリスと名付けられた。パリスというのは、MJの愛娘パリスジャクソンから。母と私の大好きなMichael Jacksonが無念の死を遂げた2009年6月。その翌月に現れた天使。どのような経緯で、母猫から産まれて、1匹だけあの緑地公園で虫かごに入れられたのかはわからないが、せめてこの先、なんの不足もなく、これ以上の不幸はありませんように、願いをこめてパリスにした。私にまた猫を触らせてくれてありがとう。アレルギー克服してるのに気づかせてくれてありがとう。
パリスは今でも、母と母の再婚相手のもとで元気に肥えている。

さて、猫を触れるようになった私は、ペット禁止の部屋で一人暮らしや、保護猫活動のボランティアにはまったりで、猫を飼う時期をしばらく逃していたが、2017年に猫好きの男性と晴れて念願の猫を飼うことになった。
その猫が、今我が家にいるキジトラの女の子、名前はピノコだ。

寝ても覚めても、部屋に猫がいる。寒いとすりよってくる。ヒザに乗る。仕事の邪魔をする。君を迎えるまでに、紆余曲折あったけど、うちに来てくれてありがとう。これからもよろしくね。

#猫

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