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Somewhere in Your Kitchen Tabel

 お父さんが昔、中華料理のコックをやっていたこと(僕が生まれた頃にはもう違う仕事に就いていたのだけど折に触れてコック時代のことをよく話していた)や、お母さんが料理好きなこともあって、小さな頃からキッチンという場所にはなんとなく思い入れがあった。たのしそうにふたりでキッチンに並ぶお父さんとお母さんの姿とその風景は、自分にとって当たり前のものだったけれど、今思うと素敵で美しいものだったんだなと感じるし、今の自分のいろんなものに対するスタンス(政治的なものや、カルチャーに対して)にも自然と影響を与えてくれているような気がする。男子厨房に立たず、なんて考え方は朝ドラのなかにだけ残っているとても古いものだと僕は思っていた。だし巻きたまご、麻婆豆腐、じゃがいもとミートソースのグラタン、餃子、ポテトサラダ、ビシソワーズ、鶏団子の鍋。ふたりが作るごはんが僕はとても好きだった。スーパーやコンビニのお惣菜を食べた記憶はほとんどなくて、それがとてもありがたいことだったと気づいたのは大学生になって一人暮らしをはじめてからだった。いつからか、僕も真似して簡単な料理を作ってみるようになった。鰹節と昆布を使って出汁をとってみたり、前の日に余ったとんかつを使ってカツ丼を作ってみたり、袋麺を自分なりにアレンジしたりした。遊びのような感覚に近かったような気もするし、当時とにかく好きになったものを自分でも作ってみたいという行動力にあふれていた僕にとって、ほこりのかぶったワープロを叩いてショートショート小説を書いてみたり、ビックリマンシールの公募に参加するためにチラシの裏に何体ものキャラクターを生み出してみたり、お父さんのアコースティックギターを触ってみるようなことと同じような感覚があったのかもしれない。将来なりたいものが沢山あって、その順位が日替わりで入れ替わるような子供だったから、ミュージシャン、野球選手、お笑い芸人、小説家、教師、図書館員という並びには料理人も入っていた。僕が代わる代わるいろんなものを好きになっていくたびにお父さんと母さんはそれをとてもおもしろがってくれた。あの頃の僕にとって、なにかを作ったり、なにかをできるようになることの動機はそんなふたりの反応がみたい、というものだったのかもしれない。

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